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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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なすべきこと

 母と父の夢から覚めた後も、セシリーは憂鬱な気分を持て余していた。


 父はセシリーの話も聞かず、外出しないようきつく言いつけると早々に仕事へと出ていってしまったため……本日も家でだらけた日々を過ごすしかないのかと思うと、どんどん気分は沈み込む。


 思えば、騎士団で送っていた毎日のなんと忙しかったことか。毎朝五時過ぎには支度を整え家を出て、ロージーと共にひっきりなしに働いていた。


 本部館内の清掃、食事の提供、帰ってきた洗濯物の仕分け、備品の管理や制服の繕い等々、請われればなんでもやった。目の回るような気忙しい日々だったけれど……仕事を終え、夕陽を見ながら帰路につく時間は、セシリーに確かな充実感をもたらすものだった。


「……つまんないんだよぉ。ひとりだと」


 今日もテーブルの上にべちゃっと貼り付き、自分のできることを考えてみるものの、まったくと言っていいほど思いつかない。エイラたちに頼み込み、家の仕事でも手伝わせてもらおうかとも思うが、下手をすれば彼女たちの仕事を奪い困らせてしまうだけだ。


 にっちもさっちもいかないセシリーは、おもむろに立ち上がると窓を開けた。


「……町で何かやってないかな」


 爽やかな風と活気ある街並みが少し慰めになり、ぼんやりと肘をついて眼下の景色を見下ろすセシリーの頭上を、ふわりふわりとなにかが横切ってゆき、部屋の中へ入り込む。


「ん……、蝶……?」


 ひらひらと羽ばたくそれを目で追い、セシリーは驚いた。薄桃の羽をゆったりと動かすそれは、よくよく見るとなんと、紙でできているないか。


 しかも、おかしいのはそれだけではない。椅子の背に止まり小刻みに羽根を震わせる蝶からは、なんといきなり、知り合いの声が聞こえてきたのだ。


『……シリー? ……セシリー、聞こえる?』

「……ラケル!?」


 慌てて駆け寄った彼女に、羽根をゆらゆら開閉させる紙の蝶からはまた、耳に馴染んだ赤髪の騎士の声が届く。


『僕たち今、時計塔広場にいるんだ。窓の外からも多分、見えると思う』


 セシリーが身を乗り出すと、言った通り広場には目立つ赤髪の彼ともうひとり、黒髪の騎士団長リュアンの姿が見えた。


「わざわざ顔を見せに来てくれたの……!? お~い、お~い!」


 喜んだセシリーは遠くに見える彼らに大きく手を振る。するとラケルは飛び跳ねるように両手を振り回し、リュアンも軽くだが手を挙げてくれた。


 ほっとしたセシリーは再びテーブル席に戻ったが、その時にはもう、心なしか蝶の羽ばたきが弱々しくなっている。


『セシリー、ごめん。その魔法あんまり長く持たないんだ』

「そ、そうなの? ど、どうしよう……騎士団の方にいきなり行けなくなってごめんね? 色々話したいことはあるんだけど、どうしたらいいかな?」

『僕ら……お昼休憩の間……ここにい……から、出れ……らでいい……来て――』


 ラケルの声が次第に途切れ途切れになって聞こえなくなり、同時に薄桃の蝶は浮き上がると、ぽふっと煙に変わって消えてしまう。セシリーはすとんと椅子に座り込み、しばし腕を組んで考え込んだ。


(会いに行きたい……。でも、ラケルやリュアン様には悪いけど、無理かなぁ。門衛の人にお父様が強く言い含めてるはずだし)

「御嬢様? なにか騒いでらしたみたいですけれど、どうかなさいましたか~?」

「え、ううん、なんでもない! なんでもないの! ……えへへ」


 扉を開けたエイラは、大袈裟に手を振るセシリーを見て、何か勘付いたように両手を腰に当て、顔を覗き込む。


「御嬢様~? エイラを甘く見ていただいては困りますよ。その顔は、隠し事をなさっている顔ですね~」

「ち、違うってば……」

「本当ですか~? では何故目を合わして下さらないのです~」

 

 右往左往する目線にぴったり着いて顔を動かすエイラの圧力に耐え切れず……セシリーはつい、魔法騎士団のふたりが自分に会おうと近くまで来ていることを白状してしまった。


「なるほど、それでですか」

「うん……。でも、私この部屋から出られないし。エイラ、伝言だけでもお願いできない? せっかく来てくれてる彼らに悪いもの」


 そう弱った様子で頼み込むセシリーに、エイラはしばし瞑目した後、涼やかな細い目を少しきつくする。


「御嬢様は、どうして魔法騎士団にそこまで執着なさるのです? 御館様に止められまでしましたのに。もしかして、気になっている殿方がいらっしゃるとかですか? 迎えに来てくださっているおふたりのどちらかとか……」

「ち、違うよっ!? あっ、わわわわっ」 

「危ないっ――」


 そんな自覚は無かったはずなのにセシリーの身体は勝手に後ずさり、ドレスの裾を踏んづけて転びかけたところを慌てたエイラが引き戻してくれた。


「ふぅ、お気を付けくださいませ~」

「ごめんごめん。……でも、そういうことじゃないの。私は……」


 セシリーは自分の胸に問いただす。リュアンやラケルのことはもちろん好きだ。でもそれはキースやロージー他、魔法騎士団の皆に感じる感情と比してそこまで特別なものではない……少なくとも、今は。


 それよりもあの場所に戻りたいという気持ちが強い。皆のためにできることがあるなら精一杯手伝ってあげたい。自分を待ってくれている、必要としてくれている人たちがいる魔法騎士団の、一員でありたい。


「こんな私を仲間だって認めてくれたあの場所が、大好きなんだ。だから、中途半端な逃げ方しないで、精一杯皆を支えたい。例えお父様に怒られたって、エイラに反対されたって……戻りたいの」


 セシリーの話を真摯に聞いてくれていたエイラは、胸を抑えて目線を落とすと、か細い声でポツリと言う。


「……その選択が、幸せな夢を終わらせてしまうのだとしても?」

「えっ……?」


 それは小さすぎてセシリーには聞き取れず……エイラはすぐに表情を苦労人めいた微苦笑に改めると観念したように言う。


「なんでもないですわ……。別に、私は反対してるわけじゃありませんの。無茶は若者の特権ですし、あの生き生きした姿が本来の御嬢様なのでしょうから、覚悟の下で何かをされるなら、もうエイラは止めません。さあ、こちらにおいでください」

「協力してくれるの!?」

「今回だけですよ。御館様には秘密ですからね?」


 セシリーの手を握ると口元に人差し指を当て、エイラは少し悲し気な笑みを見せた――。





 ――それから数十分後。


 快晴の下、時計塔広場で頭上の大時計の針が十二時四十五分を差すのを見て、ラケルとリュアンは残念そうに眉を寄せた。


「……来ませんね」

「今日は無理そうだな。ラケル、先に戻ってていいぞ。俺はギリギリまで待ってみる」

「僕も残りますよ。任務までまだ時間が有りますし」

「「…………」」


 ふたりの顔に、同時になんとも言えない微妙な表情が浮かぶ。


 彼らがここに来たきっかけは、キースに「セシリーさんに渡しておきたいものがあるので連絡を取って欲しい」と頼まれたことによるのだが……実は彼らにとってそれは口実で、騎士団に急に顔を出さなくなったセシリーを心配する気持ちの方が強かった。


 互いにそれを感じ取り、ぎこちない表情でちらちらお互いの様子を窺い合うふたり。しかし、程無く待ち人は来たる。最初、ぱたぱた駆けてくる彼女は別人に見えたものの、クライスベル邸に務めていた侍女の衣装だったのでわかりやすく、ふたりはすぐに気づいた。


「「セシリー!!」」

「あれ、ばれちゃった。どうしてわかったんです? 驚かそうと思ったのに」


 セシリーは頭に被っていた桃色のかつらを外すと頭をふるふると振り、彼らに久々の笑顔を向ける。そんな彼女の肩にリュアンは手を置いた。

 

「なんとなくな。元気そうでよかった……」

「来てくれてありがとう、セシリー! でも、変装までしなきゃならないなんて、やっぱりオーギュストさんに外出を止められちゃったんだね……」


 ラケルが責任を感じたように肩を落としたので、セシリーは元気づけようといずれ戻る意思があることを伝えた。


「大丈夫だってば! お父様さえちゃんと説得すれば、すぐにまた元通りになるから! ごめんね、それまでは食事とか作ってあげられないけど……」

「ロージーさんは大変だけど、僕らも彼女ばっかりに負担がいかないよう手伝うから気にしないで。それよりも、お父さんをしっかり安心させてあげなきゃ」


 ぐっと力強く拳を前に掲げるラケル。しかし時間もそうないのか、彼は慌ただしく手に持つ紙袋をセシリーに渡す。


「これ、キース先輩から。中に小さな金属板が入ってると思うけど、それは連絡用の魔導具なんだ。光ったら彼から連絡があると思っておいて。他にも色々入ってるけど、おいおい説明があるらしいから、後で先輩に聞いてね」

「うん、わかった」


 キースの連絡といえば、もしかするとあの《月の聖女》関連の話だろうか。未だオーギュストと和解していないのに、彼と秘密の話をするのは気が引けたが、セシリーはとりあえず受け取っておくことにした。


「これも渡しておく」


 次いでリュアンが隣から差し出した物を、セシリーは驚きの余り両手で挟み込んで覗き込むことになった。


「嘘っ、これもしかして……! 私のしてた髪飾りじゃないですか!?」


 彼の手のひらの上には、ならず者の男に壊されたはずの、セシリーの母の形見の髪留めが輝いていた。あしらわれた宝石は欠けてしまったようで、留め具の部分の意匠もやや異なるものの、彼女からすれば二度と戻らないはずの宝物が返ってきたことに変わりはない。一部が欠損した月長石は研磨し直され、まるで三日月のような静かな光を放っていて、その下には真新しい涙滴型のダイヤ飾りが小さく揺れている。


「できる限り元の形に近いように修復したつもりだ。ダイヤはまあ、おまけだな……付けてやろうか?」

「えっ……あっ、はい。……え?」


 思いもよらぬ台詞にしどろもどろなセシリーの手からリュアンは髪飾りを摘まみ取ると、側頭部の髪を優しく束ね、丁寧に髪留めに通す。


(こういうことできる人だったっけ……?)


 顔の横をくすぐった細い指はすぐに離れ、彼は満足した様子で微笑する。


「うん。なんとなくお前はその方がしっくりくるよ」

「あ……ありがとうございますっ!!」

「……別にこれくらいはやってやるさ。早く帰ってこい。お前がいないと、皆調子が出ないみたいだからな」


 照れた様子で顔を背けたリュアン。今まで必要以上の接触を避けてきた彼が、こうして歩み寄ってくれたことと、母の思い出がこうして帰ってきたことの二重の嬉しさに、感極まったセシリーは勢いよく抱き着く。


 リュアンは困った様子でそんなセシリーの頭に手をやろうとしたが、そこで黙っていられないというようにラケルが割り込む。


「な、直したのは団長だけど、部品をあそこから見つけてきたのはリルルと僕だから!」

「本当? ラケルもありがとう、またリルルにもお礼しないとね!」


 頬を赤くしてリュアンを睨むラケルにも元気よく抱き着くと、そこで十三時の鐘が鳴り、セシリーは体を離して目尻を拭った。


「もうこんな時間だし、戻らなきゃ。ふたりとも、本当にありがとう! 私また絶対、魔法騎士団に戻って来ますから、待っててくださいね! それじゃ……また!」

「ああ……楽しみにしてる」

「僕も! 気を付けてね!」


 満面の笑みで手を振り、戻って行くセシリーを見送った後、胸を押さえてため息を吐きながらラケルが言った。


「可愛いな……。なんか、出会った頃より綺麗になっちゃって、もう気軽に話せないや」

「ああ……本当にいい笑顔で笑うから、ずっと見守っていたくなる……」

「え……?」「ん……?」 


 ぼうっとしていたふたりが怪訝そうな顔を向け合うと、一瞬、目線の間で火花が散った。


「あの――」「お前――」


 しばし沈黙……その後。


「帰りますか……」「だな……」


 ふたりは未体験の感情に互いに追及を避けると、不自然さを誤魔化すなんともぎこちない表情をしたまま歩き出す。しかし、並んだ肩の隙間は、これまでよりも少しだけ距離が開いてしまっていた。

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