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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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ラナ・トルシェ(リュアン視点)

 リュアン・ヴェルナーこと俺――レイアム・セルキス・ガレイタムは現ガレイタム国王オルコットの第二子として、先代の月の聖女アルメリアとの間に生を受けた。


 俺の四歳上には王太子である兄ジェラルドが生まれており、このころからすでに次代の王として期待され、英才教育を受け始めていた。しかし生まれつき病弱だった俺の方は兄上と同じ歳になってもそれを受けることができず、加えて……これは王家にしか伝わっていない秘め事だが、この紫の瞳はかの悪王リズバーンと同じ色で、不吉なものとされているらしい。


 父であるオルコット王すら、そのことによい印象を抱かず、目を掛けていた兄上の成長も相まって、俺は城内で冷遇を受けていたんだ。


 そうした環境で幼い俺にとって、拠り所になったのはひとつのことだけ。生まれつき人より多くの魔力を授かっていた事実……それが無ければ俺は自らを卑下(ひげ)したまま、この後の……人生を変えた決定的な出会いにも立ち会うことなく、沈み込んだ生活を送るだけになっただろう。


 内向的な性格に育っていった俺は、日々王城の書庫に集められた本の世界に入り込むのが日課となった。普段ほとんど人の立ち入らない安心できる場所で、解読できない本を見つける度、内容を知るためさらに知識を求める。そんな循環を繰り返す俺が魔法というものの存在にたどり着いたのは、七歳のころだった。


 独学でいくつかの魔法を習得し、自慢げに披露した時の家庭教師の顔は、今も忘れられない。教師はすぐに国王へ、専門の師に付けた後将来特別な教育機関に入れて魔法を学ばせるべきと進言し、俺はしばらくの間、ひとりの宮廷魔術士に定期的に教えを乞うことになった。


 その時指導を受けていたのは俺だけではなく、宮廷魔術師の遠縁にあたるひとりの少女と机を並べていた。明るい性格の彼女は俺のことをすぐに受け入れ、彼女たちと過ごす時間がこの寂しい宮廷生活で唯一の慰めとなってくれた。


 そして十二の頃俺は、魔法という分野において国内一の教育機関である――王国立魔術校の中等部へと進学することになったが……不安はなかった。なぜなら、一年先にその少女が魔術校へ入学していることを聞かされていたからだ。

 

 ラナ・トルシェという名前の少女……それが俺の唯一の友達で、誇るべき先輩の名前だった。


 彼女は相当な努力家で、聖女の血と共に多くの魔力を受け継いだことも相まって、俺よりも一つも二つも先に進んでいる。魔術校では学年がひとつ上の者が下の者の指導役となる伝統が今も受け継がれていて……第二王子という立場で便宜が図られたのか、俺に対しては最もよく知る彼女がそれを果たすことになったのだ。


 ラナは光物が好きで、しかも自ら作る方に手を出すような貴族の女性としては相当に変わり者で、あろうことか俺までその影響を受けることになってしまった。何にでも必死に打ち込み、楽しそうに笑うラナは俺の塞いでいた性格をも少しずつ変えてゆき、言葉を交わす友人も増えたが……彼女の隣が一番心地よいことは変わらず、大抵の時間は一緒に過ごしていた。


『実はね私……将来は国家に所属しないで家を出て、支援が届かないような町とかを回って困ってる人たちのために力を使いたいんだ』 


 時折将来の話を彼女は、希望に満ちた瞳で語る。まだこの時、大災厄の訪れの予兆を俺たちは知らなかった。そして聖女を血を継ぐ家柄の中でも比較的低い地位の者として生まれた彼女は、自分が将来聖女候補のひとりに選ばれることなど、欠片も考えていなかったようだった。


 宮廷魔術師に教わった素地と、本人の研鑽のかいもあって、二年次の前期彼女の成績は学内で三本の指に入る好位置を保持し続けていた。俺が一学年の後期試験で首位を取り、王族としての面目を保てたのも、そんな彼女に追いつき追い越そうと必死に学んだおかげだ。


 その実績もあって、意外にすんなりと父上は、俺たちが本来なら宮廷魔術師しか閲覧できない特別な書庫に立ち入ることを許してくれた。様々な思惑がありきのことだと念頭に置きつつも素直に感謝し、俺はラナを王城に招き、休みの度に本を読み漁った。


(俺はどこへも行けない(かご)の鳥だけど、でもラナなら……)


 俺はラナが夢を叶えようとする時、きっとそばには居られない。


 けれど、隣で読書に没頭する彼女が広い世界に出た時、この時間が助けになって背中を押してやれることもあるかもしれない。そうしていつの日か、少しだけこんな自分のことを思い出してくれたらと……俺はラナの未来と、少しだけ繋がれることを望んだんだ――。



 


『――お前たちはいつも仲がよいなぁ。オレよりもラナの方が、よほどレイアムと兄弟のように見えるぞ』

『あらゼル様……そうですか? だったら嬉しいです』


 ある日、天気のいい庭のベンチで疲れた目を休めながら俺たちが談笑していると、偶然兄上に話しかけられ……いつのまにか彼を愛称で呼ぶようになったラナがはにかむ。兄は将来国を率いるため各地を回り、著名な人物に政治学や軍学などの教えを乞いながら剣の腕を磨いているらしく、あまり最近は姿を見かけない。


 だが、一応弟である俺のことや、一緒に居ることの多いラナのことは気に掛けてくれているらしく、たまに会うと旅先であった話や、土産物をくれることなどもあった。父の風貌を受け継いだ精悍な顔つきや、鍛え上げた体はずっと大人びて見え、将来は王としてこの国をまとめるであろうことは疑いようはない。正直羨ましさと嫉妬も少しはあったけれど、同時に尊敬もしていて、俺もいつかはこの人の役に立てるようになりたいと願うばかりだった。


 そうした若い時の時間はあっという間に過ぎてゆき、二年に進級し、在校生としてラナの卒業を見送る立場になった俺の耳にある日、不穏な噂が届く。聖女の継承家として本筋であるレフィーニ家が(おびただ)しい数の魔物の襲撃によって一夜にして滅ぼされたという。


 これまでに例のないむごたらしい事件。ガレイタムでも年々魔物による襲撃が増えているのは周知の事実なのだが、特定の目標に対し集中するようなことは今までにない事態で、王家も大いに浮足立つ。


 背後にいる何者かの存在が疑われたが、明確な証拠は残されておらず……それを重く見た王家は現在聖女の血筋を引く娘たちをひとつの場所に集め、聖女候補としてその資質が開花するまで国を挙げて守らせることに決めた。そうした経緯で誕生したのが現在王都にある、あの離宮だ。 


 俺はこのことをどうラナに伝えるべき悩んだ。月の聖女候補として離宮に入れば、いつ出られるのかは分からない。ともすれば彼女の夢が潰えることとなりかねない……。だがしかし、このまま家にいれば、彼女の身に危険が迫る日が来ることもあり得る。


 結局、俺は彼女自身に選択を委ねようと、大事な話があると彼女を王宮に呼び出した。


 ……だが、そのころにはもうすでに彼女の気持ちは決まっていた。ラナは思いもよらぬことに兄上を伴って現れ……そして、こう話した。


『レイ、私……聖女候補として離宮に入ることが決まったの。大変な栄誉をいただいたんだ。喜んで、くれる?』

『レイアム、すまぬが今は国にとって大事な時なのだ。もし彼女たちの身柄が損なわれれば、王家の信用は更に失墜(しっつい)し、長き保たれてきたこの国の平和も揺らぎかねん。お前にも色々な思いがあるだろうが、今はこらえてくれ……』


 聞けば、すでに兄上が直接ラナの生家に出向いてその話を伝え、離宮に入ることを要請していたのだという。親元のトルシェ伯爵家はそれを喜んで受け取り、彼女自身もそうするしかないと納得したのか、『もし聖女としての力をあらわすことができれば、いつか多くの人を助けることができるかもしれないから。夢の形が変わっただけよ』とやや寂しそうに笑っていた。


 もう彼女にしてあげられることは、きっとない――そう悟ると、俺はせめて卒業時に快く送り出してやるべく、教わった細工物の技術でなにか贈り物を手掛けようとしたけれど……。次第になんとなく熱意はしぼみ、結局それは完成しないまま道具箱の奥に仕舞われることとなった。 




 三年の後半になるとラナは後宮に入るための準備期間に入り、滅多に学校には来なくなる。俺も彼女がいないことを寂しくは思ったが、たまに会えてもなにかと理由をつけて避けてしまうようになった。時々王宮で兄上とラナがふたりでいるのを見かけて、なんとも言えない気分を持て余したりもする。だがそんな時は自分に何度も言い聞かせた……兄ならばきっと彼女を不幸せにはすまい、少なくともこんな(うと)まれ気味のうじうじとした第二王子なんかよりは、と。


 俺自身もいつまでも彼女に依存している訳にもいかない。ふたりの姿を出しにして、取り残されたような気持ちを払拭すべく、日々学業に打ち込んだ。生きてきた中で一番長く感じる一年が過ぎ、ラナは立派に卒業して離宮へと入っていった。


 校内から彼女の姿が消えた後も、ラナ伝いに出会った友人たちは変わらず俺を気づかってくれ、この時もその存在の大きさを思い知った。大いに助けられ、卒業時に宮廷魔術師としてひとつの研究室に配属されることが内定すると俺は……少しは成長した自分を見せて安心させてやろうと、年に一度催される魔術校の創立祭に彼女を招待する。彼女のおかげで、何もできなかった自分でも、誰かに認めてもらえるようになった……だから精一杯の感謝を伝えようと心に決めて。


 もちろん彼女の方もそのままでいるはずが無い。人づてに彼女が今まで誰にも扱えなかった、初代聖女のものだという手鏡の封印を解き……真なる月の聖女としての資格を得るに至ったと聞いても、俺の中にさしたる衝撃は無かった。


 きっと遠からぬうちに、彼女は兄上と結ばれ王妃になることが決まるのだろう。そう考え、俺は個人的に会うのはこれで最後にしようと決めた。一番の親友をこれから義姉などと呼ばなければならないと思うとなんだか悔しいようなおかしいような気分で……。でも、どんな環境でも彼女は自分も周りもきっと笑顔にしてみせるだろう……そう思うと心の整理は付き、少しだけこの国の未来が楽しみになった。




 ……そして創立祭当日。


『ラナ、久しぶり。いや、これからはお義姉様って呼ばないといけなくなるのかな? それとも王妃様か?』

『もう、レイったら嫌味ね。そうだとしてもまだまだ先の話よ。それに公式の場でなければこれまで通り呼んで欲しいな、なんだかむず(がゆ)くなっちゃうもの』


 月の聖女・兼王妃候補筆頭たる立場のため、多くの護衛が同行する中俺はラナと顔を合わせた。久々といっても、ものの一年ほどだというのに彼女は見違えるように綺麗になっていた。でも明るいその笑顔だけは出会った頃と変わらず――いつまでそうあって欲しいと願う。


 飲食は禁じられたため、観劇や在校生の開発した魔道具等の展示物を見ながら、知り合いや世話になった教師に挨拶して回るラナを俺はずっと見ていた。子供の頃は仲良く手を握って歩いたり、一緒に食事をしたりと、姉弟のように過ごした彼女の隣にいられるのが本当にこれで最後なのだと思うと……その姿をきちんと記憶に留めておきたかったのだ。


 だが、そんな感傷めいた行動がひどく軽率なものだったと、直後俺は思い知らされることになった。祭りの最中に悲劇は訪れ……示されたのは、最悪の結果だった。


 ――創立祭が行程の半分を消化した時、辺りにかすかに赤い霧が充満し始めたことに気づけなかったのは……展示物に気を取られていたせいや、天候がやや曇りがちで陽の光が差さなかったことも無関係ではない。しかしなによりその魔法は、俺や優秀な魔術校の生徒、そして護衛に入っていた宮廷魔術師すら気づけないほど巧妙かつ緻密(ちみつ)隠蔽(いんぺい)され……怖ろしい勢いで周囲に変調をもたらした。


(体が……動かない!?)


 石のように固まった俺はすぐさま、隣のラナを庇うべく手を延ばそうとした。しかしあまりにも反応が鈍い。当然、体も口も動かせないこの状態では魔法も使用できず……ひりついた思考のまま《解消》の魔法陣を描く指先も、遅々として進まない。ラナも同様に固まったまま瞳だけがゆっくりとこちらを向いていた。


 知覚は正常で、周囲で体の安定を失い倒れる者がいるのを伝えてくるが、誰ひとりうめき声すら発さない。そんな中唯一ひとつの人影だけが、ゆっくりと……しかし速度を増しつつ一直線にラナへと迫るのが見え、目的を察した俺の頭を焦燥が駆け巡る。


(ラナ……動くんだ! 避けて!)


 俺は必死に祈った。

 

 もし神という存在があるなら、きっとラナを救ってくれるはず――なぜなら彼女はこれからこの国を、笑顔の絶えない国に変えてくれる、そんなかけがえのない人なのだから。


 そう確信していたのに。


 ――ドッ。


 ずいぶん軽い音だったように思う。

 体ごとぶつかる勢いでラナの背中に押し当てられた何かが、赤い目をした人影にそのまま引き抜かれた。黒ずんだナイフは落ち、噴き出した赤いものが地面を濡らす……。


 そして、ラナが足から崩れ落ちると同時、自由になった俺は地を蹴った。


『貴様!』


 逃げもせず呆然と立ち尽くす人影を突き飛ばすと、俺は倒れたラナを膝の上に抱え上げる。治癒の魔法を急いで詠唱し止血したが、失血はかなり多く、加えて刺された部分はどす黒く変色している――毒だ。


 一目でまずいとわかり、知っている解毒の呪文を片っ端から詠み上げる。次いで駆け寄った宮廷魔術師たちもそれに続くが、彼女の顔色は変わらない。解毒魔法は使われた毒の種類に合わなければ効果が出ず、誰も彼女の症状を取り除いてやることはできなかった。


『くそっ……くそおっ』


 王宮の優秀な治療師であればまだどうにかできる可能性がある……。一縷(いちる)の望みを託そうと、涙まみれの顔で抱き上げようとした俺に、ラナは震える手を添えわずかに首を振った。


『……ごめんなさい。もう、無理そうだから……。ここで、少しだけ話を聞いて?』

『諦めるな、絶対治るから……! ここから城まで三分もかからない!』

『聞いて、お願い……!』


 残った力をすべて振り絞るかのような力と叫び。

 逆らえず、その場に座り込んだ俺に……彼女は苦しそうに息を吐きながら、それでも微笑むと途切れがちに声を紡いだ。


『……ありがとうね。今隣にいるのが、あなたでよかった。駄目だな……私、色んな人を悲しませちゃうなんて……聖女失格だよね。父様や母様、あなたや、ゼル様、友達……仲良くしてくれた人、たくさん、いたのに』

『そう思うなら……踏ん張ってよッ! 聖女なんだろ、奇跡くらい……起こしてよ!』

『それは無理よ……だって、私のお祈りは、大切な人のために……するものだから。自分には、効かないよ』


 少しだけ、笑みに苦笑めいた色が浮かんだ。

 きっと、そういう人間だから選ばれた……それがわかっていて――。


 誰よりも彼女のことを知っているはずなのに……かすかな命の火種が尽きようとしているラナになんて声を掛ければいいのかわからず、ただどこにも行って欲しくなくて、強く抱きしめた。


『皆を、俺を置いて行かないで……! 死なないでよ!』

『ずいぶん大きくなったのに、子供みたいに、泣いちゃって……仕方ないなぁ。でも、最後くらい……いいよね』


 ラナはそんな俺に、もう少しだけ顔を近づけるように言う。

 そしてそっと、俺の涙に濡れた頬に彼女の唇が触れた。


『ラナ……?』

『あなたの、おかげ。今まで毎日、信じられないくらい楽しかったんだ……。夢は叶わなくても、一生分くらいの幸せがぎゅっと詰まった、素敵な人生だったから……私は、それでいいんだ」


 意識はもうろうとして、体を動かすことすら辛いだろうに……。しかし彼女はその柔らかい手で俺の背中をさすってくれた。


『でもね、レイ。あなたはもっと周りに手を伸ばして……。あなたには、きっと大勢の人を助けられる力があるから、もったいないよ? ……そうすればいつかきっと、もっと幸せになれる、目に見えないものがあなたと誰かを繋げ、支えてくれる』

『いらないよ! そういうのはラナの役目でしょ! だから生きるんだよ! 生きてよッ!!』

『ごめんね……。……あの子ね、マーシャっていう、大切な、友達で。多分……自分の意志、じゃない。操られてる、気がする。助けて、あげて欲しい。後……ゼル様に、選んでくれたドレス……着られなくて、ごめんなさいって、伝えて』

『こんな時まで他の心配しなくていいんだよ! もう喋るな!』


 ゆっくり閉じられてゆく彼女の瞼が怖くて、俺は必死にその体を抱き締めた。けれど、ラナはもう痛みすら感じていないかのように笑ったままだ。手を尽くしたのか、その頃には周りももう、逝こうとする彼女を静かに見守っていた。

 

『そうしててね……。あぁ、昔芝生でくっついて眠った時みたいに、あったかい。レイ……最後に私ひとつだけ……我儘言ってもいい、かな』


 本当は聞きたくなかった。けれど……彼女の最後の言葉を聞く役目は、誰にも譲りたくない。


『嫌だけど……聞いてる。どんな小さな声でもいいから、話して』

『うん……。私ね、やっぱりもう一度、この世界に生まれたい。辛いことや、悲しいこともあるけれど、やっぱり、ここに居る皆のことが大好きだから。何度でも、会いたい』

『ああ……きっといつか、帰ってこれる。俺はずっと待つよ、ラナがまた会いに来てくれるのを……。いつまでも、どんな姿でもずっと待ってる。だから絶対に……』


 ラナは嬉しそうに笑った。

 何かを言おうとしたのか、唇が震えた後、ふっと体の力が抜けた。


「……ラナ?」


 俺は優しく彼女を揺する。いつのまにか瞼の落ちた瞳からは光が消え、背中から指先がするりと離れて地面を叩いた。……息が、途絶えていた。


「ラナ……」


 跪いた俺の体を誰かが押し退け、彼女をどこかへと連れて行く。

 立ち上がり、血濡れた手を延ばそうとしたが体に力が入らず……再び膝を突いた。


 俺はそのまま血が染み込んだ地面にうずくまる。

 声も出ない……だが、涙だけは止めどなく溢れた。それまで心を満たしていた温かい記憶たちを、全て胸の中から絞り出してしまうかのように。


 そうして……空っぽになった胸を抱えた時、どれだけ多くのものを彼女から与えられていたのかを……彼女を愛していたことを、やっと知った。

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