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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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魔法の特訓①

 なんとかバレずにエイラの手を借りて自室に戻ったセシリー。

 その後、ぼんやりと部屋で待つこと数時間。キースからだという、ややいわくありげな金属板が薄青く光る頃には、もう夕方になっていた。


 ――チリリリリリ……。


「ふわっ……一体何!? あ……連絡ってこれかぁ」


 転寝(うたたね)をしていたセシリーの前で、テーブルに設置しておいた金属板が微かに震えて鈴のような音を出すと、それはやがて優雅な男声へと変化してゆく。


『……セシリーさん、聞こえていますか?』

「キースさん!? は、はいっ、大丈夫です!」

『よかった。お会いできなくて寂しかったですが、これでいつでも声が聞けるようになりましたね。ね、ロージー』

『寂しがってないわよっ! でも待ってるから――!』


 まだ仕事の最中だったか、ロージーの声が近づいてはまた去ってゆく。キース共々それに苦笑した後、彼は真面目な声で本題を切り出した。


『セシリーさん、この間の言葉を覚えていますか? あなたにはぜひ、《月の聖女》の血筋を引く者として、内に眠る力――魔力を自在に操れるようになり、復活を控えた大災厄へ、我らと共に立ち向かえるようになって欲しい。特に、団長に力を貸してあげて欲しいのです」


 特に団長に、というのが何かひっかかったが……セシリーは違和感をとりあえず脇へ置くと、元々感じていた不安と疑問をぶつけた。


「本当に……私なんかで務まるんですか? だって私、お伽噺の聖女様とは似ても似つかないし、小さい頃から魔法の修業とかしてきたわけじゃないですし……。他にもっと見込みのある方がいるのでは……?」

『それに関しては断言します。今現在、その可能性があるのはあなただけだと。そして無理を言いますが、躊躇している暇も無い。災厄の復活は、もう近くに迫っているのです』

「私にしか……できない」


 その言葉を繰り返し、セシリーは恐れと共に胸に刻んだ。たった今背中にずしりと重たいものが乗せられた気がする。これまでとは違う、多くの人の命を左右するかもしれない選択に、指の先が冷たくなってゆく。


(いつも、皆はこんな辛い気持ちと戦っているんだ……)


 隣国との争いもとうに途絶えた現代、この国で誰よりも人の命と関わっているのはきっと、彼らのような魔法騎士や、一部の医者のような人々だけだろう。いつ人命が失われるかも分からない魔物との戦場で、彼らはきっと何度も重大な決断を任され、責任を背負ってきたのだ。


 自分がそうなれる自信は露ほども無い。でもセシリーは、大切な人が失われる悲しさは、つい最近思い出したばかりだ。こんな思いを、誰かにさせるわけにはいかない。例え父から幾ら反対受けようとも、ここで断れば絶対に後悔する。


「やります……やらなければ、どんなことでも。だって私、お父様やクライスベル家の皆、魔法騎士団の人たち、他にも大事な人たちが一杯いるんです。いつか彼らが家族を失ったり、苦しい思いをするなんて……絶対に嫌だから」

『その決断を、私は本当に尊敬します……! この国を守る貴族のひとりとして、何よりも、キース・エイダンという個人として私はあなたに厚く感謝を申し上げねばならない。改めて、リュアンを筆頭とする魔法騎士団一丸となり、これから全力であなたを支えることを誓わせていただく。一緒にこの国の平和を、人々の幸せを守りましょう!』

「はいっ!」


 意思の確認が終わるとキースはセシリーに、金属板と一緒に渡された紙袋から、ひとつの薬袋を取り出すよう指示した。


『本来なら、ちゃんとお父上の許可をいただいた上でやるべきだとは思うのですが……一旦それは忘れましょう。同封した本に書かれているように通常なら、魔法の習得には年単位の時間が必要となりますが、今回は少々乱暴な方法を取らせていただこうかと思います。紫色の丸薬が入っていたでしょう?』

「この、ちょっと変な感じの薬ですか?」


 袋から出て来たのは、爪の先ほどの小さな、紫に黄色の(まだら)が入った怪しい丸薬。それをころころ手のひらで転がしていると、キースは詳しい説明をくれた。


「それには、体内の魔力に対する感覚を鋭敏にさせる働きがあります。それを飲むことで、あなたは内に流れる魔力を自分で感知できるようになるはずです……」

「ちょ、ちょっと待って下さい! で、でもそれって……この間みたいなことが起こるんじゃ?」


 屋敷中がぼろぼろになって崩れ、生き埋めになる自分を想像しながらセシリーは丸薬を取り落としそうになって震えた。あんな頑丈そうな石牢ですらやすやすと破壊してしまうような力が、こんな街中で解放されたらどうなるか……。


 しかしキースはそれについては、固く成功を保証してくれた。


『心配はありませんよ。本来魔力とは暴発するようなものではありませんから。我々が、口頭詠唱や魔法陣を起動して魔法を発動しているのは見たことがありますね?』

「あ、はい……」

『本来、魔法を起動するには必ず魔力を解き放つ鍵となるそれらの行動が伴う。にも拘わらず、セシリーさんの魔力は暴走した。それは、聖女という存在が特別な存在であり、力の発動形式が単なる魔法とは異なるからと言えるでしょう』


 キースによれば、聖女の魔法は神から与えられた内なる魔力が強い祈りによって解放され、願う内容が実現されるという、通常の魔法とは異なる非論理的な仕組みに基づいたものだということだった。


『詳しく説明すると、通常の魔法とは異なり、現象を起こす為の魔法式の構築が不必要で……これはもしかすると、神々や天使が使用すると言われる奇跡と呼ばれるものに近い原理で作用しているのではないかとも言われており――』

「そ、その辺りはまだいいです! よく分からないので……」


 すらすらと出て来るキースの講釈に頭がこんがらがったセシリーが話を中断させると、彼はやや残念そうに次の話に移った。


『おや、そうですか。まあ、あの状態は、おそらく今までにない強烈な感情から発された、いわばイレギュラーな事象だったと言えるでしょう。ですから、平静に心を保った今の状態であれば、魔力を呼び起こすことができても普通の魔法使いと変わらず、何ら問題はありません。それに、いざという時のために、もう一つ袋の中に魔力を強制的に封じ込める薬も入れてありますので、何か異常が起こればすぐにそちらを服用して下さい』


 何から何まで準備のよいことで……セシリーはそちらも確認した後、水差しに水を汲み、手のひらの丸薬を見つめた。通常ならば、市販されていても絶対に手に取ることはない、絶妙に不安を煽る配色であった。


「こ、これを飲めばいいんですね?」

『ええ。さすれば、セシリーさんは体に満ちる魔力を感知することができるようになるはずです。最初は分かりにくいかもしれませんが、それは体に痺れのような感覚として伝わりますので、一日一錠、ゆっくりと休めるタイミングで飲み、体を楽にして感覚を掴んでいってください』

「わ……わかりました。それじゃ、行きます!」


 セシリーは怖気づく前に、えいやっと丸薬を摘まみ上げると口の中に放りこみ、水と共に一気に流し込んだ。


『……さて、大丈夫ですか? 魔力が大きければ大きいほど刺激が強くなりますので、落ち着いて心を休めてください』

「あ、はい……。……ふう、特になんともないんですけど」


 警戒したが何の反応も見られず、やっぱり自分には魔法の才能はないのかなとがっかりして、椅子に座ろうとしたセシリー。


「――んぎゃわわわ――っ!」


 そんな彼女を、突如背筋に走った電流の如き痛みが襲う。


 ――ガタガタン!


 椅子を自分と一緒に引き倒しながら床に転がったセシリーに、キースから驚いた声がかかる。


『セシリーさんっ!? セシリーさん今の音は? どうされました!?』

「っう――っ!? だ、だい、じょう、ぶ……れすよぉ……、んぎょわっ! にゃんでも、なひんれす……し、しびびりぇた、らけで」

『っふ!? い、いや明らかに口調がおかしいですが……あ、あんまりお辛いようなら魔力を封じる薬を……』

「い、いえ、ら、らいじょうぶれす……うぅ」


 再度立ち上がろうとしたものの、まともに足も動かせず、諦めて地面に転がるセシリー。明らか度を越えた痛みは、予想を大いに裏切るもので……呂律(ろれつ)の回らぬ口で受け答えした後、脂汗を流しながらのたのたと地面を這い進んでいると、誰かの足音がした。


「御嬢様~、ものすごい音がしましたけれど……何をなさっているのですか? ……どっ、どうされました!? どこかお体が痛むのですか? 熱などは――」

(やばっ……!)


 騒音に驚いたのか現れたエイラがドアを開け駆け寄ってきて、恐怖にセシリーは息を詰める。何しろこの敏感な状態で、もし強く抱きしめられたりでもしたら――。


「こ、来にゃいれ……にっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁあ――!」

「御嬢様――!?」

「はふぅ……」

「御嬢様、御嬢様ーっ!」

 

 案の定強く抱き起こされた体に、長時間地面に膝を折って座り続けた時のような痛みが駆け抜け、セシリーの魂が抜けた。


「い、一体どういう症状ですの……!? お医者様を! 誰か――!」

『くくく……す、すみません、そこにどなたかいらっしゃるのですか?』


 脱力したセシリーを壊れ物のように下ろし、他の使用人に助けを求めようとしたエイラは目敏くテーブルの上の金属板が光るのに気付くと、キッと目を吊り上げた。


「魔道具……!? 今通信をかけてらっしゃるのはどなたですか? 御嬢様に何をしたのです!」

『申し訳ありません……っ今、セシリーさんは魔力知覚用の秘薬により体中が敏感になっている状態でして……うくく。い、いえ、まさかこれほどまでに効き目があるとは予想しておりませんでしたので、あまり刺激を与えないようにベッドにでも寝かせ、しばらく安静にっ……おほん。安静にさせてあげていただきたい――』

「なんですって!? 御嬢様にそんな変な薬を飲ませるなんて、一体何かあったらどう責任取るおつもりですの――!」


 セシリーの絶叫が壺に入ったのか、キースの声は真面目を装ってはいたが要所要所で震えている。こんな状況を面白がる彼に怒りを伝えようと、エイラは両手をテーブルへバンバンと叩きつけた。


「ふざけておいでなんですの――!? あなたねえっ、魔法騎士団副団長だか何だか知りませんけれど、嫁入り前の令嬢を傷物にでもしたらどうやって責任取るつもりですの!? 許しませんわよ――――!!」

『はい! はいっ! おっしゃる通りでございます! 大っ変申し訳ございませんでした……! 以後留意致します――』

(あ~だめだ、ああなっちゃったらしばらくエイラは止まらないんだ……)


 ――――!! ――――――!!!!


 顔中を真っ赤にして怒鳴るエイラの声が部屋中にキンキン響いて、耳を塞ぐこともできず痺れに身をよじらせるセシリー。通信器から送られる済まなそうな声からは、向こうにいるキースが平謝りする姿が透けて見えそうだ。


 ベッド脇で倒れたまま、セシリーはせめて今回の出来事を自分への戒めとして反省し、教訓にすることとした。『ひとつ……今後神に誓って、絶対キースから渡された怪しげな薬は飲まないこと』、と。

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