娘の幸せ
話の区切りがつき、リュアンは顔を上げる。
「その後俺は……聖女の死の原因を作ったとして、父――オルコット王から隣国への国外追放処分を命じられました。万一月の聖女の代わりとなる者を見つけるか、もしくは兄ジェラルドになにか異変があった時のみ、国内に帰還することを許すという条件で……」
その後レイアム第二王子は長年の友好の間にファーリスデルと取り決めていた、問題を起こした貴族たちの受け入れ先のひとつであるヴェルナー侯爵家へと迎え入れられ、リュアン・ヴェルナーとして名を改めた。
心に大きな傷を負ったリュアンが立ち直るには相応の月日が必要だったが、彼はラナの言い残したことを思いだし、亡くなった彼女の意思を継いで少しでも彼女に報いようと顔を上げた。そんな彼を厳しく叩き直してくれたのが、ヴェルナー家の当主クライデン・ヴェルナーという人物だったという。
『多くの人を守りたければ、その禍根を断たたねばならない――』……そんな教えを受けたリュアンは騎士学校へと進み、魔物や魔法を悪用する人物から人々を救うため、魔法騎士を志すことになったと、リュアンは苦渋の滲む表情で続け、王家にまつわる事情を明かされたオーギュストとラケルは、深く息を吐いた。
「すみませんでした……僕は考えなしに団長の辛い記憶を探ろうと……」
「なるほど……あなたが聖女を探していたというのは、そのためだったのですか。ということは、いつかこの国へ帰ってこようと思っていたのかね?」
「いいえ……せめてもの罪滅ぼしのつもりでした。ガレイタムの現状はキースの話や流れてくる噂から知ったんです。亡くなったラナもこの国を大事に思っていましたから……もし聖女を見つけたら、送り届けてすぐにこちらに戻るつもりだった」
首を振ったリュアンがオーギュストの反応を待っていると、やがて彼は机の上に向けていた視線をリュアンへと強く合わせた。
「……あなたが大切な人を失い、打ちひしがれたことは大いに共感しました。私も妻を亡くした時、同じような気持ちを味わいましたからね。しかし……娘はそのラナという人の代わりではないのですよ、リュアン殿?」
「それは……今は、充分にわかっているつもりです」
「ならあなたは何故ここに? もしあなたが彼女を月の聖女として認識しているだけならば、わざわざこんなところまで追って来る必要はなかった……。そのまま娘の身柄をジェラルド様に預け、月の聖女として選ばれるのを黙って見ているだけでよかったはずだ。今更ながらに悔みますよ……あなた方の元へ娘を送り出してしまったこと、そして妻に一目会わせたいがために娘を連れてこの国に戻った自分の浅はかさを」
マイルズから婚約破棄を受けた日、セシリーはリュアンに救われた。しかしその結果……色々な物事が複雑に絡み合い、因縁に導かれるようにセシリーはオーギュストの手を離れ、月の聖女として王国の長い歴史の表舞台に立とうとしている。
「私はただ、セシリーに平和で幸せな生活を与えたかっただけなんだ……しかし色々と気を回した結果が、娘をより大きな苦難へと追い込んでしまった。あなたたちのところの副団長にも厳しいことを言ったが……私も父親失格ですな」
「僕は……違うと思います」
自嘲気味にこぼすオーギュストに異を唱えたのは、それまで静かに話を聞いていたラケルだった。
「娘さんは、セシリーは……団長や僕らに出会った後どうでしたか? もし毎日が辛そうで塞ぎ込んでいたなら僕らは彼女に謝らないといけない。けど、彼女はいつもとても楽しそうに僕らと一緒に働いてくれた。あの笑顔が嘘じゃないなら、これまでの毎日はきっと彼女に取っても価値ある時間だったと思うんです! セシリーは僕たちと出会ったことを後悔していないはずだ!」
「オーギュストさん……俺たちは、セシリーの気持ちを尊重したいと思ってここに来たんです。彼女が月の聖女として王家に仕え、役目を果たすことを胸に決めたのならそれでもいい。でももしセシリーがそれを願わず、もしファーリスデルの王都で暮らしていた頃に未練があるなら……! オーギュストさんや俺たちと一緒に毎日を送りたいと願ってくれるなら、できる限りのことをしたいと思うんです……」
そうリュアンも続け、オーギュストは言葉を黙って聞いた後、険しい目つきをしてふたりに忠告する。
「娘をこの国から連れ出すとでも……? ……娘の身を案じここまで来てくれたことには礼を言わねばなりませんな。本当に感謝している……だが、君たちも国家に所属する人間として、悪戯にガレイタム王国を刺激するような行動を取るわけにもいかないでしょう」
「それはわかっています。でもとにかく、彼女の意思だけは確かめたい。オーギュストさん、どうにかして彼女に会わせていただくことはできませんか?」
「残念ながら、私はこの国ではお尋ね者のようなものなのですよ……特にこの王都ではそれなりに顔が知れてしまっている。ジェラルド様も少なくとも、娘が月の聖女として務めを果たす約束をするまでは私を娘に会わせるつもりはないでしょうし……」
「ぼ、僕がその離宮とかいうのに忍び込んで……リルルと一緒に連れ戻すとか」
「やめておけラケル。さすがに離宮といえど王家の所有物。容易く入れるほど甘い警備じゃない」
「わかりますけど……」
その時、小さな鈴の鳴るような音がかすかに聞こえ、ラケルは自分の懐に忍ばせた金属板――預かった通信用魔道具を取り出す。
「キースさんからです……ここでいいですか?」
「緊急だし構うまい……キース、聞こえているか?」
『……よかった。団長も一緒に居るのですね。今どちらに?』
「ガレイタムの王都でオーギュスト氏と会っている。セシリーは予想通り、ガレイタム王家に月の聖女として拘束されたようだ」
『ええ……噂には聞いています。そこで実はある方に助力を頼むことができましてね……。あなたの事情ですとそう簡単にガレイタム王家と接触は図れないはずですので、その辺りも考えて彼にうまくそちらの王太子との面談を取り付けてもらいました。二、三日もすればそちらに着くはずなので、あらかじめ指定した宿で待機し、その後の段取りは彼に聞いてください』
「本当か!? 助かった……そちらは特に異常はないか?」
『団長が不在という状況が既に異常ですから、それ以上はありませんよ。ああ、それとそこにオーギュスト氏はいらっしゃいますか?』
皮肉めいた発言に思わず苦笑したリュアンに代わり、オーギュストが声を掛ける。
「ええ……話は聞いています。なにか私個人に」
『実は、クライスベル商会のルバートという方から直接訪問がありまして、もしお伝えできる機会があるなら伝言をお願いしたいと。なにやら、「商会の経営に問題発生し、相談したき事あり。至急帰還されたし」とのことです』
「む……わかりました。もし彼に会ったらできる限り早めに戻ると言っていたとお伝え願いますか? あのような態度を取った後で不躾ですが」
『いえ、お気になさらず……後日伝えておきましょう。では団長、くれぐれも早く帰られますよう。これ以上私の額の皺を増やさないでいただけると助かります』
手短に宿の名前と場所を告げ、なんともいいタイミングで連絡を寄越したキースの声が途絶えた。
「さすがキース先輩……なんか僕、ちょっとあの人が怖いですよ。僕らの会話筒抜けになってるんじゃないですかね?」
「そんなこともないだろうが、あいつは間のいい男だからな……これで、うまくすればセシリーと会うことも出来そうだ。しかし、協力者とは……?」
「ふむ……ジェラルド様の知己なのか、それなりの身分の方なのでしょうな。では私も今の宿を引き払い指定された場所に移ります。失礼」
思わぬキースの支援により、もう一度セシリーと会うチャンスが作れ、リュアンもラケルもほっと息を吐く。しかし、ふたりにはその協力者の見当がまったくつかず、オーギュストに続き店を出た後も首ばかりひねっていた……。




