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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち

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騎士たちのお世話係

 さすがに調子に乗りすぎたかと……あの後激怒して口を利かないリュアンの前で、大いに後悔することになったセシリー。


 幸い代わりに快く対応してくれたキースが、商会からいくつかの物品の定期購入を約束することでうまくその場をまとめてくれて、セシリーの中で大いに彼の株が上がることになった。冗談に乗っかってくれたことといい、キースは色んな意味でいい性格をしていそうな人物である。


 一旦話をオーギュストの元へ持ち帰ると、セシリーは数度の交渉を経て無事彼らと長期の契約を結ぶことに成功する。それだけではなく、嘘から出た真というべきか、会う度に忙しいロージーをを見かね手伝っていたのを認められ、セシリーは正式に魔法騎士団の世話係として、しばらくの間雑用などを務めることとなった。リュアンは反対したらしいが、ロージーの熱烈な要求や、ラケルを始めとする多くの騎士を味方に付けたキースを前に、団長の一存という言葉では押し通せなかったようだ。



 そしてそれから三日経ち、ここは魔法騎士団本部食堂。

 配膳のトレイを差し出すセシリーの目の前には、リュアンのむすっとした顔があった。


「どうぞ。その、この間はごめんなさい」

「…………ふん」

(やりすぎたかな……)


 あれからセシリーはリュアンとろくに会話もできずにいて、ふたりの間にはいつも非常にピリピリした空気が流れている。せっかくロージーの許可が出たため、本日からここでちゃんとした昼食が出せるようになったのだし、もう少し嬉しそうな顔をして欲しいものなのに。


 ――前任者が辞めて以来、ロージーが他の仕事で時間が取れなかったのと、料理があまり得意ではないという理由で、団員はすべて外に食べに行くか非常用の保存食を(かじ)ってもらうしかなかった。


 あまりにも味気ない食事は、日々体力を使う魔法騎士団員から改善要求の嘆願書(たんがんしょ)が挙がるほどだったので、これではよくないとセシリーの加入を機に、まずはきちんとした食事を提供することが決定されたようだ。今日はお試しということであまり多くの人数は集まっていないが、上手く軌道に乗れば利用しようという団員はどんどん増えるだろう――。


 そして団長であるリュアンも自ら率先して食堂を訪れ、様子を確かめに来たというわけだった。彼はセシリーが配膳したトレイをつかむと無表情のまま歩いてゆく。


(そんな嫌そうにするくらいなら、外に食べに行けばいいのに……)


 半眼で見送るセシリーを、すぐ後ろに並んでいたキースがやんわりとフォローしてくれる。


「すみませんねぇ。彼、かなりの意地っ張りでして。内心では許してはいても、どう接していいのかわからないのです。ちゃんとお詫びも受け取りましたし、気にすることはありませんよ……やあ、美味しそうだ」

「キースさん……」

「文句を言いながらも、ちゃんと付けてはいるみたいですから御心配なく。もちろん、私もラケルも使わせていただいてますよ」


 彼は同じようにトレイを受け取ると、服の袖を(まく)る。そこにはサファイアがあしらわれた細い銀の腕輪が()められている。それは交渉の前にセシリーが渡した例のお土産だ。せっかくエイラに相談してまで用意していたというのに、彼らがクライスベル邸を訪れた時は場が慌ただしくなってしまって、先延ばしになってしまっていた。


 同型のアメジストが付いたものをリュアンに、ルビーが付いたものをラケルに渡すよう、キースにはお願いしていた。実はこれ、ちょっとした魔法効果付きの魔導具――魔力を込めることで特別な効果を発揮する道具――なのだが、彼らのような魔法騎士ならば十分に使いこなせるはずだ。


「今日はセシリーが作ってくれたんだよね! すごいや、レストランみたいな食事!」


 そこでキースの後ろから突き出されたのは元気な赤毛頭だ。


「あっ、ラケルもお疲れ様! はい、どうぞ!」

「ありがとう! わぁぁ、美味しそう!」


 ラケルの赤目はきらきらと輝いて、今日のメインメニュー・目玉焼き付きハンバーグに釘付けになる。とろっとしたデミグラスソースの香りが食欲を誘うのか、彼はよだれを垂らさんばかりの表情で瞳を閉じて言う。


「最近ロージーさん忙しくて、ろくなもの出してくれなかったからなぁ。僕たち、体が資本だっていうのに……はぁ」


 思い出したのか目を開くとあからさまにしょんぼりして見せるラケルに、セシリーは少し同情する。騎士団の仕事はそれはそれは忙しく、本部に報告に戻ってまたすぐ任務に向かうこともざらにあるようだ。そんな時に買い置きのパンや非常糧食などを出されても力が出ないだろう。


「ふふふ、私がいる間はそんなことが無いよう頑張るから! 美味しいご飯を食べないと、いい仕事もできないもんね!」

「だよね! やった、これで明日から毎日の楽しみが増えるよ。それにこの腕輪もありがとう、助かってる! 付けてると魔力の消耗が少なくて済むから、すごく楽なんだ。いつもより体力が余っちゃうくらいで、これで午後からも元気に頑張れるよ!」

「まだまだ伸び盛りの君には期待していますよ。ではセシリー嬢、また」


 気持ちのいい笑顔と共に、トレイを抱えリュアンの元に駆けていったラケルをキースが追い、列から離れてゆく。


(あれだけ喜んでくれるとやりがいがあるよね……。さて、団長の反応はどうかな?)


 実は今回の食事を作るに当たり、セシリーは無策では挑んでいない。料理の腕前にさほど自信はないが、家から持ち寄ったクライスベル商会謹製の調味料を何種類も使い、自分でも満足のいく味に仕上げたつもりだ。


 後ろに並ぶ騎士たちに笑顔で食事を渡しながら、セシリーはリュアンの方をちらちら遠目にうかがう。彼がフォークとナイフでハンバーグを切り分け、いざ一口目を口に運んだ。


「む…………!!」

(おっ、食べてる食べてる!)


 彼がわずかに目を見開くのが見えた。中々の食べっぷりで、近くに座ったキースやラケルも安心したような笑みを浮かべて食事に手を付け始める。


(ふふふ、よしよし……我がクライスベル商会の力を見たか!)


 今のセシリーにとってかろうじて自慢できるものがあるとすれば、実家の商売で扱うこういった道具たちの知識くらいのもの。リュアンとはいがみ合う仲であっても、誰かが自分の作ったもので喜んでくれるのは素直に嬉しい。


(上手く行ったみたいだし、この調子で午後も魔法騎士たちのお世話を頑張りますか!)

「セシリー、後ろつかえてるよ! どんどん渡していって!」

「はぁい、ロージーさん!」


 手伝ってくれているロージーの声に背中を叩かれ、セシリーはあわてて仕事に向き直る。団員たちはまだまだ立ち並び、しばらくは休む暇もなさそうだ。しかしやる気は十分。元気になった彼女は器にリズムよく食事を盛りつけていった。

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