誘拐事件①
結局、急いで出たセシリーの姿をラケルは見つけられなかったようだった。キースはどこかへと出かけてしまい、執務室にひとり戻ったリュアンが惰性で仕事をこなしていると、気付けば夜空には星が出ていた。
(……同じ場所を殴りやがって、キースの奴)
じんじんと熱を持つ頬を押さえて溜息をこぼし、自室に戻ろうとした彼が席を立ち上ったところで、慌ただしい足音が近づき、誰かが扉を開け放つ。
「――団長殿、どういう事なのです! セシリーはどうしているのです!?」
「待って下さいってば!」
そこではセシリーの父オーギュストが、憤怒の表情で肩を上下させてリュアンを見ていた。隣では暴挙を止めようとしたロージーが不安そうな眼差しを瞬かせる。
「どういうこととは、一体なにが?」
ろくに頭が回らない状態だったリュアンは、覚束ない足取りで彼の前に出ると理由を尋ね……それを聞いて背筋に冷水が注がれたように震えた。
「どうもこうも、娘が家に帰ってきていない……! 聞けばあなたがぞんざいな扱いをして、娘を泣かして帰したというじゃありませんか!」
「ば、馬鹿な!? 帰っていないって、ほ、本部に残っていたりは!?」
「どこにもいないのよ……。皆で確認したから間違いないわ。どうしようリュアン、あの子、誰かに連れてかれてたり」
涙声のロージーに何も答えることができずリュアンは唇を噛み、彼に詰め寄ったオーギュストが怒りを叩きつける。
「娘に何かあれば、絶対にあなたを許しませんよ――!」
「っ……そんなことわかってます! どいてくれっ!!」
言葉の途中でリュアンはオーギュストを突き飛ばすと、部屋の背面にある窓を開け放って夜風に身を躍らせた。同時に指で描いた魔法陣から魔法が起動され、彼の身を軽くして着地の衝撃を和らげる。
そのまま捜しに走り出したリュアンを窓に駆け寄ったロージーが唖然としながら見下した。
「あいつ……自分の立場わかってんの!? リュアンのおバカ――!」
「行ってしまいましたか……」
オーギュストたちに遅れて部屋に集まって来たのは、いつの間にか本部に戻って来ていたキースやラケルを始めとした、数人の騎士たちだ。
彼は未だ怒りの収まらないオーギュストに深く頭を下げ、今後の対応を告げる。
「申し訳ありませんオーギュスト氏……我々の不手際です。すぐに我らも総動員して町中を捜索しますから――」
「もういい……! 娘は私の商会の手の者で行方を捜させる。あなたたちの手は頼らない」
手掛かりを得られなかったことに落胆すると、オーギュストは年齢に似合わずきびきびとした動きで団員をすり抜け去っていった。以前の余裕の欠片も見られない、まるで人が変わったかのような一面からは、余程娘を大事に思っていることが窺えた。
それを見送った後、ぐっと眼を瞑り、大きな声で謝罪したのはラケルだ。
「すみませんっ! 僕がオーギュストさんに知らせたんです。後を追ったけどどうしても見つけられなくて、家に帰っているかも知れないって一度お邪魔したら……まだだって。僕がもっと早く追いかけて、捕まえていれば……!」
「それは今言っても仕方ありません。彼女がここを出てまだ数時間。自分の意志で行動しているにしても、もし誰かに連れて行かれたのだとしても、そう遠くには行けないはずだ。皆、捜索に力を貸してくれますか」
「当たり前でしょう!」
「セシリーちゃんには世話になってるからなぁ。おい、探査用の魔法で街をしらみつぶしに探していこう。地図を持って来い、担当を決めるぞ」
集まった騎士たちは口々に頷き、探す準備を始めていった。魔法使いでない一般の人間の中にもほんのわずかな魔力は流れていて、特定の人物を探す魔法は、普段その人物がよく使用している持ち物に移った残留魔力を利用する。
幸い彼女が使っているマグカップなどが控え室に有り、ロージーが持って来たそれから騎士たちは反応を辿ろうとテーブルに地図を広げて魔法を掛け、カップから糸のように放たれる光の動きを注視する……しかし。
「反応が薄いな……大分分散してる。町の西部か、南部のどっちかだと思う」
「細かくは絞れんか……手分けして探すしかねえな」
キースは頼もしい同僚たちに感謝すると、彼らの配置を素早く決めて指示する。
「では、皆さんは一刻も早く彼女の身柄を確保できるよう出発して下さい。私は正騎士団にも要請してみます。人出はあった方がいい」
魔法騎士団と正騎士団は現在いがみ合う仲だが、そんなことを言っている場合ではない。ひとりの身柄に大袈裟とも取れる処置だと罵られようと……キースは全力を尽くすつもりだった。彼もまた、リュアンが過去を克服するためにセシリーを利用しようとした責任を感じていた。
「……先輩、僕に単独で動く許可をお願いします!」
すぐさま出ていこうとするキースを遮るように、セシリーと最も仲良くしていたラケルが必死に声を張った。
「……リルルが、役に立ってくれるかも知れない。僕、見たんです……最初に出会った時も以降も、あいつはセシリーの居場所を何度も正確に探し当てた。何か、ふたりには深いつながりがある気がして……。絞る手掛かりがないなら、任せてみる価値はあると思うんです」
「いいでしょう、やって見なさい。どの道あなたひとりが減ったところでそこまで探せる範囲に変わりはない。何かわかれば私に連絡を」
「はい! 行って来ます!」
考える間も惜しいのか、キースは被せ気味に許可すると、魔法陣が描かれた円形の金属板――通信用の魔導具を取り出し押し付けた。受け取ったラケルはそれを手にリュアンと同じく飛び降り……その時にはすでにキースは不在のリュアンに代わって団員たちに檄を飛ばしていた。
「もうセシリーさんは、我々の部隊のれっきとした一員です。皆さん、かけがえのない仲間を連れ戻し、必ずまたあの笑顔が見られるように各自全力を尽くしてください! 頼みましたよ!」
「「「おう!!」」」
(皆、任せるわよ……)
ロージーは自分も走り出したい気持ちをぐっとこらえて両手を握り締めると、口々に声を上げ出ていく頼もしい魔法騎士たちに向けて心から祈る。彼らがちゃんと、すっかり妹のようにこの場所に馴染んだセシリーを、無事連れ帰ってくれますように、と……。
――オォォォォ――ン……!
外からは、鼓舞する様な狼の遠吠えがひとつ響き、出陣の合図として木霊した。
◆
――ぴとん……ぴとん。
「う……」
どこからか滴る水音に、セシリーは目を覚ます。
気怠い体を起こし、セシリーはざらついた感触に顔をしかめる。頬の下には冷たい石があり、寝かされていたのが地面だとわかった。そして、少し離れたところには太い鉄柵。
牢屋――それを認識した後、セシリーの身体は再び脱力する。
「なんで、なによここ……。あ、れ……私、どうしてたんだっけ? 騎士団を出て、でもあの顔じゃ家に帰れないし、どこか喫茶店でも寄って落ち着こうって……」
おそらく、そんなに経っていないのだろう。悲しい出来事がすぐにセシリーの頭の中に呼び起こされた。といっても、リュアンから共に踊ることを拒否されたという、そんな程度のことだ。
なのにそれだけで、本当に胸が苦しくなったのは、なぜなのだろう。
別に自分に自信が有って、それを打ち壊されたわけじゃない。元々はそもそも、彼と一緒に踊るなど絶対に嫌と周りに叫んだほどだったのに。
一緒に生活する中で彼の色んな一面を知った。
彼はいつも堅苦しく、厳しい素振りを見せながらも、誰かを助けていた。セシリーのことだって、マイルズたちから庇ってくれたし、いつも仲間のことを気にかけ、励ましていた。彼と仲間たちの間には、いつでも温かな絆があった。
リュアンが自分のことを仲間だと、そう言ってくれた時からセシリーは慢心していたのかも知れない……。
彼なら嫌そうな素振りをしつつもきっと、当たり前のように今回も受け入れてくれる。きっとふたりでぎこちなく踊って、どっちが下手だの言い合って、キースがリュアンのことを弄るのに乗っかって、ラケルと一緒に笑って……いつもと同じそんな楽しい一時がきっと訪れるんだと信じ込んでしまっていた。
でも、そうはならなかった。自分では駄目なんだとはっきり言われた瞬間、これまで感じたことのない寂しさが心を埋め尽くし、溢れようとしたものをこらえきれなかった。素敵な人たちの近くにいすぎたせいで、きっと勘違いしてしまったのだ。こんな自分にもちょっとくらいは誰かに認めてもらえる価値があるんだって。
「私が、私じゃ無かったらなぁ……」
くしっと、セシリーはまだ腫れている瞼をこする。また熱いものが込み上げ、鼻がつまり苦しくなって、息を吸っては吐いても感傷は中々収まってくれない。
「うう……」
子供みたいにべしょべしょにした顔を手で覆っているうちに、遠くから幾つかの足音が響いてきて、セシリーは慌てて顔を上に上げた。
誰かが助けに来てくれた……そんな希望めいた考えを一瞬で破ったのは、顔を隠した複数の男たちだ。見るからに薄汚れた怪しい身なりを見て、真っ当では無いことが窺える。
「誰……? あなたたち」
「へへ、お頭。この嬢ちゃん、まだなにが起きたか分かっちゃいねぇみたいですぜ」
牢屋の隅に向かって後ずさる彼女を、どこか見覚えがある軽薄そうな男が嘲り、後ろから一際大柄な人物が現われてセシリーを見下ろした。
「不憫なお嬢ちゃんに一応教えてやろう。俺らは見ての通りならず者さ。依頼主の貴族の坊ちゃんから頼まれてあんたを捕まえ、もうひとりを誘きだす餌にした。面倒な奴に喧嘩を売っちまったことを後悔しながら、しばらくそこで大人しくしてるがいい」
「そうなのさ! 馬鹿みたいな仕込みに引っかかってくれてありがとうよ、お嬢ちゃん! あんたらを売りつけりゃ、俺らの懐にゃ大金がしこたま入るって訳だ! 酒も飯も女も買い放題! いいだろ? 楽しそうだろ?」
「そうだそうだ!」「ご協力ありがとうよ!」
「そ、そんな……」
どっかりと通路の中央に座り込んだ大柄な男の周りを、軽薄な男が楽しそうにクルクル踊り回り、下品な男たちの喝采が起こった。
少しずつ詳細な記憶がよみがえったセシリーの目から涙が引き、じわじわと心の中に恐怖が広がっていく。
(そうだ……私、あの人を手当てしようと)
街をとぼとぼ歩いていたセシリーは、路地裏で怪我をして呻いていた、あの軽薄の男を助け起こそうと駆け寄り、隠れていた仲間に拘束されて何らかの方法で意識を奪われた。
いわば、この出来事は善意から発したとはいえ自分の油断が招いてしまって……しかも、男の口振りだと、近しい誰かまで巻き込んでしまっていることになる。セシリーは頭を大きく抱え、大柄な頭目の男が酷薄な表情を浮かべた。
「はは、そう不安がるこっちゃねえよ。すぐにお仲間があんたの元にやって来るさ……。ま、俺らがあんたがたを売り飛ばした後どうなるかは知ったこっちゃねえがね」
「あ……う」
またも嫌な笑いで周りが同調し、セシリーはなにかを言い返そうとしたが、できなかった。
だってセシリーには何の力もないのだ。男たちを打ち倒してこの窮地を脱することも、外部に連絡を取ることも敵わない。ここでこうして蹲り、ただひたすら誰かが助けに来てくれるのを祈ることしかできない。
通路に次々と座り込んだ男たちは、成功を確信しているのか、鞄や懐から思い思いに酒瓶を取り出し呷り始めている。そんな彼らを眺めるだけで何もできないことが、セシリーの無力感を一層煽った。
「へへ、頭。こうして待ってんのも暇なもんだし、ちぃとくらい遊んでやったらどうなんですかい?」
軽薄男の赤らんだ目がこちらに向き、セシリーはぞっとして体を抱える。だが頭目は彼を制止した。
「それも悪くねえが、取引相手は貴族って話だ。つまらんことで機嫌を損ねて支払いを渋られんのもつまらねえだろう。嬢ちゃんに何かして、野郎の方が破れかぶれになっちまっても敵わんしな。魔法は封じたとはいえ……そうなったら誰がお偉い魔法騎士様のお相手を務めんだ? お前か?」
「いやいや、頭の言う通りっす。……ひひ、嬢ちゃんよかったなぁ」
元からこちらを脅かそうとしていただけなのか、軽薄男はすんなりと頭目の言葉に引き下がる。しかしセシリーの心は休まらない。
(どうして、こんな目に遭わなきゃいけないの)
セシリーはただ、人生を楽しく過ごしていたい、それだけなのだ。
大切な人たちと言葉を交わし、肩を支え合って一生懸命生きていきたい。時には角突き合わすこともあるけれど、でも出来る限り互いを尊重して理解しようと努力したい。なのに……彼らから感じられるのはセシリーの考えとは相いれない、他者の好意を否定しあわよくば自らの快楽の為に利用しようという、どこまでいっても満たされない欲望のみだ。
きっとこんなことが世の中にはありふれていて……男たちの笑いは、お前の考えが甘いのだ、人など信じるに値しないと謗られているようで、セシリーは苦しい胸をぐっと押さえ、かぶりを振った。
(やだよ……そんなの!)
セシリーは、皆を信じていたい。父と亡き母やエイラ、リュアンを始めとした騎士団の皆、商会で働く人たちや、ティシエルのような友人たち……他にも沢山の人たちと手を繋いで、助け合いながら進んで行きたい。俯いて、誰かが伸ばしてくれた手から背を向けたり、これ幸いと影の中に引き込むようにはなりたくはない……!
「――おお、上手くいったみてえだな」
頭目が後ろに目をやり、奥の暗闇から二度目の足音と共に、重いものを引きずる音がしてくる。
「へへ。そのお嬢ちゃんの名前を出したら大人しく捕まってくれやしたぜ。ほら、お仲間の御到着だ」
牢が開き、蹴り入れられた何かがどさりと地面に転がるのに思わずセシリーは身構えたが、おそるおそる姿を確認すると驚きの余り目を見開き、その人物を膝の上に抱え起こす。
「……リュアン様!!」
それは、ぼろぼろで見る影もない魔法騎士団長リュアンの姿だった。
制服はところどころ無残に切裂かれて血が滲み、体のところどころにもひどい痣があった。
意識を失っていたか、閉じていた目がわずかに開かれると、途切れがちな声と共に弱々しい手がセシリーの顔に伸びた。細い指が頬を触れるようになぞる。
「……無事、だったか。よかった」
「よくないです! ぼろぼろなのはあなたでしょうに……! どうして、こんなことに……」
ふたりに外から馬鹿にしたような喚き声が掛けられた。
「さすが品行方正な騎士団長様よ! 門から飛び出て来たとこに、あんたを連れてったって話しただけで、なんにも言わずに捕まってくれたぜ。これが騎士の鏡って奴ね、ハハハ!」
「ヒーッヒッヒッ、甘っちょろいことで……。んな腰抜け、魔法が扱えなけりゃただの木偶の棒よ! こりゃお仲間の騎士団ってのも大したことねぇなぁ……!」
「なんっ……!」
リュアンの手首には見慣れない腕輪が嵌められている。おそらくこれが彼の魔法を封じているのだろう。侮蔑の言葉がセシリーの沈んでいた心に怒りの火を灯したが、放とうとした言葉はぐっと袖を引いたリュアンに止められた。
「……いい。今は……大人しくしててくれ。もうすぐ、皆が助けに来るから」
(全部、私のせいじゃない……!)
口の端から血を流し、激しくむせたリュアンの姿が、セシリーに悲痛な後悔を抱かせた。
「ごめんなさい……! 私、役立たずで……私のせいであなたまでこんな酷い目に遭わせて……。私なんかが、騎士団に行かなければよかったのに……。こんなことになるんだったら、家の中で蹲ってたら、よかった」
弱々しい反応しか返さない彼の背中をさすりながら、セシリーは泣き言ばかりでわななく口を覆う。
浅はかにも……変わろうという決意だけで、なにかできるようになったつもりでいた無力な自分。騎士団の皆が輪の中に入れてくれて、すっかり彼らの一員と成って、役に立てた気がして嬉しかった。しかし、こんな悪意を前にして、セシリーの存在はただ彼らの弱みを増やしただけで――。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
「かわいそーだなぁ。まったく、女の子泣かしちゃあ駄目じゃなねぇの、騎士団長さんよ……ブハハハハ!」
げらげらとせせら笑う男たちの顔を見返すこともできず、セシリーはリュアンの胸に縋り、泣いて謝ることしかできない。
「……違うよ」
しかし、セシリーの背中にそっと当てられた大きくて繊細な手は、こちらを安心させるように、ゆっくりと優しくさすってくれる。
「……お前が謝ることなんて、なにもない。駄目だったのは、俺なんだ。あの時お前が、頑張って伸ばしてくれた手を、ひどいやり方で拒んでしまった……」
「そんなの、私がただ勝手に期待して、落ち込んで……」
「……違う。俺は、お前のことが嫌いでああしたんじゃ、ない……。勝手にお前に亡くした人を重ねて……過去と向き合うのが、辛くて……。弱い自分を守りたくて、目を背けた、だけ……で――」
リュアンはひどく咳き込んだが……意識が朦朧としながらも震える手を伸ばし、セシリーの頬に伝う雫を、冷たくなった指で拭ってくれた。
「ずっと、言いたかったんだ……。来てくれて、ありがとうって。いつも頑張ってくれてたのを、見てたよ……。朝早くから……笑顔で、皆の世話をして……。お前がいてくれると、皆、楽しそうで……。だから……こんな風に傷つけて、本当に」
『――ごめんな』……そうささやかれたか細い声を聞き、セシリーはリュアンの本当の強さに、少しだけ触れられた気がした。きっと、どんなに自分が苦しくても、決してこの人は誰かに寄り添うことを止めはしない。こんなにも優しく、傷つきやすい繊細な心をしているのに……ぼろぼろになるまで体を痛めつけられているのに、今だって自分を一言も責めず、一生懸命に手を差し伸べてくれている。彼だって、最初から強かったはずじゃないのに。
キースも言っていた。出会った頃は、ひ弱なただの一生徒に過ぎなかったと。それでも、もう失うまいと……。大切な人との誓いを胸に、今度は自分だけではなく、沢山の人の想いを守り抜こうと、彼は今も足搔いて――。
男たちの哄笑を前に、セシリーは決然と顔を上げた。
「――何がおかしいの」
はっきりとした声音に、笑いがぴたりと止まる。
しかしすぐに軽薄そうな男が茶を濁すように、男たちを囃し立てる。
「あら、反抗期でちゅかね~? 赤ちゃんよりかよわい小娘ちゃんが、いきり立っちゃって……ぼろぼろの雑魚騎士団長様と一緒に、なにができるおつもりなんでしょうかねぇ? ひひひ」
「セシリー、やめろ……」
男たちから同意の笑いが飛び交うが、セシリーは苦痛に顔を歪めるリュアンの体を優しく横たえると立ち、彼を庇い大きく手を拡げる。
「……笑うなっ! どうしてあんたたちは、誰かのために必死に生きようとしてる人を笑えるの!? そんな風に人を傷つけて貶めて、陥れて得たお金でご飯を食べて、遊んで……そんなのが本当に楽しいの!? そんなことを繰り返して、恨まれて……いつか誰かに自分も同じようにされて、そんな風に終わりたいの!」
「ピーピーうるせえぞ……」
ガン、と鉄柵が蹴りつけられ、立ち上がった頭目の男が冷たい目で睨んだ。
「おままごとしてりゃ生きてける貴族様の嬢ちゃんにはわからんだろうよ。おめえらだって国民から金を絞り上げんのが仕事だろうが。じゃあそれを俺たちがやって何が悪い。脅して騙して奪う、そいつが俺たちにとっての仕事だ……!」
だがその剣幕にもセシリーは退かない。
「嘘よ! どうせあんたたちなんて、真っ向から誰かに立ち向かう勇気も無い癖に! 弱い人や付け込む隙のある人ばかりを狙って、卑怯な方法で苦しめて……。そんなの、仕事なんかじゃない……! 本当に、生きていくために一生懸命やっていることなんだったら……人を小馬鹿にして笑ったりなんかしない!」
セシリーはもう一時だって彼らにリュアンを傷つけさせたくなかった。彼が今まで思い出と共に大切に育ててきた誇りを、こんな奴らが笑っていいはずはないのだ。
「あんたたちに、リュアン様の何がわかるっていうの!? 彼は、今までぼろぼろのくたくたになりながらこの国の皆を救ってきたんだ! 私だって何度も助けてもらったからわかるもん、たくさんの人が彼を大事だって、傍にいて欲しいって思ってる! そんな彼をあんたたちみたいなやつらが貶す権利なんて無い!」
「セシリー……」
小さく目を見開いたリュアンに、セシリーは臆病を振り切り、元気づけるような笑みで頷いた。怖さは消えない……痛みにだって、きつい言葉にだって慣れていない。それでもセシリーは自分は何を言われても、どうなってでもリュアンのために怒りたかった。
「魔法騎士団の皆はね……すごくいい顔で笑うんだ! リュアン様が朝日も出ない内から動き出して、ろくに休みも取らないで一日中国中を走り回ってるのに……どれだけ疲れてても、皆に今日はありがとうって欠かさず言ってくれるから……。誰よりも苦労してる人が……一緒に頑張ろうって背中を支えてくれるから! いくらそんな風に馬鹿にしたって効くもんか! 絶対に……間違ってるのはあんたたちの方なんだから!」
「……こっちが黙ってりゃあ、つけ上がりやがって……!!」
セシリーの言葉にあからさまにいきり立ったのはあの軽薄な男だった。
彼は、獰猛な表情を浮かべ目を血走らせると、頭目の男に告げた。
「ねぇ頭……さすがにこりゃ腹の虫がおさまりやせんぜ。ちょいとシメてやっても構わんでしょ? 言われっぱなしじゃ、俺ら悪党の沽券ってやつに関わりやすぜ?」
「……あまり派手に傷つけるなよ」
それを聞いた頭目は、ひとつ舌打ちした後鍵を開けた。軽薄な男は腰に佩いたナイフを抜きながら、低い格子の扉を潜って舌なめずりする。
薄闇の中、刃物の冷たい銀色が浮かびセシリーの目にちらついた。
「ひひ……もう泣いたって許さねえからな。だが、今すぐここで地べたに這いつくばって謝れば、許してやるよ。『私の方が間違いでした』ってな」
軽薄男はセシリーの元へ恐怖を刻み付けるようゆっくりと歩み寄る。
ナイフが数度振り回され、風がセシリーの顔を撫でた。
「ほらどうした、怖くて動けねえだろ? 斬られるのは痛えんだぜ……? なあ」
ひたひたと、冷たい金属が頬を叩き、酒臭い息が顔にかかる。
セシリーの身体は震えていたが、しかし眼差しだけは強く、男から外さない。
「その目をやめろ……」
男は頭目から厳命されたためか、ナイフを顔から外し、その切っ先をドレスの胸元の中心部に向けた。それは布地を貫通し、針で突かれたような小さな痛みが発生する。
それでもセシリーは言い放った。
「あんたの言うことなんか聞かない! 私たちは、間違ったことなんかしてない!」
「このアマがッ!」
激高した男がナイフを上に振り、ドレスが浅く引き裂かれた。
そして男は、セシリーの髪を側頭部の髪飾りごと握り締め、顔を引き寄せようとした。耳の傍でパキリと小さな破壊音が鳴り、思い出の品との別れを告げ……。
――視界が、明るく弾けた。




