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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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キースと王太子

「や~、忙しい忙しい……。こうも忙しいとさすがにメイアナに茶でも淹れてもらいたくなりますが……店に伺う暇も無し、と」


 執務室に響いた孤独なテノールボイスは、他ならぬ魔法騎士団副団長キースのものだった。彼は書面に軽快に走らせたペンを置くと、一区切りついたか立ち上がり首を鳴らす。


 口をへの字に曲げた彼の視線の先には空席の団長の机がある。


「まったく、愚痴を聞いてくれる人間もいないと、嫌になりますね……。この年で肩凝りに悩まされたくは無いし、早く帰って来てほしいものですが……今頃団長たちもどうしていることやら。おや?」


 振り向いて窓を見つめ、遠くにある隣国の空を見つめつつ嘆いていたキースの後ろで、慎重なノック音が響いた。身内の部屋だ、いつもならばここまで気を使う人間は、この団には居ない。となれば来客……連れている人間の方が相当位の高い人間である、そんな可能性が頭によぎった。


「面会の予定は立てていなかったはずなんですがねぇ……仕方ない。どうぞ、お入りください……!」

「……失礼します」


 キースは出迎えるべく扉前まで進みながら一声掛ける。すると、ひたすら恐縮した様子のロージーが、肩を竦めながら消え入りそうな声で室内に、来客を招き入れる。


 すると彼は手を挙げ、気さくに言う。


「やあ! 久しぶり、キース」

「あなたは……!」


 その人物を見たキースは珍しく瞠目し、頭を深く垂れた。


 赤みの強い金髪と同色の目……品よく整った目鼻立ちに浮かぶ表情も明るく、まさしく太陽を擬人化したような、神々しい後光まで背負っていそうな青年がそこにはいる。


 レオリン・エイク・ファーリスデル――それが、この国の王太子である彼の本名だった。


「王太子殿下……このような所に、何故!」

「友のところに顔を見せに行くのに理由が必要かな? ま、それだけではないが」


 差し出された王太子の手にキースが快く握手で応じると、彼は顔を引き締める。


「先日連絡をくれた件に関して……私も噂を伝え聞いた。ガレイタムの方でも月の聖女がついに見出されたのだと。恐らくこの情勢下ではガレイタム王家も、数週間の内に国中にその存在を触れ回ることとなろう」

「やはりそうですか……」


 考え込むキースの後ろを見て、王太子は人の悪い笑みを浮かべる。


「おや、今日はヴェルナー家の次男坊はいないのかな?」

「……彼は、今任務の途中でありまして」


 わずかな一瞬口ごもったキースを見て、王太子は優しく肩を叩いた。


「キース、一人で抱え込むのは君のよくない癖だぞ。少なくとも、私はリュアン殿についての事情も把握しているんだ。君たちの不利になるような真似はすまいよ……もし相談できるようなことがあるなら遠慮なく話してくれたまえ」

「殿下……」


 王太子の配慮にキースは無言で首を垂れる。これでリュアンと同い年だと言うのだから、頼もしい限りだ。将来戴冠した暁にはきっと賢帝になって、この国を力強く導いてくれることだろう……。

 

 おそらく今回は、リュアンたちの力だけで目的を達成して帰還することは困難……。そう考えたキースは、王太子に今起こっている事情――聖女の資格者が現われたという時期からしておそらく、セシリーたちがガレイタム王国の者に連れ去られたであろうことと、リュアンたちがそれを追ってここを発ったことを明かす。


「そうか。クライスベル……つい最近爵位を買い上げたあの伯爵家の娘が月の聖女の血を引いていたとはな。しかし、君もリュアン殿に言ったのだろう? 彼女がそういう出自であったのなら、ファーリスデル側として返還を求めることはできないと」

「ええ……ですが、セシリー嬢は旅立つ前、明確にこちらに所属する意思を示していました。我らからすれば彼女はもう、立派な仲間なのです。もし、彼女のが望んでガレイタムに帰順したのであれば、我らの口の挟むところではありません。……しかし、もし彼女が無理矢理攫われる形で拘束されたのであれば、我らはなんとしてでも……」

「君ほどの男がそこまで言うとはね……」

「殿下、どうか御助力をお願いできないでしょうか」


 キースは深く頭を下げ、彼の言葉を待つ。難しい顔をした王太子が口を開きかけた時だった。


「――いいじゃありませんかレオ様、一肌脱いで差し上げても!」

「待ちなさいってばフレア!」


 腕を引っ張るロージーごと扉を破るように開けたのは、長い金髪を幾筋も縦巻にして垂らした豪奢な髪型の美女である。


「おーっほっほっほ! お話を聞いてわたくしぜひともお会いしてみたくなりましたわ! ロージーから聞いたらなかなか性根の据わった娘らしいですし……気が合いそうだと思いましたの!」

(彼女もお連れになっていたんですね……)

(ああ……済まないね。込み入った話になるから下で待っていて欲しいと伝えたんだが……)


 男ふたりで頭を低くしひそひそと囁き合う、その話題の対象になっている彼女こそが、フレア・マールシルト伯爵令嬢……今代の太陽の聖女であり、王太子レオリンの番と認められた人物である。並みいる競争相手から努力と才能で聖女の座を奪い取ったと言われる、とても暑苦しい……いや、タフネスでパワフルな女性なのであった。


「すみません王太子様! すぐにこのっ、我儘娘を、連れて下がりますのでっ!」

「下がりませんわっ! そうまでして戻りたがるなんてセシリーとやら、きっとこの騎士団内に意中の殿方がいらっしゃるのでしょう? 国家の思惑に引き裂かれようとするふたりなんて、見捨てて放置するわけには参りませんわーっ!」

「あ・ん・た・が、その話合いの邪魔になってんのよっ! とっとと応接室に戻らんかっ!」


 ちなみに彼女とロージーは騎士学校以前の学友らしい。その辺りの関係性はキースはよく分かっていなかったが彼女の言葉を聞いて、キースの頭にほんのわずかな光明が差す。


「殿下……、こういった事情があることにしてしまえばどうでしょう……」

「ん……ほう? なるほど……そういうことならば、国際問題にこぎつけられるやも知れんな。しかし動機としてはまだ弱い。もう一押し欲しいか……よし、段取りは私の方で進めておこう。さすがだな、キース」

「いいえ……そこにいらっしゃるフレア嬢のおかげですよ。さすが、殿下をお射止めになった方だ」 

「そうでございましょう? なんだかわかりませんが、もっと褒めて頂いてもよろしいんですのよ? おーっほっほっ! おーっほっほっほっ!」

「ちょっとキース、これ以上この女を調子に乗らせないでよ……!」


 口元に手を当てたフレアが高笑いを繰り返し、ロージーががくりと肩を落とのを見た男たちは朗らかに笑う。


「高い立場にありながら、あれほど民のためを思いやれる人物はそうはいない……リュアン殿もこの国の将来にとって、手放すわけにはいかない財産だからな。ぜひともこの国へ無事、戻ってきて欲しい」

「ええ、私も同じ思いです。いや……この事態が終わって帰ってきた時、きっと更に躍進を遂げて帰ってくると、副官としてそう信じています。そしてセシリー嬢の存在は、必ずその助けになってくれるはずだ」

「ならば……私も聖女として全力を尽くさねばなりませんわ。……レオリン様、彼はどこまで知っておいでですの?」


 ロージーがエイラにお茶を用意してもらうと言って出ていった後、フレア嬢がキースを手で差し示し、レオリンは頷く。


「ああそうだ。本日来たのはその話についてでもある。君は……大災厄の封印についてリュアン殿からある程度の事情は聞かされているのだな?」

「ええ……ガレイタム側では長くとも、封印が破られるまで後数年の猶予しか無いと判断していると……ですから、早急に再度――」

「いや……実は事態はもっと深刻だ。実は……。フレア……その辺りの話を頼めるか。彼は信用できる男だ」

「レオリン様がそう言われるのでしたら……では。わたくしも最近聖女の資格者として、やっと女神に拝謁(はいえつ)することが叶ったのですが――……」

「……――なんですって!? 失礼……」


 フレアの話を聞いて思わず取り乱すほどの衝撃を受け、非礼をわびた後、キースはこめかみを押さえてひどい頭痛に耐えた。


(次から次へと頭の痛い話ばかり……セシリーさんが心配だ。リュアン、ラケル、彼女のことをどうか頼みますよ……)


 これを現地で知らされたであろうセシリーの心情はいかばかりか……。そうキースは嘆き、せめて彼女が無事リュアンたちと合流し、心細い思いをせずに済んでいることを祈った。

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