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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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月精の森

 数日後、セシリーはジェラルドの許可を得て、離宮内の獣舎を訪れた。ジェラルドに伝えられていた通り、この国では白狼は月の聖女のお付きの精霊と認知されているらしく、丁重な待遇を受けた彼の毛並みは驚くほど丁寧に整えられており、見違えた姿でセシリーを迎えてくれた。


 そして――。


(セシリー!)


 彼が飛びつくと同時にハイトーンの少年めいた声が頭の中に響き渡る。


(元気にしてた? リルル……)

(うん! なんか、見たことない美味しいご飯を沢山貰ったんだよ!)

(そう、よかったね……)


 顔を擦りつけて喜ぶリルルを、セシリーは優しく抱きしめ、頭の中で言葉を返した。


 彼とこうして意思疎通が可能になったのは、王宮に訪れる前にセシリーが連れて行かれた、王都近郊の森での出会いがあったからだ――。




 ジェラルドは、母の墓前を訪れたセシリーを拘束したすぐ後、月精の森と呼ばれる、緑深き森林へと分け入った。オーギュストは人質として拘束し、セシリーと護衛の兵士を数人連れた彼は、リルルを離し、跪いて顔を合わせると命令した。


「月の女神の眷属である精霊よ。我らを長たる者の元へと案内せよ。貴様らも、もうさして時間がないことは分かっているのであろう?」

「クゥン……」


 リルルは困ったような顔でジェラルドとセシリーを交互に見上げると、仕方なく背を向け彼らを森の奥へと誘う。それに続きジェラルドは、セシリーたちを率いると迷い無く進んでいく。


「あの……この先に何があるんです?」

「この森の奥の秘境には、月の女神の加護を受けた眷属たちがひっそりと暮らしているという。歴代の聖女の中にはこの森に分け入り、何らかの神託を受けることのできたものもいたそうだ。お前が聖女としての資格を持つ者なら、彼らは応じ、助けとなる言葉を授けてくれるだろう」

(資格があれば、ね……)


 セシリーは半信半疑の状態で後を追おうとするが、歩き慣れた旅用の靴でもこうも深い森の奥ではうまく動けない。それを見かねてか、ジェラルドは立ち止まると戻ってきて、セシリーの体を下から掬い上げた。


「きゃっ……!」

「捕まっていろ。お前に怪我されては叶わぬのでな」

「あ、ありがとうございます」


 こういう扱いにも結構慣れてきたものかなと思ったが、やはり恥ずかしさは消えない。リュアンやラケルとは違った、鍛えられた太い首を直視できず、セシリーはなるべく見ないようにして腕を回す。


 そんなふたりをもの言いたげな目で見た後リルルは、嬉しそうに尻尾を振り、軽快に木の股を飛び越えていった。彼も故郷に帰ってこれて喜んでいるのだろう。


 聖域と表現してもよさそうな、ひっそりとした自然だけの世界をしばらく堪能していると、やがて一行は巨大な湖と、その縁に立つ一本の巨木に邂逅する。


(なんて綺麗なんだろう……)


 セシリーはジェラルドの腕に抱かれていることすら忘れてしばしそれに見入った。湖水は透明な氷のように底までが透け、巨木の頂は他の背の低い木々に遮られ見ることは叶わない。


「ウォン!」


 先に進んでいたリルルが一鳴きすると、木々の間に少しずつ白い影が浮かび始めた。それは彼らと同じような白い狼たちだ。


 リルルの家族のようなものなのか、彼が尻尾を振り回しながら走ってゆくと、集まってきた白狼たちにもみくちゃにされた。そして、その後ろから、姿を現した存在にセシリーは息を呑む。


 大きな大きな白狼――誘拐騒ぎの時にリルルが変身した姿よりさらに二回りほども大きなその姿に、兵士たちが色めき立ち、ジェラルドを守ろうとする。


「いや、いい……下がっておれ。攻撃する意思は無さそうだ」


 セシリーもそう思った。大狼のその金色の眼には、獲物に対する欲望ではなく、深い知性が感じられた。リルルがその狼に近づいて何事かを訴えかけるように見つめ……大狼は頷くとセシリーの前に立ち、背中を向け体を低くかがめる。


「乗れってことかしら……?」

「おそらくな。上に上げるぞ」


 ジェラルドにゆっくり移動させられ、白い毛の間に跨ったセシリーを確認すると、大狼はのそりと起き上がり湖の方に入ってゆく。本来なら怯えが先に立ちそうなものだが、なぜかセシリーはその時、何の不安も感じなかった。


 幸い水はそれほどの深さはなく、セシリーはそのまま巨木の前まで連れて来られる。すると大狼は、セシリーに触れてみなさいとでも言うかのように、長い顔を前に振った。


 セシリーはその背中で立ち上がると、ゆっくりと前に進んで狼の頭を支えにするようにして、苔むした木の幹に手を伸ばし……そして触れた。






 ――瞬間、溶け込むかのように木と体の境界線が感じられなくなり、気付くとセシリーは白い世界の中に立っていた。


 今まで傍にあった森も、狼たちやジェラルドたちの姿もどこにもなく、ただ漂白されたような真っ白な空間だけがそこに広がる。足元の大地すら存在せずに、セシリーはその場所でただ漂っていた。


「……私、何してたんだっけ」


 とりあえず、セシリーは両手を振り回してひとしきり藻掻いてみるが、その場から移動することはできず途方に暮れる。その内に頭の中でしていた耳鳴りのようなものが、はっきりと言葉にして聞こえるようになってきた。


「……すめ……娘よ。滑稽な娘よ、何を奇妙な動きを繰り返しているのです」

「泳げるかなと思ったんですが……どこにも行けなくて」


 いつの間にやら胸の前に拳大の光球が出現しており、セシリー同様水底にいるかの如くゆらゆらと上下している。


「ここはどこでもありませんし、どこに行くことはできませんよ。距離も、時間も、場所という概念すら有りませんから」

「ふ~ん……よくわかんない。ところで、あなたは?」

「ここに来る前に、お前の目の前に立っていたでしょう?」


 ここに来る前、と言われて思い浮かぶのは、天を突くような古い巨木の幹だけ。


「あれが私の、あちらの世界での依り代です。お前たちは何やら月の女神などと呼んでいるようですが」

「はぁ……そうなんですか……えっ、女神様!?」


 どこか夢心地のセシリーはその光に手を伸ばそうとした。しかし、伸ばしても伸ばしても一向にその距離は縮まる気配がない。


「無駄です。この世界では、互いがそれぞれ独立した存在として……決して触れ合うことは叶いません。だから私たちはお前たちの住む世界へ興味を持ち、時折降るようになった……」

「あなたたちは、一体何なんですか? いわゆる……幽霊みたいなものなんでしょうか?」

「それは、私たちにも分かりません。我々の言葉では自分たちのことを『■■■』と言っていますが」

「えっ……びゅびばぼぼる……なんて言ったの?」

「ですから、『■■■』です」

「ばびゅるぼぼべす……?」


 その発音はまったく聞き取れないというか、頭が理解することを拒否しているような感じだった。例えば、津波や嵐がなど自然が発生させるような音を無理やり言語化したような……。


「どうせあなたたちには理解できません。今私とがお前がこうして向かい合い、声を交わせているのも……依り代への接触を介して私がこちら側の世界にお前を迎え入れ、そちらの意識と波長を同期させたからこそなのです」

「まったくわからないです……」


 セシリーは、頭がくらくらしつつも、こんなことをしている場合では無いのを思い出す。


「そ、そうだ! 女神様……私たちを助けて下さい! なんだかえ~と、大災厄だのなんだのの封印が解けそうで、時計塔が壊れちゃいそうで、月の聖女が私かも知れなくて……なんだかとにかく! こっち側ではたっくさん大変なことになっちゃってるんですよ!」


 わたわたと手足を動かしつつ説明するセシリーに、光の球はちかちかと点滅して答える。


「ある程度の事情は把握しています。各地から戻ってきた私の眷属たちにより知らされていますから」

「なら、なんとかして下さいよ! 神様なんだから、なんでもできるんでしょ!?」


 他力本願もいいところだが、セシリーは叫んだ。彼女ならきっとなんとかしてくれるはずだとそう思ったのだ。しかし……。


「残念ながら、それは叶いません。もしそれが可能ならば、元々の事の起こりの際に全て始末をつけているでしょう。そうは思いませんか?」

「あっ……」


 それはその通りだ。五百年もの間、封印の状態を続けていたということは、つまりその間それをどうにもできなかった事情があるはずだ。


「我々は確かに、あなたたちでは感じ取れない力を操る方法を知ってはいた。しかしそれは決して、万能たるものではないのです。そもそも、我々はあなた方の争いごとになど加担するつもりはなく、眺めているつもりだった。それに自らの同胞が噛んでいるのでなければね」

「……もしかして」

「あなたの今考えている通りですよ」


 彼らのような存在でも手をこまねく様な相手……それは、もしや彼らと同質の存在に他ならないのではないか? そんなセシリーの悪い予感は当たってしまったようだ。


「かつて封じ込められた者……それに手を貸していたのもまた、我らの同族でした。だからこそ、我らはあなたたちの世界に過剰に干渉するような暴挙を許せず、手を貸したのです」

「そのぅ……それじゃもしかして、今やってることって、そちら様の内輪揉めみたいな話なんですか……?」

「ある意味ではそうです」


 素直に肯定されてしまい、がくりと項垂れるセシリー……それなら尚のこと彼らにどうにかして欲しいところではあるが……。


「奴は……そうですね。便宜的に、『暗黒(やみ)』とでも呼ぶことにしましょうか。暗黒は、あなたたちの世界に非常に強い興味を持っていた。そう、我々の世界は常に孤独で平等、平穏な世界ですが、そちら側に触れるにつれ徐々に、奴はこの場所がつまらなく感じ始めたのでしょう。一つの禁忌を犯してまで、そちら側に自分の移し身を顕そうとした」

「ど、どうやって?」

「我々は、その者がよほど強く望まなければ、自我のあるものに乗り移ることは叶いません。だか暗黒は、どうしてもそちらの世界で動ける自分の身体が欲しかった。そこでまず私のようにひとつの依り代を作り、近くにいた生き物に長い時間を掛けて力を与えることで眷属として……それを操作し、ある人間が自分の力を求めるよう誘惑させました」

「それが……」

「そう。それに選ばれたのが、両国の間にかつて存在したという小国の王、リズバーンとかいう男でした。暗黒が彼の身体で何を行うつもりだったのかはわからない。しかし、想像以上にリズバーンとやらは強い自我を持っていたのか、暗黒とは精神が完全には混ざりきらず、反発し喰らい合った末に崩壊した。だが、驚くことにリズバーンの精神のわずかな一部だけがそれを免れ、剥き出しの欲望によって突き動かされる化け物が誕生してしまったのです……」


 なんというか、救いようのない話ではあった。お伽噺として残されている話しかセシリーは知らないので、リズバーンという男がどれほど悪事を働いたのかはわからないが、その果てに彼は、自分という存在すら失くし、五百年もの間、あの荒廃した大地に縛り付けられている。


 女神は、抑揚のない声で語り続ける。


「自我の崩壊、そして世界の多くの生命を飲み込んだせいで奴の存在は大きくなり、そのまま周囲の大地から力を吸い取り荒廃させていった。その強大な力に単身では抗えず、私はもうひとり――お前たちが太陽の女神と呼びし者と結託し、そちらの世界から素養のある者たちを選んで力を託すことで暗黒を消し去ろうと計画しました。それがお前たち聖女の原型なのです」

「なるほど……。でも、ふたりとも修道女だったってことは、やっぱり心が綺麗な人から選んだ、とかですか?」

「いえ、それは捏造です。人間たちは外聞というものを気にしますからね……事実とは異なる伝え方をしたのでしょう。ある種の心の純粋さが並外れていたのは認めますが。ひとりは旅の薬師、ひとりはたしか羊飼いかなにかだったかと記憶しています」

「ええ~……」


 急にあのお伽噺の有難みが減った気がして、これは絶対に誰にも話すまいと心に決める。その間も女神の話は淡々と続いた。


「ともかくですが……ふたりの聖女の力をもってしても、暗黒を消し去るのは困難でした。かと言って、聖女に力を与え過ぎれば……奴と同様の事態を引き起こす可能性すらある。やむなく我らは奴を封印するに留め、力の回復を待って再び暗黒を滅する機会を窺っていたというわけです。ですが……」


 言葉を濁すように少し間を開けた後、女神は思いもよらぬ事情を明かした。


「しかし想定外だったのは我らの影響を受け、そちらの世界でも特別な力を操ることのできる者たちが生まれ始めてしまったことです。そう……お前たちが魔力と呼ぶものは、その出来事で初めてお前たちに認知され、以後急速に広がっていった。結晶化した魔力の塊が現れ始めたのもその頃からのはずです」

「その話、どこかで……あっ!」


 ひとつ腑に落ちることがあった。友人である魔道具作成師・ティシエルの話だ。


 ある日楽しそうに彼女は言った……。成長速度から見て、魔石が発生し始めたのは四百五十年ほど昔で、まるで何者かが大地に慌てて埋め込んだようだと。同時に魔道具も生まれ、歴史的に大きな変革であったはずのに、鍵となる出来事がまるで見つかっていないのが不審だと。そんな彼女の言葉をただただ面白い意見だと聞き流していたが、あれは意図せず真実をかすめていたらしい。


 次に女神が話してくれたのは、封印の後の話で……彼女は聖女伝いに王家の者たちへ、然るべき血筋の者だけに力を操る術を教え、あの時計塔の保持にのみそれを当てよと命じたのだという……。しかし、それでもうまくは隠し通せず、結果こうしてふたつの国は大きく魔法に頼った発展を遂げてしまったようだった。


「時計塔に集められたもの、封印の地から漏れだしたものなど……多くの魔力が国中に拡散してしまえば、やがて魔力を扱う者や、その存在が表にが現わるのはおかしなことではない。しかし人間たちがここまでの速さでそれを自らの生活に組み込むとは、思いもよらなかった……。それもまた荒廃した大地や大気を伝ってリズバーンの身体に流入し、奴の復活を早めてしまったのです」

「はぁ~……」


 大まかな事情が明らかとなり、しばしセシリーは疲れたように目を瞑り、深呼吸を繰り返した。壮大な時の流れが、ざあっと頭の中を通り過ぎて行ったような、そんな感慨に打たれながら……セシリーはやっとの思いで次の一言を発した。


「それじゃ、なんとしてでも、もう一回封印を……」

「――おそらくそれは不可能です」

「え……なんでっ!? どうしてなんです!」

「我々の力だけでは足りず、前回の封印には核となる物質を必要としました。長きに渡り月と太陽、それぞれの光だけを浴びながら成長した石。しかしあれほどの力を持つ物は、この広き世界たりしといえど、ふたつと見つけられなかった。それは今も、各々の時計塔にて封印を維持するために働いていますが、一度それが破られれば反動で粉々に砕け散ってしまうでしょう」


 月の女神はこの時のため、眷属たちに協力を仰ぎ、色々な場所にて代替品を作ろうと試みたようだが、未だ十分な力を持つ物は生み出されていないとのことだった。


「せめて後二百年……いえ、百年あれば同等の封印を施すに足る力を得られたでしょうが……」

「それじゃあ……もう私たちにできることはないんですか……?」 

「いいえ。あなたをここに呼んだのは、ただ絶望させるためではない。ひとつだけ……方法があります――」


 嘆くセシリーに、月の女神は弱々しく瞬いた……。





 ――掌が、ひんやりと堅い木の幹に振れている。風がさっと髪を揺らし、いつの間にか、セシリーは自分の体の間隔を取り戻していたことに気づいた。


 どこかぼんやりとした気分でいる中、ゆっくりと動き出した大狼の背中にセシリーが慌てて掴まりなおすと、彼女は巨木の側面に空いたうろの前に連れてゆかれる。


 ……あの後、女神には国を救うために為さなければならないことを教わった。封印が破られた後、直接それを浄化するための大きな危険を伴う役割。そして――。


「あっ……これが、女神さまの言っていた今作ってるっていう、月の光を浴びた石の代わりかな?」


 それに必要なものがあると女神に言われた通り、薄暗い穴の中を探してみると、奥には乳白色の丸い宝玉が置かれていた。背の低い天井だと思っていたものはどうやら敷き詰められた草花のようだ。植物の中には時間帯によって開いたり萎んだりするものもあるから、月光だけがその場所に届くよううまく調節されているのかもしれない。


 セシリーは少し疲れた顔で……彼女の指示通り、おそるおそるそれを持っていたハンカチで包むと抱え、うろの中を出る。すると、そこに寝そべって待っていた大狼から声が届いたのでびっくりした。


(月の女神とあなたに繋がりができたことで……眷属たる私たちも声を届けることができるようになりました。セシリーと言いましたね)

(はい、あなたは……?)


どうも、直接頭の中に語りかけられているようだが、女神などと話した後だと左程違和感もなく、すんなりと受け入れられた。


(私は特別な呼び名を授かっておりません。それよりも、月の女神と……ちゃんと話し合うことはできましたか?)

(なんとか。あなたは……リルルのお母さんですか?)

(いいえ。それよりももっと遠い祖先です。私もずいぶんと長い時を生きていますから、伝説の元となった月の聖女を見たこともあるのですよ。彼女は女神に会った後、ずいぶん勝手なことを言うと怒っていたものですが、あなたはまた違うようですね……ふふふ)

(……はっきりとした方だったんですね。私は受け答えするので一杯一杯でした)


 気の抜けたようなセシリーに、大狼は言った。


(別に……あなたがひとりでその身に責任を負わずともいいのですよ。嫌であれば、逃げ出しても構わない)

(でも……皆が)

(それで、この大地は滅びるかも知れないし、もしかしたらそうはならないかも知れない。どちらにしても……特別な誰かが大きな力を持っていたからといって、誰かのためにそれを振るわなくてはならないと私は思わない。あなたのしたいようになさるべきです)

(私のしたいように……でいいんですか?)

(ええ。自分に恥じるところが無ければ、誰が何を言われようと構わないはずです。あなたはあなたが望むことのために生きて死になさい。誰にもそれを咎める権利など、私はないと思います)


 自分が望むこと……それについては答えがもう出ていると、セシリーは思っている。未だ迷いはあるが、それはセシリーが自分自身の心の中で答えを出さないといけないことだ。


(はい……女神さまももう少し時間はあるっていってたし、ちゃんと考えてみます)

(もし、どこにも行き場が無くなったなら、この森においでなさい。どうせこの地が滅ぶなら、皆で一緒にそれを眺めるのも一興です)

(ありがとう……)


 大狼は温かい顔をそっと触れさせ、大きな体でセシリーを我が子のように包んでくれた。しばし抱擁を交わした後、セシリーは彼女の上に跨る。


 また湖を渡り、ジェラルドたちの元に戻りながらセシリーは数か月後を思い浮かべようとしたが、できなかった。


 少なくとも全ての決着がその時には着いているだろう……努力はするつもりだが、悔いなく迎えられるかどうかは未来の自分を信じて委ねる他ない。その時にまでに、全ての答えが出せるように、ただただ祈るばかりだ――。





(――セシリー、大丈夫? また考え事?) 


 目の前のリルルがぺろりと頬を舐め、追憶から我に返ったセシリーは首を何度も振った。


(ごめんごめん。よし、お散歩いこう、天気もいいし……)


 セシリーは厩舎の管理人に声を掛けて、王宮の庭園を回って来ることを告げ、外に出た。空を大きく見上げると、徐々に強まる春めいた日差しが、目の奥に突き刺さるように届く。


(セシリー、何があってもボクは一緒に付いて行くからね。あまり心配しないで)


 下を向くとリルルが、元気な顔で見上げている。それを見ると漠然とした不安は一時でも和らげられ、ほっとした気持ちでセシリーは頭を撫でる。


(ありがとう。でもリルルにはラケルがいるでしょう? 何かあったら、彼と一緒に居てあげてよ)

(いいんだよ、あんなヤツ。セシリーがこんなところに閉じ込められちゃったのに中々助けに来ないし。今更来たってお尻をがぶってやってさ、ひいひい言わせて追い返してやるんだから)

(そんな事言わないの。きっと団長たちと一緒に私たちを探してくれてるわよ)


 ぐるぐると唸るリルルをなだめながらゆっくりと庭園を巡るセシリーの後ろには、今も十人以上の兵士が並んで、魔術師までいる様子だ。護衛とはいえ、安全なはずの王宮内でこの数は物々しすぎる気がする。


 ふと途中で終わったジェラルドの話を思い出した。前の月の聖女が亡くなった原因はわからないが、聖女の存在を疎んじる者がもしいるなら、自分自身も身辺に気を遣った方がよさそうだ。


(なんだか、考えることが多すぎて……いらいらばっかり溜まっちゃいそう。これじゃダメね……よし、リルル体を動かそう!) 

(走るの! やった!)

 

 セシリーは華美な衣装の裾を上げて駆け出した。後ろからなにやら制止を求める声やら悲鳴が聞こえているような気がするが、気にしないことにする。


 そうして彼女は小一時間ほどいい汗をかきながらドタドタと庭園を走り回り、リルルを獣舎に戻すと、甲冑姿の兵士やローブ姿の魔術師がしゃがみ込むのを尻目にひとりすっきりした顔で離宮へと戻っていった。

『闇』、だと他の場面でよく使う言葉なので、区別するために『暗黒やみ』とさせていただきました。少し読み辛くて申し訳ありませんが、ご了承くださいませ。

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