メイアナの喫茶店②
思い出話を終えたキースは、メイアナが用意してくれた紅茶を味わう。
「彼との出会いはそのようなものでしたね。今はひねてしまいましたが、数年前の彼は、今から考えられないくらい素直で従順な青年だったのですよ。当時は本当に、私の言うことはなんでも聞いていたんですから」
「へぇ~、団長にもそんなころがあったんですね……」
あの不遜な態度を取るリュアンの意外な過去を知り、セシリーは瞳を丸くした。もっと、自分に能力があるのをいいことにやりたい放題やってきた人間なのだと勘違いしていたのだ。
たしかに、魔法騎士団に勤めだしてから知ったリュアンの姿は、団長だからと言って楽をしたりするようなこともなく、他の団員以上に日々あちこちを懸命に駆けずり回っている。見た目や言動だけでその人を分かったつもりになっていたセシリーは、大いに反省し、肩を小さくする。
「もっと皆苦労のない生活を送ってきたんだと思っていましたけど、違うんですね」
「特に今の私たちの団は、リュアンが入って大きく変わりましたからね。彼には、この人のために動きたいと思わせるような何かがある……。逸材を見つけ出し、育て上げた私もなかなか偉いものでしょう?」
「キース様ったら……。しかし、わたくしはリュアンさんに感謝していますよ。あのころのあなた様は、中々見ていて辛いところもございましたからね」
トレイに頼んだふたつのケーキとクッキーを運んできたメイアナはそんなことを言った。クッキーはキースの分らしく、彼はここに来るとこれしか頼まないから、自動的にいつも付けることになったのだとか。
「正騎士団を選ばなかったせいで、両親やメイアナたちにはずいぶんと心配をかけてしまいましたね。その事だけは申し訳なく思っています」
思うところも色々あるのだろう、キースはわずかに瞼を伏せてすまなそうにした。長い睫毛が瞳を陰らせ、そんな仕草だけで女性をどきどきさせるのだから、やっぱり美形は得だわとセシリーは心の中で激しく頷く。
「いえいえ。わたくしとしては、またお坊ちゃまの明るいお顔が見られて嬉しゅうございますとも。今も少しずつ、魔法騎士団の働きが決して正騎士団に劣るものではないことを証明しつつありますでしょう。屋敷の皆も、同じ気持ちで応援してくれていますよ」
メイアナの言うようにセシリーも、魔法騎士団が注目を浴び始めたのは近年のことであると聞いている。併せて彼女は、それまでは正騎士団傘下のごく小さな部署であった彼らが独立し、大きく名をあげるようになったのもキースのお膳立てと、リュアンを始めた若手の活躍によるところが大きいのだということを、嬉しそうに話してくれた。
「まあ、まだ父上からは認められていませんから……これからですね。精々団長を馬車馬のように働かせて、いずれ正騎士団が取って代わられるかもと、戦々恐々となるくらいに大きくしてみせましょう……はっはっは!」
「まあ、キース様ったら。怒られても知りませんよ」
軽い冗談を楽しそうに飛ばしたキースと、口元に手を添えころころと笑うメイアナ。もしリュアンの存在が無ければ、ふたりのこうした関係も維持できていなかったかもしれないなどと……セシリーはちょっとほろっときつつ、運ばれてきたケーキに口を付け始めた。
「……美味しい!!」
シンプルな苺のショートケーキも、梨のタルトもやや糖分は抑え気味で、代わりに果実本来の瑞々しさと甘さがしっかり感じられる、優しい味わい。なるほどこれならキースが勧めるのも十分に頷ける、隠れた穴場と言った感じのお店だった。
あっという間に食べきってしまったセシリーが率直に褒めると、メイアナは銀のトレイを胸に抱えたまま、意味ありげな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、素直で元気な御嬢様。本当にキース様とはなんでもないのですか?」
「ええ、あえて言うならば、可愛い団長を共に愛でる仲間といったところでしょうか」
「ぶはっ……」
ひどい咳込み方をしたのはキースで、彼はソファをつかむように背を向け、肩を震わせる。それを見て、メイアナは残念そうに頬に手を当てた。
「あらあら……。キース様は気取り屋ですから、こんな無邪気に楽しませてくれる女性はなかなかいないんですのよ? キース様、セシリー嬢にもっと意識していただくよう頑張らないと。もしかしたら今回の節刻みの舞踏会も彼女と一緒に出られるのでは?」
「くっくっく……失礼。いや、ぜひそうしたいところなのですが、いつまでも子供じみた我儘に付き合っているわけにもいかないのでね。今回は私はお休みで、彼女に団長を引っ張って行ってもらおうかと。そろそろ彼にも、もう一段階成長して貰わないとなりませんから。ね、セシリーさん?」
「はあ……それじゃ頑張りますけど」
自分と舞踏会に出ることがどうリュアンの成長へと繋がるのか。片目をつぶったキースの言う意味がよくわからず、セシリーは首を傾げ……メイアナは心得たように頷く。
「なるほど、色々と事情がお有りですのね。団長様のお相手でしたら、それはそれは遠慮して差し上げなければ」
メイアナは視線をそれとなく窓の外にやり、追ってみるとセシリーの位置からでも、周りの建物よりひとつ抜けた背の高い時計塔を垣間見ることができた。
セシリーも時計塔を観光目的で訪れたことはあるが、王都を一望できる展望台からの眺めは、それはそれは素晴らしいものだった。建てられて数百年も経つあの建物が今も綺麗な外観を保っているのは、王家が国の象徴として徹底的に維持管理していることと、物質の劣化を停滞させるような魔法が使われているせいだと、中で説明を受けた記憶がある。
「あの時計塔は、わたくしが生まれるよりもはるか前からこの町を見守り、時を知らせてくれています。幼い頃からこの町で暮らす私たちにとっては、家族のように馴染み深いもので……だからか、最近何か違和感を感じるのです。少しずつ鳴らす鐘の音が、軋んだものになっているような。それが少し不安で」
沈んだ表情のメイアナがそう告げたのに、セシリーは掛ける言葉を持っていなかった。なぜなら彼女は生まれがそもそもこの国の出身ではないし、王都に来たのも比較的最近だ。
しかしキースは違う。セシリーは彼の表情が珍しく、一瞬だけ固まったのに気付いてしまった。何か思うところがあるのか……彼女が問おうとする前に、キースは不安を打ち払うような陽気な声で告げた。
「大丈夫、何もありませんよ。これまでと同じように時計塔は時を奏で、我々騎士団は人々を守り続ける……それこそが、それぞれが存在し続ける理由なのですから」
メイアナを元気づけるその言葉が、少しだけ空々しく感じてしまうのは、セシリーの気のせいだろうか。キースは明るい表情で、その後メイアナにもう一杯の紅茶を注文してくれる。
「それよりもメイアナ、せっかくのお茶が冷めてしまった。すみませんが、温かいものをいただけますか? 彼女にも」
「ええ、御免なさいね、こんな話をして。すぐに淹れて参ります」
その時丁度、午後三時の鐘が鳴って……先日の不幸な出来事とつなげて憂鬱になりかけたセシリーは、さすがに考え過ぎよねと首を振って、改めてキースとの会話を楽しむことにした。




