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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

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昔の記憶

 強い日光、乾いた草の匂いのする風、軽快な車輪の回るカラカラという音。

 温かいものに包まれながら、体を揺らされている……そんな感覚。


「まま……。きしさまのおはなしして」


 舌ったらずな幼い子供の声がした。

 視界が真上に振れ、牧歌的な雰囲気の畦道からぐるりと切り替わると、ひとりの女性の顔が大写しになる。


「あら。セシリーは王子様じゃなくて、騎士様の方が好きなの? ママとお揃いね」


 とても優しそうな顔をした女性だ。銀髪の片側だけを月長石の髪留めで止め、同じ銀の瞳をした……まるで、あのお伽噺のような。今自分は、この女性に抱かれている。道を走る馬車の御者台に座った、彼女の膝の上に。


(お母様……?)


 声にしたつもりだったのに、口には出せなかった。代わりに、ひどく小さな幼児の声が、ひとりでに自分の口から発せられる。


「うん。つよくて、てきをバシッとやっつけて、おそらをビュンととぶの。それで、おうまさんみたいにあしがながくていっぱいある、かっこいいひとがいい」


 どうやら今、セシリーは自分の体を動かすことができないようだ。というか、なんと不思議にもこれは、幼い頃の自分の記憶を辿っているのではないかと感じた。つまりここは、いずれ覚めてしまう夢の中なのだろう、きっと。


「お馬さんみたいな足がいっぱいな人はちょっといないかも知れないわね……。ねえあなた」

「ああ、そうだな」


 その証拠が、次いで幼い自分の瞳に映った、今よりも大分若いオーギュストの姿だ。母が生きていた頃は、まだ父は小さな隊商を率いる一商人でしかなかった。御者として馬車を操る父の隣で母サラに抱かれ、セシリーはよく色んな話を聞いて退屈を紛らわせていたのだと、聞いた覚えがある。 


 困ったように眉を下げて笑うサラに口数少なく答えると、オーギュストはにこりともせずに鞭を振るい、馬の足を速めた。


(そっか。この頃はまだお父さんは寡黙で、笑顔なんてほとんど見せてくれなかった)


 でも母サラはそれを補うようにいつも笑顔で、大して父も反応は返さないものの、要所要所で妻への気遣いを見せていた。それが子供心にもなんとなくわかるくらいには、両親の仲はよかったはずだ。


「ねぇ、はやくはやく!」

「はいはい」


 せがむセシリーの頭を撫でると、サラは歌うように綺麗な声で銀髪を揺らし、楽しそうに身振り手振りを加え、話をしてくれた。



 ――これは、ある国の都にいた、とっても立派な志を持っていた騎士様のお話です……。


 その騎士様は剣の腕も達者で、魔法も使えて、並の兵士が百人束になっても敵わないと評判になるくらいの英雄でした。しかしそんな彼でも、国中すべての人を助けることはさすがに叶いません。あまりに皆が助けてくれと求めるものだから、休みも寝る暇もろくに無く……彼はいつしかそれを苦に、都を逃げ出してしまいました。……そう、彼がいくら人々を助けても、彼を助けてくれる人はひとりもおらず、なにもかも嫌になってしまったのです。


 彼は旅先で自由というものを初めて知りました……。日がな一日変わり続ける雲の形はいくら見ていても飽きず、山野を巡れば花々は、色とりどりの姿でその目を楽しませてくれます。そんなことにも目を向けられぬほど疲れていたのだと気づいた彼は、その日暮らしを続けながら流れ者となり、国中を旅する内にある場所でひとりの身なりのよい女性と出会います。


 「楽しそうですね」――川のほとりの桟橋(さんばし)であぐらをかき、ぼんやりと釣りをしていたところに話しかけられた元騎士は、答えなければ興味を失くしていずれどこかへ行くだろうと、だんまりを決め込みますが……女性は長旅でぼろを纏った彼の隣に座ると、ぼんやりと遠くに視線をやり、そのまましばし時が経ちます。


 結局、元騎士は遅れて「ああ。ずっとこういう自由な生活を送りたかったからな」と小さく答えます。すると女性は、そんな横顔を羨ましそうに見つめ、「私にもいつかそんな暮らしができるようになるかしら……」と呟きます。


 身なりからもわかるよう、女性は位の高い貴族の家柄に生まれた娘のようでした。何不自由なく生きられるはず身分の彼女ですが、元騎士は、きっと彼女には彼女なりの悩みがあるのだろうなと察します。そして女性が、そんないつかは来ないだろうということが、薄々勘付いていることも。


 きっと、この女性が本当に何を望んでいるのかを、周りにいる誰ひとりとしてわかってあげられないのだ――彼がそう思ったのは、きっと彼女の諦めたような表情に、少しだけ都にいた頃の自分と重なるものを感じ取ったからでしょう。


「……君が本当にそれを望むなら、俺が手を貸してあげようか」


 やがて元騎士は立ち上がると彼女に手を差し出し……女性は思わずその手を握ってしまっていました。身なりは見ずぼらしくても、その立ち姿はあまりにも立派で一瞬で女性は元騎士に恋に落ちてしまったのです――。



 そこで話を切り、「ね?」と母サラは、オーギュストの方に首を伸ばす。すると、彼は手綱を握るのと反対側の手で頬を掻き、「さあな……知らん」と呟いてそっぽを向く。サラは素っ気ない彼を見て嬉しそうに背中を揺すって笑うと、話を続けた。



 ――そして、その日の内から元騎士と女性の逃避行が始まります。


 たくさんの追手が彼らを追います。王国の兵士、女性の実家に雇われた傭兵や魔法使い。しかし、さすが国一番の英雄だった元騎士です……馬を自在に乗りこなし、時には力ずくで、時には機転を利かせて、傷つきながらも女性を守り通します。


 ある日、彼の手当てをしながら女性は申し訳なさから尋ねます。「どうして、そこまでして私を助けてくれるのですか?」……と。


 すると元騎士は答えました。

「私はお金のために……自分のために騎士になった。だがいくら富と名声を集めても、そこに私の望むものはなかったんだ。誰だって自由に……自分らしく生きたいものだろう? 君が私と同じように考えていて、ひとりでは実行できずにいると思ったから、そうしたんだ。けれど……本当にそれでよかったんだろうか」


 今もまだ迷う元騎士を見て、隣に座る女性は精一杯の感謝を伝えます。すると元騎士は女性に尋ねました。


「私はこれから色んな場所を回り、私たちと同じように自由な暮らしを求める人を探し集め、いつか幸せに暮らせる場所をつくろうと思っているけど、君はどうする?」


 女性が家を飛び出してから、もう一年ほどの期間が経ち……実家も諦めたのか追手もほとんどかからなくなりました。ここで彼と別れることもできましたが、こんどは女性から笑顔で彼の手を取ります。


「もちろん、一緒に行きます。私がそうしたいから」

「なら、共にゆこうか」


 すると彼はほっとした顔で初めて笑みを見せ、そうして元騎士と女性の旅は仲間と共に過ごす土地を探すものへと、その目的を変えたのでした――。




 話はそこで区切られ、日によって違う物語へと続く。魔物を倒して村を救ったり、騎士が宝の地図で見つけたアクセサリーを女性に送ったり、自然の奥で精霊と出会ったり……胸躍る冒険は幼いセシリーを楽しませた。


 そして終わりには決まって、サラはオーギュストにこう尋ねるのだ。


「とても素敵な時間でしたね、あなた?」

「……そうだったな」


 オーギュストもこの時だけは、昔を懐かしむように目を細めて口を緩め、はしゃいだセシリーの頭を撫でてくれる。今も()せず、セシリーの記憶に残っているはずの、両親のとの繋がりを一番感じられていた幼い頃の嬉しい一時……。





(――なんで、忘れてたのかな……)


 翌朝……薄っすらと開けた瞳から、涙が一筋頬を伝う。


(お母さんが付けてた髪飾り……壊しちゃった)


 言いようのない寂しさが胸を支配して……朝日がカーテンの隙間から差し込んだ後も、侍女のエイラが起こしにくるまで、しばしセシリーはベッドの上で子供のように体を丸めていた。

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