第三章 運命の日 Ⅰ
どうしてカリンは、あんなにかたくななんだろうか。最後まで言わせてくれやしない。
泣いたっていい。おれが守ってやるから。そのために、おれは魔法使いになったんだ。そう続けたかったのに。
「おとなしく守られてろよ……」
マイは舌打ちする。いらだちはおさまらず、つい、地面に落ちていた石にやつあたりしてしまう。どうして、いつも、うまく伝えられないんだろう。
ふっと視界の端に黒いものが見えた気がした。空を見上げると、大きな翼を広げた魔物が何匹も飛び交っている。今は魔物の討伐ができる魔法使いたちも王都にいる。見ぬふりをしても許される状況だった。それなのに、カリンの泣きそうな顔が脳裏をよぎる。
マイは急いで、今来た道を戻った。
「カリン!」
カリンを魔物に近づけてはならない。守らなければ、とマイは思う。
――あんたなんか、だいっきらい!
非力なくせに、努力しさえすれば自分ひとりですべての問題が解決すると思っていて、人の忠言も聞き入れようとしない。迷子のくせに、“卑しい身分”のくせに、“貴い身分”の公子である自分に歯向かってくる。あの日、この都で出会った少女に、終始いらついていたはずだった。
あの、星の光さえなければ。
魔法の星のあかりに照らされた少女の顔を忘れられない。唇をかみしめて、涙をやっとのことでこらえているのを見たとき、ふっとその感情は彼の胸に降りてきたのだ。
ひとりで何もかもをこなせる人間などいない。少なくとも、一族のしがらみから抜け出ることのできない自分は多くのことに壁を感じるばかりだ。それでも、行動せずにはいられなかったのだ。昔も、今も。
失うのが怖いのでしょう。かつて、兄はそう言った。想いを打ち明けて失ってしまうよりも、友人としてそばにいるほうがましだから、現状維持につとめるのだと。そのとおりだ、とマイは思う。想いを告げるにはまだ早急すぎる。カリンに好かれているという自覚もなければ、失う覚悟もできていない。
やるせない思いが胸の中をうずまく。ただひたすらにマイは走った。
善いものだけを持つようにつくられた精霊の残りかすである魔物の姿は、たしかに醜悪で見ていて快いものではない。しかしカリンの恐れ方は異常だ。幼いころに魔物に襲われたことがあるとは聞いているが、そのせいなのだろうか。長い間、魔物や精霊の存在を周囲から否定され続けてきたことも一因になるだろうか。
金髪に黒いローブの小柄な少女――カリンの姿が見えた。駆け寄ろうとしてマイは踏みとどまる。カリンの肩を抱くようにして隣に立つ精霊王。カリンは杖をかまえて、魔物に対峙しようとしている。いつもなら間に割って入るが、なぜだかこれ以上前に進めなかった。燃えたぎっていた、カリンを守るという信念が頭をもたげるようにしぼんでいく。今出て行ったところで、リーシェンにはかなわないと直感してしまった。
自分とリーシェンとでは、カリンの態度が明らかに違うのだ。もしマイがカリンを抱き寄せようものなら、すぐさま拒絶されるだろう。しょせん、同僚――せいぜい友人としか思われていない。カリンの感情が理解できるリーシェンのほうが一枚上手だ。それに比べて自分はどうだ。つい本音が口に出て、カリンを怒らせてしまうばかりではないか。このままでは、本当にリーシェンにカリンをとられてしまう――。
「どうした、マイ。いつもの猪突猛進はどこに行った」
低い声が後方から聞こえた。
「支部を留守にしていていいんですか。ひとりで祭りになんか来て楽しいんですか、シセルさま」
「まあな」
群衆の中にいても、背の高い彼は頭一つ飛び出ている。珍しくコートを着込み、足元も普段のサンダルや長靴ではなくきちんとしたブーツである。よそいきの恰好だと一目で見て取れる。任務でここに来たわけではないようだ。
「全然楽しそうには見えないんですけどね」
「目つきが悪いのはしかたない。と言いたいところだが、実際楽しくないからな」
シセルは空を仰ぐ。
「なんでこんなところにわいて出たかは知らないが、このまま放っておくわけにもいかん。まったく、最近は魔物が荒れて困る」
よかった、と内心マイは思った。
シセルが杖をかかげる。長い杖の先端の赤い石が光る。
よかった、カリン、きみは戦わなくていい――。