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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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胸に抱えたもの

 新たな月の聖女が見つかった――ラケルとリュアンが足を踏み入れた時、王都はすでに、そんな噂に湧いていた。


 ガレイタム王国の町並は隣国と言えるだけあって、ファーリスデルとそこまで大きく差はない。あえて言うとすれば、ガレイタム側では伝統的な、落ち着いた雰囲気の建物がやや多く、ファーリスデル側は華やかで色遣いの多彩な外観の建物が目立つとか……後は、魔導具の普及がファーリスデルよりも進んでいるところだろうか。


 この国の王国軍を統括するのは、騎士団ではなく宮廷魔術師たちで、魔法による恩恵の普及もファーリスデルより進んでいる。そのせいかあちらこちらで、高い位置に人やものを運べる昇降台や、試験的に運用されているのか……動物を動力に使わずに動く車の姿などもあった。


「すごいですね。師匠にはこちらの方がずっと発展してるって聞いてましたけど、ガレイタムはこんな感じなんですか……」

「王都は特に魔道具の普及に力を入れているからな……。ほら、あそこを見てみろ」 


 ラケルはリュアンが指差した、時計塔の隣に立つ巨大な建物を見上げた。


「あれが、王国立魔術校……出自に問わず、魔力を持つ優秀な人材を探し集め、教育を与えている。もしお前がこの国に生まれたなら、あそこに所属していたかも知れないな」

「へえ~……」

「校内は、王宮からの支援で生徒ならだれでも自由に暮らせる寮もあるし、食事なども無料で行える場所が解放されている。内部では様々な研究が行われていて、近年では人工で魔石を作りだす技術も開発されたと聞いているよ」

「すごいですね……見てみたいな。でも、どうしてそんなによく知ってるんです?」


 リュアンはそれに聞こえない振りをして、町の中央へと向かってゆく。


(団長は……もしかしてこの国の人だったんじゃないか? もしくは……長くこの国で暮らしてたことがあるか……) 


 ラケルは大きな疑惑を抱えていた。数日前、フィエル村にたどり着いたふたりがオーギュストとセシリーの背格好を詳しく説明して尋ねた時、村人は彼らなら王国軍の兵士たちが拘束し、馬車で連れて行ったと教えてくれた。その中にはかなり身分の高い、黒髪黒目の男性がいたことも。


 それを聞いてもリュアンはなんの驚きも見せず、国内を迷いもせず最短の道筋を通って、ラケルをともないここまでやって来た。


 そして今リュアンは今フード付きの外套で顔を隠し、目立つ紫の瞳を本来のものと違って見せる魔法まで使っている。こんなことをするのは万一にもここに居ると、知られてはならない事情があるからでは……。


 ラケルはあえてここまで事情を聞いていない。『王都に行くことになったら、その時に話す』――団長のその言葉を信じていたからだ。


 しかし、ここへ来てもリュアンは無言を貫いている。そしてなぜ、セシリーを連れ去った者たちが王都に行くことを予見したのか。そろそろ真実を問いたださなければならない、そう思っていたラケルは口を開こうとして、わずかな気配に気づいた。


(尾行……?)


 リュアンも気づいていたらしく、目線で隣を歩くラケルと意志の疎通を交わし、人気のない路地裏に踏み込む。そしてある程度進んだところで、密やかに魔法陣を指で描くと後ろへと駆けた。発動するのは短距離を瞬く間に移動する『瞬駆』の魔法……これを他に扱える人をラケルは知らない。


「何の用事だ?」

「ヒィッ!」


 鮮やかな魔法の光を散った後、すでにリュアンは尾行者の背後に回り込み、剣を突き付けていた。薄汚い襤褸(ぼろ)をまとうひとりの男は、あわてて両手を腕に上げる。

 

「ま、待ってくれ……俺は頼まれただけなんだ! 前金をもらって、あんたらとか、青い長髪の眼鏡の男とか、そんな奴らがいたらある場所へ連れてこいって! オ、オーギュストっておっさん、知ってんだろ!?」

「なるほどな……」

 

 リュアンはそれを聞いて剣を下ろし、ラケルは慌てて男の襟首を掴んだ。


「ね、ねえあんた、セシリーは一緒に居なかった!? 栗色の髪と灰色の目をした女の子なんだ、見かけただろ!?」

「知らねぇっての……ひとりだったよそいつは!」

「ラケル、落ち着くんだ。まずはオーギュストさんに会おう。話はそこでする」

「団長……。はい、わかりました……」


 自分だけが事態についていけていない……部外者のような疎外感を感じたように、ラケルはその手を力なく離す。


 男はリュアンたちを寂れた酒場へと連れて行き、奥の小部屋へと通し、しばらく待つように言う。


 無言で瞑目し、腕を組んで待つリュアンの隣に座りながら、ラケルはセシリーへの心配が先に立って大事なことを忘れていたのを思い出した。


(そうだあいつ、リルルも着いて行ってるんじゃないか! あいつ、きっちりセシリーを守ってくれよって頼んだのに……あの時みたいに大きくなって一緒に逃げられなかったのかな?)


 何かあればその身を盾にしてでも守ってくれると、ラケルは兄弟分の白い狼を信頼してはいるが、相手は軍隊で下手に抵抗すれば命が危ない。そう思うと、暴れずに捕まっていてくれた方が……。


(ここで、こんなことを考えていても仕方がないけど……ふたりとも大丈夫かな) 


 後ろ手を組んだ上に乗せた頭の中にふたりの笑顔がくっきりと浮かんだ。無事でさえいてくれれば、どんなことがあろうと絶対に連れ戻す……その意志を持ってここまで来たのだが、ラケルには分からないことが多すぎる。


(なんでだろう……気分が、むかむかする)

 

 隣のリュアンの静かな姿に頼もしさよりも苛立ちを覚えてしまう自分が嫌で、ラケルは胸を押さえ、そっと顔を背けた。





 一方でリュアンも落ち着きを装ってはいたが、内心は焦り、ラケルを気に掛ける余裕も無いほど深く考えに沈んでいた。


(俺は……どうするべきなんだ。こうして連れ戻しに来ているのは、単なる俺たちの我儘なんじゃないのか?)


 別にガレイタム王家は、彼女を私利私欲のために利用しようとしているわけではない。この国の平和のために、彼女にその象徴としての働きを望んでいるだけなのだ。これまでもずっとそうして来て、歴代の聖女たちもそれを受け入れてきた。もし、それを彼女が自分の意志で望んだならば……。


(……俺は、それを背中を押して送り出してやれるのか……?)


 おそらくそうなれば、きっともう自分と、ガレイタム王国に仕えることになるセシリーの接点は無くなり、二度と彼女と言葉を交わすことも無く生きることになるだろう。


(それで、いいのか……)


 そこで思考は打ち切られた。扉の開く音が、室内に響いたからだ。


「やはり来ましたね……なんとなく、そんな気はしていた」

「オーギュスト氏……」


 立ち上がろうとするふたりを手で制し、オーギュストも体面に座る。その表情は(いわお)のように固く、感情が読み取れない。彼はそのまま静かに現状を話し始めた。


「あなたがたも耳に挟んでいることでしょう。今、町中で噂されている、新たなる月の聖女というのは……うちの娘です。セシリーは王宮の、ジェラルド様の離宮にいるでしょう。赤髪の騎士殿、君の預けた白い犬も、おそらくそこにいる」

「……ちょっと待って下さい、ジェラルドってたしか、ガレイタムの王太子様ですよね!? その人の離宮ってことは……セシリーをそんな!」

「落ち着けラケル!」

「落ち着けませんよ! セシリーの身にもしもなにかあったら!」

「王太子は……! 誰彼構わず女に手を出すような人じゃない……」

「そんなことがどうして団長に分かるんです!」


 憤るラケルを宥めようとするリュアンを見て、オーギュストは呟いた。


「……もしやとは思っていたが、やはりそうなのですか? リュアン殿」


 ちらりとラケルを見た後、もう一度確認するな視線をリュアンを向けたオーギュストは、やがて聞き間違いようもなくはっきりした声音で言う。


「――いや、ガレイタム王国・第二王子レイアム殿……!」

「……っ!?」


 ラケルはオーギュストの言葉に息を詰め、表情の変わらないリュアンの顔を見上げた。今の彼はオーギュストと対面するため変装の魔法を解いており、その瞳は鮮やかな紫に輝いている。


「団長が……。そうか……そういうことか」


 ラケルは頭に重たく圧し掛かっていた疑問を解く鍵が今もたらされたのを知る。彼がこの国に詳しい訳、騎士団を飛び出す前にキースと話していた内容などが、頭の中でひとりでに、欠けた石を繋ぐようにぴたりと合わさった。


「なら団長は、ガレイタムから月の聖女を探して、ファーリスデルへ来ていたっていうことですか? それを隠して……でも」

「その辺りは私も興味がある。なぜなのです? レフィーニ家が何らかの理由で滅びたとは聞きましたが、月の聖女の血を引く家柄は他にもいくつかあったはず。それがなぜ、セシリーを連れ戻さなければならないようなことになったのです?」

「……全てを知っているわけではないのです。俺が分かるのは今から八年ほど前にあったひとつの出来事まで……今からあなたたちにそれをお話します。ラケルも聞いてくれ……俺は、今からは八年前、この国を追放されたんだ……ある事件の責任を取るために」


 ラケルはその時のリュアンの目を見て、彼がかつて、セシリーと話していた自分の目の前で倒れた時のことを思い出す。いや……それ以外でも見たことがある。


 この目は……騎士として働く中、凄惨な事件が起こった場で幾度も目にしたそれは……希望を奪われ、何もかもを拒もうとする瞳だ。


 彼はきっと、何よりも大事にしていたものを、この地で失った――。

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