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精霊島の花嫁  作者: 茶野
白き杖を受け継ぐ者
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第一章 リーザインの七不思議 Ⅰ

 はじめ、という試験官の合図で受験者たちはいっせいに問題用紙をめくり、ペンをとる。解答用紙に答えを書きこんでいくさまを、カリンは部屋のすみから見ていた。ぱっと見まわしたところ、受験者は十代前半とおぼしき少年少女が多い。中には十にも満たない幼い者や、四十代五十代に見える者も交じっている。

 リーザイン魔法学園のとある一室、行われているのは初級魔法使いの昇級試験だ。

 魔法を使うには、相応の資格がいる。ここにいる受験者たちはみな、魔法使いの弟子たちだろう。魔法組合に登録されれば杖を与えられるが、それだけではたいした魔法は使えない。初級の資格を得てはじめて、魔法らしい魔法が扱えるようになるのだ。資格を持たない者は、魔法使いではなく見習いと呼ぶのがふさわしいだろう。弟子入りしたら、魔法使いになるべく、まずは初級の資格習得をめざすのだ。

 カリン自身もこの試験は受けている。カリンが卒業したここ、リーザイン魔法学園では入学試験にこの筆記試験が課されるのだが、内容はいたって簡単、魔法の基本的な作法や決まりを解答すればすむものだ。今行われている筆記試験で苦労する受験生はめったにいないはずだ。

 この部屋の受験生のうち、中級魔法使いに昇級できる者は何人いるだろうか。カリンは受験生を眺める。八割は五年以内にみずから杖を折るだろう、とカリンは思った。入学試験で魔法の素質を厳しく見定めるはずのリーザインでも挫折者があとを絶たなかった。カリンと同じ年に入学して、カリンと同じ年――五年で卒業できた者はいない。今年の卒業試験――中級試験と同じものだ――に合格する生徒もいるだろうが、やはり八割近くは退学してしまったか、十年の在学期限を迎えてやめてしまうだろう。それほどまでに中級の壁は高い。

 《星の大祭》以来、十二賢人アジェス・リドルが仕事のこないディーレン支部を気にかけて、なにかと依頼を回してくれるようになった。しかし、今回は「仕事」ではなく、「お手伝い」である。アジェスの「個人的なお願い」で、ひとりカリンは母校に来て試験官の補佐を頼まれた。タダ働きもいいところだが、アジェスの頼みとあっては断るわけにもいかない。

 それに、卒業以来、久しぶりに母校をおとずれるきっかけができた。

「カリン先輩!」

 筆記試験が終わってすぐ、カリンが休憩しているところによく見知った顔があらわれた。トレードマークの金髪おさげを揺らして突進してくるさまはあいかわらずである。

「リリー・エル」

「お久しぶりです、先輩!」

 後輩にして、元ルームメイトのリリー・エル・アスティはカリンの前に立つと、きりりと敬礼した。レゼッタ王国の軍人の娘であるせいか、敬礼は彼女の癖である。

 空色の瞳をきらきら輝かせて、リリー・エルはカリンの顔をのぞきこんだ。

「先輩が髪切っちゃったって聞いたときはショックでしたけど、似合ってるじゃないですか」

「ありがと。これでも、ちょっとはのびたのよ」

 髪を切られる原因となった騒動については詳しく教えていない。アレイシスの月には肩につくかつかないかほどの長さだった髪も、数か月たった今では背中にかかるほどになった。

「わたしも切ろうかなあ」

 リリー・エルのおさげは、もともとカリンが好んでよくしていた髪型だ。彼女はなにごとも「おそろい」にするのを好む。しかし女性が髪を短くするのは忌避されることが多い。

「ご両親が悲しむからやめときなさい。ね?」

「はあい」

 リリー・エルはうなずいた。

「あと二年、あと二年ですよ先輩! わたしが卒業したら、一緒にはたらきましょうね!」

 リーザインは五年制の学校だ。一学年を一年で修了するのは難しく、普通は五年以上かかるが、リリー・エルは今のところ順調に進級できている。彼女の実力なら、卒業試験も難なく突破できるだろう。先輩のシャーロット・ヴァートンやカリンのように、五年生まで順当に進級できないようでは卒業試験に合格することは厳しい。魔法使いに弟子入りするにせよ、民間の魔法学校に通うにせよ、五年で大成できなければ魔法使いの道は向いていないということだ。リリー・エルは「向いている」生徒だろう。

「ところで最近、手紙から相棒さんの悪口が減ったような気がするんですけど」

 リリー・エルとは毎日手紙を交換しあう仲だ。

「そうかしら。この間もマイは火薬の実験に失敗して建物を破壊したり、とんでもないわよ」

 しかし言われてみれば。ディーレン支部に異動が決まったころはたしかに、マイの愚痴ばかり書いていたような気がする。

「会ってこの目でたしかめてみたいです。極悪非道っぷりをこの目で――」

「そ、そこまで書いた覚えはないんだけど」

「イメージですイメージ。すっごく悪そうな顔つきをしているんでしょうねえ」

 少しマイがかわいそうに思えてくる。

「彼も師匠に呼ばれたとかでリーザインにくるらしいわよ。そのときに会ってみればいいんじゃないかしら」

 カリンはリーザインの三年生だったとき、入学してきたばかりのリリー・エルに決闘を申し込まれたことがある。

 ――あなたが噂のカリン・アルバート先輩ですね? わたしとお手合わせ願います!

 噂と聞いて、出身のことやおかしなものが見えることについて言われたのかと嫌な想像しかしなかったが、のちに聞いてみれば彼女はカリンが学年主席であるから勝負を挑んだのだという。二年生の主席に勝ったという彼女は自信満々だったが、カリンも入学して三年目である。ひねりつぶしてみせた。以来、舎弟のようにリリー・エルはつきまとってくるようになったのだ。ちょうどルームメイトのシャロンが卒業していなくなった年だったのをいいことに、勝手にカリンの部屋に住みつき、授業以外は常に後ろをくっついてくる。少々うんざりしたカリンだが、悪い気はしなかった。そのころには出身のことでいやがらせをしてくる生徒は大きな口を叩けなくなっていたものの、カリンには友達として接してくれる人間はいなかったのだ。ひとりよりリリー・エルがいたほうがいいに決まっている。他の生徒に敵意むき出しのリリー・エルも学園では浮いていて、嫌われ者同士気が合った。

 筆記試験と実技試験の間には長めの休憩時間がある。リリー・エルに誘われ、カリンは食堂におもむくことにした。

 その途中の廊下で、なじみの顔と出くわした。

「奇遇ですね、こんなところで会うなんて」

 カリンが言い終わらないうちに、リリー・エルが杖を召喚する。

「先輩! この人が憎きマイ・オリオンですね!」

 後輩の予想外の行動に、カリンは反応が遅れた。

 リリー・エルの杖の石が青く光る――。

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