密かな団長の趣味(リュアン視点)
カタン、という音が扉の外から聞こえて、俺――リュアン・ヴェルナーは机の上に向けていた顔をゆっくりと上げた。
ここは魔法騎士団本部内にある俺の私室だ。といっても室内にあるのは簡素なベッドと引き出し付きの机、後は本棚くらいのもので、余分なものはほとんど置いていない。ほとんどと言ったのは、今机の上に広がる道具たちが本来騎士の仕事に必要とされないものだからだ。
机の上には柔らかい生地の濃いブルーの布が掛けられ、上にはところ狭しと小石ほどの大きさの金属部品、ルーペ、やすり、万力のような固定具、磨き油、細かく書き込まれたデザインなどが拡がっている。端の方にはココット皿に入れられた装飾用のラインストーンがまとめてあった。
俺は肩を鳴らして椅子から立ち上がると、嵌めていた作業用の皮手袋もそのままに扉に近づき、小さく扉を開けて誰何した。
「……誰だ?」
「ひえっ! ど、どうしているんですか?」
素っ頓狂な声を上げて軽く仰け反ったのは、この間からなぜかここで働くことになった、セシリー・クライスベルとかいう伯爵家の娘だ。
団長である俺が強く反対したのに……キースやロージー、他の騎士たちの強い推薦もあって、雇ってしばらく様子を見るという結論に落ち着いてしまった。想定外なことに、今は問題なく仕事をこなしている。キースも言ったように、本来肉体労働など令嬢のする仕事ではないし、そうでなくても地味な仕事の多さにすぐ音を上げる者も少なくないというのに……。
日々ここに馴染んできている不思議な令嬢に胡乱な視線を向け、俺は用向きを尋ねた。
「今日は非番だ……。だから少しだけ息抜きを、と思っただけだが。お前こそ何してる?」
「せ、洗濯物を届けに来たんです! これ!」
セシリーが俺に渡してきたのは一抱えほどある青色の布袋だ。縛り紐に輝く銀色のタグには、たしかに俺の部屋の番号が刻まれている。
騎士団本部では、毎日出入りの業者がそれぞれの袋に入れられた洗濯物を受け取り、洗い終えたものと取り換えに来る。魔法で洗浄されピカピカになって帰ってくるのだから、ありがたい話だ。これも国お抱えの騎士団ならではだろう。
それでも日によっては数十個から百個にも上る洗濯物の袋を仕分けし、指定した番号の部屋へ持っていくのは結構な作業量だろう。しかし不満そうな素振りもせず、笑顔で渡してくれたのには少し見直した。
「ああ、助かる」
「あ、あの……なにか作ってます?」
俺が扉を半開きにしていたから中の様子が見えたのだろう、彼女はそんなことを尋ねてきた。あまり私的なことを探られるのは好きではないから、洗濯物の袋をつかむと、なんとなく言葉を濁す。
「別にいいだろ。音とかは魔法で響かないようにしてるから、迷惑にもならないはずだ」
「いえ……私商家の娘だから、色々なものに興味があって。どんなものを作ってるのかなと思っただけで……よかったら見せてくれません?」
すると彼女は逆に興味を持った様子で、俺は答えを間違えたと悟る。今やセシリーの瞳は好奇心で満ち溢れている。ここで追い返しても、後々絶対詮索されるだろうと面倒に思い、俺は彼女を部屋に招く。
「入れ」
「お、お邪魔しま~す……」
清掃やベッドのシーツ替えなどで何度も入ったことがあるだろうに、彼女はおずおずと室内に足を踏み入れる。だが、彼女の注意はあっという間に机の上の道具たちに集中した。
「わぁぁ、すご~い! これって彫金用の道具ですよね? アクセサリーとかご自分で作られるんですか?」
「まあな。わかるのか?」
「実家では色々な商品を取り扱うので、私も幼い頃から父に少しずつ覚え込まされましたから。大体のものは見ればわかりますよ」
「へえ……」
どうやら単なる箱入り娘ではないようだった。騎士である俺が柄でもない事をしていると偏見を持ったりもしないし、そういうところは素直に好感が持てる。
「さすがに金属の鋳造なんかはここではできないからな。部品は指定して、町の鍛冶屋に頼んでる」
「てっきり、団長って無趣味な人だと思ってました。あっ……え~と、い、忙しいって意味で、他意はなくて――」
ただ素直なせいで、悪気はなくても口は滑ってしまうらしい。お堅くて無愛想でつまらない、などと言われた気がして内心不満を抱きつつ、俺は装飾品を最初に手掛けた事情を話してやった。
「ちょっと、昔世話になった人に教えられてな。魔法を扱うものとして魔道具なんかを修理するときにも応用がきくし、自然と嗜むようになったんだ……」
俺は窓の外に視線を逃がし、目を細める。
あまり昔のことは思い返したくもないから舌打ちして首を振ると……これ以上踏み込まれないために話題を切り変えるべく、机の引き出しから箱を取り出した。
「商家の娘なんだろう? お前の目から見てどうだ、これは売り物になると思うか?」
丁寧に磨かれたいくつかの装飾品を中から取り出し、セシリーの目の前に並べてやる。俺としては軽い気持ちで聞いたのだが、彼女は予想以上に真剣に思案し始めた。
「ルーペ、お借り出来ますか?」
俺は黙って、セシリーの手のひらに愛用の銀で縁取ったコイン型ルーペを乗せた。するとなるほど、ハンカチを手袋がわりに作品を子細に眺める彼女は、ちょっとした仕事人の趣がある。
……やがてルーペが置かれ、俺に掛けられたのはまっすぐで厳しい言葉だった。
「あくまで個人的な意見ですが、私であれば仕入れません。デザインもありふれていて、惹きつける魅力がない。この角とか、台座の周りとか、ところどころ処理が甘い部分、歪みなんかもありますし、素人の品と判断されても仕方ないかと」
「そうか……。わかった」
「すみません、偉そうに。でも……熱意をやって取り組んでるのがわかったから」
セシリーも長年その道で生きる父を支えてきたという自負があるのだろう。正直悔しい思いもあるが、感謝の気持ちの方が大きく、俺は彼女の忌憚のない意見を率直に受け入れることができた。
「でも、これなんかは私、好きですよ。未完成みたいですけど」
次いでセシリーが摘まんだやや大きめの楕円形のブローチに、俺は少しどきりとした。縁周りに描かれた文様はこの国ではあまり使われていないデザインだが、中央はくり抜かれたようにぽっかりと寂しく無地の金属を晒している。
「それは少し、うまくいかなくてな。……でもまあ、はっきり言ってくれたのは助かった。さあ、何をしてたかはもう分かったろ。仕事の途中なら、そろそろ行ってくれ」
「え~っ? 作業風景とか見せてくれないんですか?」
「誰が見せるか……! もう来るなよ、じゃあな。あと、どうもありがとう」
これ以上こいつの相手をして変に懐かれても困るので、俺は渋るセシリーの背中を押して外に追いやり、形だけの礼を最後に扉をバタンと閉めた。去っていく足音に胸を撫でおろしたところで俺は、少しばかり動揺していた自分に気づく。彼女の違った一面にも驚いたが、それが理由ではない。
いくつかの作品から彼女が好きだと言って選んだもの――あのブローチは俺がかつてある人に渡すために、一番心を込めて作っていたものだったから。
「……そういうこともあるだろ」
たまたま好みが一致しただけだ……忘れようと、俺は机の前に座って作業を再開する。しかし、セシリーの笑顔がちらつく度、どうも昔のことが思い出されて手が進まない。観念した俺は背もたれに体を深く落とし込むと、しばらく目を閉じた。




