〈プロローグ〉
目を開けてすぐ、私は落胆した……。ずいぶん前に目を閉じた時と周囲の光景が少しも変わっていなかったから。
ただ真っ白な、私以外には何も存在しない空間。ここは、私の元いた世界ではない。聖女の力を限界まで使ったために、私は体ごと光となって自分以外の誰とも触れ合えない、こんな空間に飛ばされてしまった。
それ以来私はずっとあの数か月を思い出しながら祈り続けている。元の世界に戻る方法はこれしかないのだ。
だから私は何年でも何十年でも繰り返すだろう。生真面目ではにかみ屋で、綺麗な紫紺の瞳をよくうつむかせていた黒髪の魔法騎士団長――リュアン・ヴェルナーの言葉を標として、思い出を振り返る旅を。
『大丈夫だ……落ち着いて。ゆっくり呼吸をして、いつも過ごす場所を、帰りたい場所を思い浮かべるんだ。大丈夫、俺がそばにいる』
最初はひどい出会い方をしたけど、それでもあの人は何度も助けてくれた。
『いつも通りでいいさ。俺はもう、ファーリスデルの人間として生きることを決めたから』
長い間背負ってきた苦しみと向き合ってでも、隣の国まで駆けつけてくれた。
『……先に誓っておくよ、セシリー。だから、戻って来てくれ……ずっと待ってるから。いつになっても、どんな姿でも、お前だけを……』
こんな私を心から信じ、約束してくれた。だから私も、このかすかな繋がりを手繰り寄せるように祈り続ける。いつか、再び彼の元へ戻れるように。
今も心の中にいくつもある、彼の鮮明な表情を強く思い浮かべた時、ここに来て初めて変化が訪れた。かたわらにふたつの小さな光が現れ、寄り添うようにクルクル回り始めたのだ。
言葉を交わせなくてもわかる。それは私が元いた世界で一緒に過ごした仲間たちだ。きっと彼らも大事な人を思い浮かべ、戻りたいと願ったのだろう。同じ目的地に向けて伸びていた繋がりが撚り合う糸のように重なり、ひとつとなって彼らと引き合わせてくれた。
今ならより強く確信できる。きっとこのまま進めば、皆の待つ世界があると。
(行こう……!)
そして私たちはもう何度目かもわからなくなった、記憶を巡る旅に自らを投じた――。