マイルズとの再会②
まさかこんなところで出くわすとは思わなかったふたりに、セシリーは身体を固くする。
あんな事があった後なのだ、わざわざ声を掛けてこずとも、そ知らぬふりをして通り過ぎてくれればいいだろうに……悪意が背中に透けて見えそうだ。
「……御機嫌よう、マイルズと、イルマさんでしたっけ? ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。なにか御用でもおありかしら?」
内心の苛立ちを抱えつつも、この場にはリュアンもいる。こんなふたりに怒りをぶちまけ、元々開いた彼との溝が底なしの断崖絶壁と化してしまったら、目も当てられない。セシリーは微笑みを浮かべ、努めて丁重に彼らに頭を下げた。
「おや、君のことだ。てっきり怒り狂って突っかかってくると思ったんだが……少しは人間的に成長したのかな? 僕と付き合ったことも無駄にはならなかったようだね」
「よかったわねセシリーさん、マイルズみたいな素敵な男性と付き合う経験ができて。あなた、男運だけはあるんじゃない? どうやらそっちの人もなかなか美形みたいだし。ま、マイルズには負けちゃうんだけどねぇ」
「そう言う君の方こそ、王都一の美人さ。君みたいな女性と結婚できるなんて僕は幸せ者だよ、イルマ」
「やだぁマイルズ、私照れちゃう……」
(団長の方が美形に決まってんでしょうが! どこに目を付けてんのよこの苺ジャム女……!)
セシリーは目の前で繰り広げられる幸せ茶番劇に胸焼けがしつつ、前髪の奥から鋭い眼光を送るリュアンに謝罪する。
「ごめんなさい、リュアン様。なんでもないですからゆっくりしていて下さい。お願いマイルズ、私に話があるなら、別にここでなくともいいでしょう? 今度いつでも好きな場所に伺うから……」
するとマイルズは、まさにセシリーの座っていたその場所を指さし、傲慢にも追い払うように手を振った。
「悪いがセシリー、僕たちはそこがいいんだ……君らの座っているその席がね。わかったら今すぐどいてくれないか? そっちの冴えない男と一緒にさ」
「そうよぉ、なんでマイルズがあなたの言うことを聞いてあげなくちゃいけないの? その男の人も連れて、さっさと出ていってよぉ」
この言い草にはさすがにセシリーも眉を吊り上げる。
「……いい加減にして。ここは公共の場よ。いかに高位貴族だとしても位を盾に自由を損害することは許されないはずよ!」
「は……うるさいんだよ。大した取柄もない女のくせに、僕に指図するんじゃない。どけ……!」
マイルズの手が、セシリーの襟元を掴もうと伸びた時だった。
「止めろ……」
いつの間にか立ち上がっていたリュアンが、その手首を寸前でつかんだ。
ぎりぎりと絞めつけるその握力に、マイルズの顔が苦痛にゆがむ。
「き、貴様……離せ! 僕がどのような身分なのか分かっているのか!」
「リ、リュアン様、駄目です! 彼はイーデル公爵家の息子で……」
しかしリュアンはその言葉に欠片も怯えを見せず言い切った。
「何を言っている。セシリー、お前の言った通りだぞ。例え公爵だろうが王族だろうが、こんな場所で女性に暴力を振るう輩が許されていい道理はない。これ以上何かするつもりなら、腕の一本や二本は覚悟することだ」
騒ぎに気付いた周りのテーブル席から、次々に女性の声が上がる。
「み、見てよ……! く、黒髪に紫の瞳……まさか、魔法騎士団の団長様じゃない!?」
「す、素敵! 見てあの小さくて綺麗なお顔、男の人だなんて思えないわ!」
自分ではなく、注目を集めるのはリュアンばかり。それに憤慨したマイルズは真っ赤な顔をして腕を振り解いた。
「ぐ、ま……魔法騎士団だか何だかしらないが、所詮国の飼い犬だろう! 僕の父上はなあ、この国の宰相様とも知り合いなんだ! 一言口利きしてもらえれば、お前など!」
親の権力を笠に着た情けない台詞を、リュアンは鼻でせせら笑う。
「やってみろ。その程度で罷免されるなら、俺も魔法騎士団もこの国を護るに値しないという、それだけの事だ。あんた、公爵家の息子だとか言ったが、貴族という地位がなぜ敬われるべきか、ちゃんと理解しているか?」
リュアンの背中が怒気を振り撒き、その迫力に庇われているセシリーまでもが息を詰めた。
「この国と民を守護し、安定した生活を保障する責任を負うからこそ、人々の上に立つ権利が生じる。それを忘れ、立場の弱いものにいうことを聞かせようというだけの脳無しが居座っていられるほど公爵という地位は甘くはないぞ。家を継ぐつもりがあるなら、周りの者の顔を見てよく考えろ」
リュアンのはっきりと通る声は説得力があり、今や周囲からマイルズとイルマに向けられる視線は彼らを非難する厳しいものと変わっていた。ところどころでひそやかに、刺々しい響きを持つ声が微かに届く。
「き、貴様……覚えていろよ! この件は絶対にただじゃ済まさない……。後で後悔しても絶対に許さないからな!」
「待ってよマイルズ! セシリーちゃん、今度もまた、ちゃあんと苛めてあげるから楽しみにしてなさいよね!」
たまらずマイルズは整った顔立ちを羞恥の色に染めて身を翻し、イルマも捨て台詞を吐いて後を追っていく。騒動を収めたリュアンはそれをさも下らなそうに眺めると、店員を呼んで数枚の金貨を押し付けた。
「店を騒がしてすまなかった……すぐに出る」
「少々お待ちくださいませ」
店員はそれを受取ろうとせず奥へ引っ込む。そして出口付近で待つふたりに小さな箱を手渡したのは、恰幅のよい店長らしき人物だ。
「せめてものお詫びの気持ちです。本日のお代は結構ですので……気を悪くせずまたお立ち寄りいただけるとなによりで御座います」
「ああ、ありがとう。いずれまた伺わせてもらおう」
リュアンの淡い微笑みに、それを後ろから見ていた婦女子たちがきゃあきゃあと喚きだす。彼はセシリーを促すと足早にその場所を離れてゆく。
「すみません……。私事に巻き込んでしまって」
「別に。ああいうやつを相手するのも仕事の内だ。ほら」
こちらに店長から受け取ったケーキ箱を押し付けると、また冷淡な対応に戻ったリュアン。でも、セシリーは嬉しかった。彼は厄介ごとに巻き込まれたのに無視せず、ちゃんと彼女の言い分を認めて守ってくれたのだ。
「……ありがとうございます」
「何度も言わせるな。仕事だし、一応仲間だからな」
仲間――その言葉に、セシリーの胸を温かいものが満たす。
「はい!」
ちょっと現金かもしれなかったが、セシリーは初めてこの時自分も団の一員なんだと自覚すると共に、彼が隣に居てくれることがとても誇らしく思えた。




