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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち

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マイルズとの再会①

 セシリーの生家が経営するクライスベル商会は、ファーリスデル国内の多くの街に支店を置く、なかなかの規模の商会だ。


 本日セシリーは、王都にあるその本部に来ていた。ここでは一階は一般顧客向けの商品販売所や倉庫、二階以降は事務的な作業を務める商会員たちの作業所となっている。


「おや、セシリー様では無いですか。そちらの方は……」


 セシリーに対応してくれたのは、本部の支配人であるルバート・リドールという初老の男だ。クライスベル商会立ち上げの頃から尽力してきた、父も全幅の信頼を置いている人物である。


 その言葉を受け、彼の視線の先に立つ本日の同行者は、顔が見られにくいよう目深にかぶった帽子を取って、頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私はファーリスデル王国魔法騎士団の団長を務めております、リュアン・ヴェルナーと申す者です」


 それはなにを隠そう、リュアン・ヴェルナーその人であった。彼を伴ってここに来ることになった始まりは……セシリーがキースに、今日の午前中、商会を訪問するので一旦外出したいと伝えたことからだ。クライスベル商会から騎士団に納品される品々は、定期的に馬車で運ばれてくるが、なにせ取り扱っている品数は膨大(ぼうだい)で紹介しきれないようなものもある。


 なので、セシリーから何か足りないものが有れば言って欲しいと申しでたところ……キースは、隣にいたリュアンに同行するように声を掛けてくれた。渋るリュアンもキースに「あなたが女性一人で気安く外出するなと言ったのでしょう?」と言われると、苦い顔して小さくわかったと呟いただけだった。


 彼はそんな不満をおくびにも見せず、外向けの紳士的な表情を取り繕ってルバートに応対する。その態度に好印象を持ったのか、ルバートも自分より大きく年下のリュアンを殊更(ことさら)丁寧に扱った。


「これはこれは、お噂はかねがね伺っておりますとも。此度(こたび)はクライスベル商会を御贔屓(ごひいき)にしていただき、従業員共々御礼申し上げます」

「いえ、金額面でも色々便宜を図っていただいたようで、こちらの経理方も喜んでおりました。末長いお付き合いをどうかよろしくお願いいたします」


 ふたりの堅い挨拶が終わり、ルバートは商人らしく、時は金なりとばかりに急ぎ彼女に告げる。


「それでセシリー様、本日はどういったご用向きで?」

「ごめんなさいね、大したことじゃないの。お父様に顎で使われたのよ。郵便で頼むより速いからって」


 セシリーがオーギュストから預かった書類を手渡すと、ルバートはやれやれと肩をそびやかす。


「オーギュスト様は相変わらずお忙しい様子で、全国を飛び回っているようですな。たまには本部にも顔を見せて、従業員たちに檄を飛ばしてもらわなければ」

「ルバートさんがいるから安心してるんでしょう。下手に自分が顔を出しても気まずいだけだって言ってたもの」

「いやはや、彼あってのクライスベル商会でございますのに……。そんなことをしているとその内乗っ取ってしまいますぞとお伝えくださいませ」

「ふふ、わかったわ」

「――セシリーっ!」


 冗談を口にするルバートと苦笑していると、セシリーより少し年下の少女が名前を呼びながらこちらへと駆けてくる。可愛らしいのに化粧っ気のない顔と縁の厚い丸眼鏡。ライムグリーンのぼさぼさ髪にベレー帽、無地シャツ、キュロットパンツといった少年のような装いの彼女は、セシリーの仲のいい友人に他ならなかった。


「ティチ! 来てたんだ!」

「セシリー! ティチね、魔導具の納品してたんだけど……セシリーの姿が遠くに見えたから」


 セシリーが愛称で呼んでやると、少女は胸に嬉しそうに飛び込んでくる。


 ――彼女はティシエル・リドール……新進気鋭の魔道具作成師だ。


 小さい頃から天才肌で、魔道具のことしか気にせず友人もいなかった孫娘を気にしたルバートの紹介で、セシリーとは数年前に出会った。難解な彼女の話になんとか着いていけたのは、クライスベル家の娘として父から様々な魔道具の知識を伝えられていたおかげだろう。以来妙に懐いてくれて、今では姉妹のように接する仲だ。


「お爺ちゃん! セシリーが来るんだったら絶対伝えてよって言ったのに!」


 祖父を強く睨むティシエルに、セシリーは慌てて訂正する。


「違うのよティチ、私の方が急ぎの用で勝手に訪ねてきたの」

「すまんすまん。ああ、リュアン殿、こちらは私の孫娘でティシエルと申します。こんな形をしておりますが、一応この商会に雇用して頂いている魔道具作成師のひとりでして」

「へえ、お若いのに立派ですね……」

「どうも……」


 両方とも人見知り気質なせいか、リュアンとティシエルは気まずそうにお互いを一瞥し、頭を下げ合う。そこでルバートが時計に目をやったので、セシリーは気を遣って彼との話に区切りを付けた。


「ありがとうルバートさん、後はちょっと急ぎで必要なものが色々あるから、販売所を回らせてもらうわね。騎士団で頼まれてるの」

「それはそれは。ではご自由にお回りくださいませ……ティシエル、くれぐれもおふたりに粗相のないようにな。では失礼」

「も~……お爺ちゃんたら」


 子供扱いされて頬を膨らますティシエルの背中を撫でながらルバートを見送ると、セシリーはリュアンが左腕に付けている腕輪に目をやる。


「でも、一応だなんて本当謙遜なんですよ。この子、こないだも王国主催の魔道具の品評会で入賞して、直接王様からお声を掛けていただいたんだから。リュアン様、あなたのその腕輪も、彼女が作ったものなんです。よかったら感想を言ってあげてください」

「む……」


 丸い目でじーっと見てくるティシエルに気圧されまいと、厳めしい顔で腕を組み、リュアンは現時点での使い心地を語ってくれた。


「まだ本格的に使用してはいないんだが付け心地はまあまあだ。感覚的なものだが、消費した魔力の回復が早いのも実感できているし、悪くない」

「……セシリーなんかこの人、偉そうで怖いよぉ」

「取って食ったりしないってば。この人なりに褒めてくれてるのよ」


 たちまち背中の後ろに隠れてしまったティシエルをあやすと、セシリーは彼女のためにさらなる評価を求める。よりよい商品にしていくためには、こういった利用者からの意見が欠かせないのだ。


「それなんですけど……実は彼女の新製品でまだ市場には流通していないものなんですよ。改善すべき点があれば、聞かせてもらえます?」

「……俺たちを実験台に使ったのか?」

「まさか。もう何百回も試験して問題ないことは確認済みです。個人的な感想も製品の品質向上の参考になりますから」

「ならいいが……そうだな。大気中の魔力を動力にして永続的に稼働してくれるのはありがたいが、正常に効力を発揮しているかどうかがやや実感しづらい。魔道具の回路も経年劣化で使用できなくなるものだろ? 知らない内に使えなくなっていると困るだろうし、長く使うなら交換や修理の目安が欲しい」

「なるほどね、安くはない品だからちゃんとした保証がないと……。むしろ、保証書に無償修理期間を明記して、長く使えることを売りにすればいいかな。どう思う? ティシエル」


 あれこれ頭を悩ますふたりに何を思ったのか、ティシエルが涙目で震えた後、セシリーの袖を引っぱって尋ねてくる。


「も、もしかして……ふたりはその、お付き合い、してるの?」


 予想外の質問にふたりは、顔を見合わせた後即座に否定する。


「まっさかぁ。この人は、え~と……そう。新しく始めた仕事でお世話になってるの。最近ちょっと色々あって、女ひとりで出歩くと危ないからって気を遣って着いてきてくれただけよ」

「……自覚はないが、こいつも御令嬢の端くれだ。面倒事にまた巻き込まれて助けに行かされても敵わないからな」 

「う、端くれってなんですか。自覚はありますぅ。この間のはたまたま悪運が重なっただけで……」

「……どうだか、この間も他の騎士に町でほっつき歩いてたと聞いたぞ」

「ぐっ、一体誰から聞いたの……。リ、リュアン様の方こそ、いっつも任務で無茶してキースさんに後始末押し付けてるんでしょ!?」

「何だと!?」


 憎まれ口だけ流暢(りゅうちょう)にやりとりするふたりの様子を怪しく思ったのか、そこでティシエルはセシリーの腕をがしっと掴んで叫んだ。 


「わ、私もお買い物に付いてくっ!」

「え? べ、別にいいけど……」


 その妙な迫力に断われず、彼女を右に、リュアンを左に連れ、妙な緊張感の下セシリーは販売所を回ることになってしまった。





 着いては来てくれたものの、相変わらずリュアンはほとんど喋らないし、ティシエルは右手にぶら下がりながら戸惑いと敵意の視線をリュアンに向けているし……なんだかよくない雰囲気のまま移動するセシリーたち。


「さっさと済ませてくれ。あの馬鹿眼鏡に何を頼まれたんだ……」

「ええと、魔石や魔力回復用のポーション、それから聖水。儀式魔法用の触媒がいくつか。さすがに魔法騎士団、って感じですよねぇ」

「魔石ならあそこにあるよ!」


 ティシエルに腕を引かれ、セシリーは木箱に山と積まれたきらきら光って綺麗な結晶たちに近づいた。お値段は拳大の物で金貨一枚、平民の労働手当一日分と同じくらいの金額で……内包された魔力を取り出せばあらゆる魔道具の動力源になる、ファーリスデル王国では近年最も重要になりつつある資源のひとつ。それが魔石だ。


 ちなみに魔石とは――魔力が物質の内部……多くは土中や鉱物の中に集まって生じる結晶のことを差す。見た目は中心が紫色に光る水晶といったところで、固形物の中に生じやすいのは形状が安定している方が、魔力が留まりやすいからだとされている。


 ティシエルはそれをひとつ手に取ると、陽に透かし呟いた。


「一番よく取れるのはお隣の国との境目のリズバーン砂丘付近って話だけど、あんなとこ魔物が大量発生してて危ないから誰も近づけないよね。どうしてか、あのあたりだけ魔力の濃度が異常に高いのに……反対に国の端っこになると、魔力も薄いし魔石もほとんど見つからないの」

「魔石の分布状況と同じように、ファーリスデルでは東端、ガレイタムでは西端の土地に行くにつれ、魔法使いが生まれにくい傾向にあるらしいな。やはり魔力の濃度が我々の身体にも影響を及ぼしているのか……」

「魔力とか、魔石とかって……一体何なんでしょう。国も魔石をガレイタム以外の国外に持ち出すのを禁じてますし。どうしてか知ってたりしませんか? リュアン様」

「……いや」


 魔法関連のこととなると興味が湧くのか、会話に加わったリュアンに話を振るが、彼は間をおいてまた押し黙る。ティシエルは魔石を元の山に戻すと、きゅっと握った両手を前にこう力説した。


「これまで見つかった最大のものから計算されたんだけど、魔石が現れたのは推定四百五十年程前からって言われてるの。その年代の物は結構見つかるのに、それ以上大きいのはどうしても出てこない。まるで突然何者かが、その時代の大地に埋め込んだみたいに……。魔導具も同じ年代に最古のものがよく作られてるのに、公には特別な異変が起こった記録なんて一切無いんだ。すごい秘密が眠ってそうで、わくわくしない!?」

「……ま、まあね」

 

 残念ながら、セシリーにはちょっと共感できない世界だ。きっとこういった尽きない知的好奇心こそがティシエルを若くして天才魔道具作成師たらしめているのだろう。興味を持ったことを一生懸命突き詰めようと頑張る彼女が、セシリーは昔から少し羨ましくて、とっても好きだ。


 店員に重さを量ってもらい、手さげ袋一杯に買い取ったずっしりと重い魔石は、リュアンが無言で手を伸ばし受け取ってくれ、セシリーは礼を言う。


「ありがとうございます、一緒に来てくれて助かりましたよ。さすがにこれだけあると、持って帰る内に腕が吊っちゃいますもん」

「ティチも持つよ!」

「あなたは他に仕事があるんだから、こんなことで腕を疲れさせちゃ駄目でしょ! 彼はとってもすごい魔法騎士様で力持ちだからこのくらいへっちゃらなの! ですよね、リュアン様?」

「…………」

(う~ん……機嫌が悪いのは仕方ないか)


 ちょっとばかし持ち上げてみたのに、先日笑いものにした件の恨みは根深いのか、相変わらずリュアンの反応は無い。セシリーはなるべく気にせずに、あちこちに忙しなく興味を移すティシエルの手綱を握りつつ、販売員の人々から品物を買い上げていった。


 クライスベル商会の販売所は、安心安全適正価格を売りにしており、町の素性の分からない店とは違って交渉無しで仕入れられるのは嬉しいところだ。


 最後に買った魔力ポーションを大ぶりのバスケットに収納しながら、ふとした疑問をセシリーは口に出す。


「私、魔力ポーションって飲んだこと無いんですけど、どんな味なんでしょうか?」

「……ややえぐみを感じる苦甘さだ。好んで飲むものではないな」

「ティチだったらお仕事のためでも飲みたくない。納期が迫ったら飲まなきゃなんだけど、ご飯食べたくなくなるよ」

「……そこまでの味なんだ」


 リュアンが揺らす細長いガラス瓶に入った薄紫の液体を見て、ティシエルはぎゅっと眉を寄せ口を塞いだ。試供品の赤い色をした普通のポーションならセシリーも飲んだことがあるが、あっちは苺味をベースにはちみつなどがブレンドされ、甘くて美味しいのに……。苦いのは使われた薬剤の違いか、はたまた魔法使いに恨みでもあったりして。


 魔力を使用する多くの人たちのためにも品質改善を提起せねば――などと考えたセシリーが販売所を一回りし終えた頃、リュアンが少しだけ足を止める。理由は視線の先を追えばすぐにわかった。お目当てはきっとガラスケースに入れられたアクセサリーたちだ。


 しかし、セシリーたちが隣にいるのを思い出すと、照れたように顔を背ける。


(見たいんだ……)


 仕事中に自分の関心事に気を移すのが許せない――そんな融通の利かない生真面目さが垣間見えて、微笑ましさについセシリーは販売所へと走り寄った。

 

「あっ、可愛い! ちょっとだけ見ていいですか?」

「……好きにしろ」


 リュアンが目線で許可をくれたので、セシリーは顔をケースに近づけた。

 金銀、白金等様々な貴金属に加え、鮮やかな光を放つ宝石たちは、眺めているだけでも楽しい。隣で食い入るようにケース見つめるリュアンの瞳と、銀の指輪に収まった一粒のアメジストをこっそりと見比べてみる。


(本当に同じ色……。どっちも綺麗だな)

「お姉さん、ちょっと付けてみないかい?」


 販売員の婦人が近寄ってきてケースから商品を取り出してくれようとするが、セシリーはそこまでするつもりはないので、すぐに断る。


「ううん、やめときます。あんまりお金も持ってきてないし」

「あれま。そっちの格好いいお兄さんは甲斐性みせてくれないのかね」

「そういうのじゃないんですよ、彼とは。ね、リュアン様」

「え? ああ、そうだな……」


 あまり長時間いても冷やかしになってしまう。気のない返事をするリュアンの袖をセシリーはそろっと引き……こちらはこちらで何かひらめいたのか熱心にメモを取っているティシエルが戻るのを待つ間、少しだけ言葉を交わす。


「いいものありました?」

「やはり、職人の細工は素晴らしいな、滑らかで気品があって。使っている金の質もよさそうだったし、今はもったいなくて無理だが、いつか俺もああいうのを――」


 決意に燃えるリュアンはそこまで言った後、にっこりと笑うセシリーと目が合って、帽子で顔を隠す。


「……なんでもない」

(そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……)


 セシリーが彼を安心させようと、趣味のことを口外するつもりは無いと伝えようとした時だった。後ろから震えたような声が上がる。


「や……やっぱり」


 いつの間にか戻って来ていたティシエルが、セシリーを庇うように前に回り込むと、リュアンに指を付きつけ言い放つ。


「あ、あなた興味ないふりして……どうせセシリーの反応を探りに来たんでしょ! 駄目ですよ、セシリーはそう簡単には渡しませんから!」

「は? いや、俺は……」


 何がそうさせたのかは知らないが、どうもティシエルはリュアンがセシリーと仲を深めたくてわざわざ着いてきたのだと認識してしまったらしい。


「こらこらティシエル、そんなわけないでしょ。彼はただお手伝いに来てくれただけなのに」

「信じられないよ! 男の人の心にはケダモノが住んでるってお爺ちゃん言ったもん! セシリーみたいないい子、あっという間に騙されちゃうんだから!」

「はぁ……ティチ。ちょっとこっちに来なさい」


 セシリーは過剰反応を見せるティシエルを連れて一旦その場を離れ、今後リュアンに会っても絶対に失礼な態度は取らないようなんとか言い含める。彼女をルバートのところへ戻らせてやれやれといった感じで振り返ると……後ろに立つ騎士団長様は冷たい視線でこちらを射抜いてきた。


「ずいぶんいい友達を持ってるじゃないか」

「すみませんでした。悪気はないんですあの子、私のことを友人として大事にしてくれてて」

「……ふん。まあいい、面だけ見て騒がれるよりはいくらかましだし、お前に警戒心が足りてないのもよく分かる話だからな。買い物が終わったんなら戻るぞ」


 寛大だが、一言多いリュアンにひたすら謝罪しながら販売所を出たセシリーは、お詫びの気持ちも兼ねて彼を喫茶店に誘う。


 王都の中央通りに構えられた、貴族も訪れる割と有名なお店に入ると、リュアンのことを気遣って店員に頼み、奥の方の目立たない席へ座らせてもらった。


「仕事の途中だろうに……」

「休憩くらい、いいじゃないですか。ささ、なんでも頼んで下さいよ。今日のお礼なので、私に奢らせてくださいね」

「いや、俺が……」

「私が出します」


 有無を言わさぬセシリーにリュアンはなにか言いたそうにしたが、軽く首を振ると諦め、店員お勧めのケーキセットを注文する。セシリーも同じ物にした。


 しばし待つと出てきたのは、オレンジ、苺、チョコレートの三種の味が楽しめる、一口サイズの小さなプチケーキたち。それらをリュアンは半分に切り分け、ゆっくりと味わう。


(甘いものの苦手も特になさそう、っと……)


 これでまた、リュアンの新たな一面を知れた。なんやかんや差し入れでもすれば、ちょっとは印象も好転するだろう。父の頼み事から始まり、ティシエルに振り回されて結構気疲れしたが、全体的に悪くはない一日だったように思う。


 しばしの間、ゆったりとした時間が流れ……ふたりの間の緊張も緩んだ。

 コーヒーにミルクを入れてくるくるとかき混ぜながら、セシリーはぼんやりとリュアンの細面を見つめてしまう。


(真面目で、意地っ張りで、恥ずかしがり屋で……内面は私たちとそう変わらないのに――この人は本当に、なんて美しいんだろう)


 まるで一服の絵画のに描かれたように、リュアンはセシリーの視界の中に収まっている。しっとりと輝く黒髪、白磁のようにきめ細やかな白い肌。すっと高い鼻梁(びりょう)の下には桜色をした薄い唇が品よく伸びていて、まるで自分たちとは別の存在のようだ。


 もはや羨ましさすら感じる必要も無い、この世に存在することを感謝したくなる美貌を前にして、セシリーはしばし意識を手放していた。


「――おやぁ……? セシリーじゃないか」


 しかし、そんな夢のような一時の幕を下ろしたのは非情にも、今もっとも会いたくない人物たちとの遭遇で……セシリーは椅子を激しくがたつかせる。

 

 後ろから彼女たちを覗き込んできたのは、派手に着飾った金髪の青年と、赤い髪の美少女。


「こんな所でまた会うとはね。元気そうでなによりだよ、セシリー」

「あらあら、もう男連れでお茶だなんて……失恋の寂しさが耐えられなかったのかしら? かわいそ~」


 マイルズとイルマ。 

 忘れようもないふたりの嫌みな声が、容赦なくセシリーの胸を刺し貫いた。

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