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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち

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愚かな企み

 ここは、王都に構えられたある貴族の屋敷だ。


「――も、申し訳ございませんマイルズ様! 奴らを痛めつけるところまではうまくいったのですが、魔法騎士団の奴らが何かをしたのか、失敗した模様で……」

「なんだと……?」


 その一室で何らかの出来事の経過報告を聞いていた金髪の青年――マイルズ・イーデルは、酷く気分を害してテーブルを蹴りつけた。すると報告者の男は狼狽した様子で、頭を床にこすりつける。


「お、お許しを……。なにと挽回の機会を!」

「使えない屑が……。気分が悪い、とっとと下がれ!」

「ハ、ハハァッ!」

「――くそおっ!」


 逃げるように目の前の男が部屋を出ると、マイルズは壁にワインの瓶を勢いよく叩きつけ、ガラスの破片を踏みにじる。


「くそがっ、やはり小物は信用ならないっ! 役立たずめがッ! ハァッ、ハァッ……」


 息を荒げながらひとしきりそうした後、マイルズはソファに荒々しく座ると爪を噛んだ。


 先程出ていったのは、マイルズの父の配下のしがない子爵だ。


 彼が手配したならず者は頼りにならず、リュアン・ヴェルナーとセシリーを捕らえ、服従を誓わせる計画は中断してしまった。順調にいっていれば、彼らの身柄は今頃自分の目の前にあり、頭を踏みつけ靴を舐めさせてやることだってできただろうに……。


「せっかくイルマが手伝ってあげたのにね~。でも、いいじゃない、あのリュアンとかいう男前を結構痛めつけてやれたんでしょ? セシリーちゃんも」 

「いいや、まだまだこんなものじゃ済まさないさ……。この僕に逆らったんだ。せいぜい苦しんで、華々しい表舞台や王都には、二度と姿を現せないようにしてやる」

「さっすがマイルズ。あなたならきっと、お父上の後を立派に継げるわぁ。早くあの城を手に入れてぇ、ふたりで贅沢三昧の生活を送りましょ?」

「ああ、その時は君も晴れてイーデル公爵夫人だ。王妃を除けばこの国で最上級の暮らしをさせてあげるよ」


 マイルズは隣に座る少女の陶器のように滑らかな頬に口づけした。今回大きな役割を果たしたのはこのイルマだ。


 彼女とマイルズとの出会いは、数か月前のこと。父にセシリーと親交を深めるよう命じられたマイルズが、このベジエ男爵の屋敷を間借りし始めたころ、開かれた夜会で彼女を見かけた。


 一目惚れだった。しかし、父の命令に逆らうわけにもいかないしと悩むマイルズに、少し前に直接王都を訪れた父が、見透かしたように言ってくれたのだ。お前に欲しい女がいるなら、今の婚約を破棄し結び直しても構わないと。たちまちマイルズはイルマの虜となった。


 しかもイルマは容姿が整っているだけでなく、妙な魔法を扱える。その力を借り、魔法騎士団相手と聞いて行動を渋った弱腰のならず者たちにリュアンを襲わせることができたものの……途中で邪魔が入ったのか、彼は仲間たちに助けられてしまった。


 無能どもに任せず、もし自分で手掛けていれば……そう考えもしたが、直接手を下すのは、人の上に立つ人間のやることではない。やや消化不良の気分を抱えながらも、マイルズはじゃれついてくるイルマをあやす。


「ねえマイルズぅ……。邪魔な人たちを始末したら、ちゃんとイルマのこと奥さんにしてね? お願いよ?」

「当たり前じゃないか。父上の跡を継いで結婚したら、次は君の力を使ってもっと人を操り、僕の言いなりになる人間を増やしてやる。そうすれば、いつかもしかしたら、王様にだって成れるかもしれない。そうなれば僕らに逆らうやつなんていやしないのさ。気に入らない奴らは、指の一振りで処刑してやる!」

「きゃあぁぁ、マイルズ素敵ぃ! イルマ一生着いてくから!」


 テーブルの上にあったナイフを、マイルズは壁掛けされた王国旗へと投げ、見事それは真ん中の太陽の紋章を射抜く。喝采をあげて頬に口づけし、首に顔をこすりつけてくるイルマを抱きしめてやりながらも、マイルズは内心ではこんなことを考える……。


(はっ……魔法ね。僕は授からなかったが、そんなもの、このイルマみたいに使える奴を従わせればなんとでもなることさ。手段はいくらでもある。僕はなんたって、あのイーデル大公爵の息子なんだからな。こいつも今は役に立つし傍においてやるが、僕はひとりの女に縛られるつもりなど毛頭ないんだ。数年も経って扱いにくくなってきたら、代わりを見繕って捨ててやるさ……)


 彼は人を惹きつける魅力と権力、それこそがこの世の中で最も重要な力であると信じていた。


 そして自分こそが最もそれに愛された人間なのだと自惚れており、己の才能をいかんなく発揮し、周りのすべてを支配するためには、不要なものは徹底的に取り除くつもりでいる。


(そうさ……僕に逆らう屑を取り除くのが、将来この国の頂点に立つ僕の義務なんだ! ククククッ……)


 暗い笑いを浮かべるマイルズをイルマは満足そうに見上げた後、名残惜しそうにソファから立ち上がる。


「今日はお父様に呼ばれてるから帰らなきゃいけないの~。寂しいけど、バイバイ。浮気しないでね、お願いよ?」

「当たり前だよ、僕の心は永遠に君のものさ」


 マイルズを愛しそうに見つめながら、はしゃいでいたイルマは自分の家に帰っていく。


 イルマは意外にも身持ちが固く、父親の指示があるのかそう頻繁に会えない。少々不満には思うがそれも式を挙げるまでだ。今はそれよりもリュアン・ヴェルナーだと思い直すと、マイルズは再度彼を陥れる計画を練り始める。


「奴になんとしても泥水を(すす)らせる! しかしヴェルナー家は王侯とも繋がりがあるとか聞くし、おいそれとは手を出せないか……」


 父の後を継ぐまで待つという選択もある。だがそんな自分らしくない考えをマイルズは振り切り、唇を舌で舐めた。


「そうだ。奴はずいぶん騎士であることに誇りを抱いているようだしなぁ。ならばまずはそこから追い落としてやる――」


 そんな時、次第に大きくなるノックがマイルズの考えを乱した。怒りの表情をした彼が居丈高に扉を開くよう命令すると、おどおどした様子の使用人が顔を見せ、困った様子で告げる。


「し、失礼いたします……! マイルズ様、先程からお客様がいらっしゃっていますが」

「チッ、今いいところにだったのに……。誰が来たんだ」

「お父上のイーデル公爵です」

「それを早く言え! さっさとお通ししろ!」

「も、申し訳ありません! 直ちに!」


 使えない使用人を追い出し、彼が身なりを整えて少し待つと父が室内に姿を現した。


 彼こそが、アルストリン・イーデル公爵――王都の西方に大領地を構える、品行方正で名君と名高いマイルズの父親だ。正直、昔はあれやこれやと厳しく(しつ)けてきて、マイルズはあまり彼のことが好きではなかった。


 だが最近は違う。話を真摯に聞いてくれ、なんでも叶えてくれる理想の父だ。きっと立派に成長した自分を認め、将来自領を引き継いでもらうべく必死なのだ。


「マイルズよ、息災であったか」

「ち、父上……ご機嫌麗しゅう」


 しかし、マイルズは今の父と気安く接しようとは思えない。イーデル公爵は以前には無かったような凄味と威圧感を備え、風貌まで変わったような気さえして……思わずマイルズは現れた彼の前に膝を突く。


「楽にしてよいぞ。今回の件が失敗に終わったのは残念だったな」

「そ、そうなのです……! あやつら、どんな方法を使ったのかあの地下牢を破壊して脱出したと! 私に流れる尊きイーデル家の血を侮辱した奴に裁きを下すいい機会だったのですが……」

「心中察するぞ息子よ。しかし諦めるな……必ずや復讐の機会はまた巡ってこよう。私も存分に協力しよう」

「あ、ありがとうございます父上! 必ずやあのリュアン・ヴェルナーを額づかせ、当家に楯突いた報いを受けさせてやりましょう!」

「うむ、期待しておるぞ。では少し話を詰めるか」


 そうして、マイルズは父を招き入れ、使えない使用人を蹴り出すと扉を閉める。その日は遅くまでリュアン貶める算段を父と語らい、帰ってゆく彼を最高の気分で見送ると、改めて固く誓った。


(待っていろよリュアン・ヴェルナー。セシリーと共にじっくり料理してやる……!)


 ――剣だの魔法だのがちょっとばかし使えるくらいの凡才が、生粋の公爵家の血を継いだ自分に楯突くなど、どれほど愚かなことなのかを骨の髄まで思い知らせてやる……。


 そんな思いでマイルズはワインを注いだグラスにリュアンの姿を思い浮かべると、それを夜空に掲げ……。


「これが、いつかのお前の姿だ! アハハ、アハハハハハッ――!」


 勢いよく窓の外の地面に思いきり叩きつけた。血だまりのように広がった染みは彼を愉快な気分にさせ……ずいぶんと長い間、その哄笑はやまなかった。

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