第二章 死神の世界 Ⅴ
たいした活躍もできないまま、カリンとマイは十二賢人たちと別れた。星は元通り、祭りは何ごともなかったかのようににぎわっている。
あたし、結局なにもできなかった。
とぼとぼと歩くカリンは、マイから遅れはじめたことにも気づかない。出るのはため息ばかり。せっかくの祭りだというのに、盛り上がる気分はどこかに消えてしまった。
もう、兄さんたちがいつでも守ってくれるわけではない。人はひとりぼっちなのだ。ひとりで戦っていかなければならない。
《魔星石》の輝きを遠く感じる。星たちは全部で十二、兄さんは十二人。自然と星の光に兄を重ねていた。一度消えて、遠くなってしまった明るい場所。
「カリン」
カリンの不在に気づいたのか、先を行っていたマイが戻ってきた。
「なんでそんなにのんびりしてるんだよ。早くお兄さんたちと合流したほうがいいんじゃないの」
「……うん」
マイに顔をのぞきこまれる。
「もしかして、泣いてる?」
とっさにカリンは身をひいた。
「そんなわけないじゃない」
泣かないと約束したのだ。泣いたら、兄たちに合わせる顔がない。カリンが泣かないと誓ったから、兄たちは、家族はカリンをひとり、送り出してくれたのだ。
「そうか?」
マイがぐいっと顔を近づけてくる。
「べつに、弱いことを隠さなくたっていいと思うけど。カリンは女の子なんだし。リーシェンのことも、星のことも、カリンにはどうしようもなかったよ。できなかったってことは、それだけの力がカリンになかったってことなんだし」
どうしてマイは、触れてほしくないことを口にするのだろう。まっすぐなマイの言葉が胸に突き刺さる。
「カリンは弱いんだから、おとなしくしていればいいんだ。だからさ」
「あなたに、あたしの気持ちはわからないわよ」
カリンは口早に言った。止めようとするマイの腕を振り払う。
「あなたの空気が読めないところが大嫌い。あなたに言われなくたってわかってたのに、それをいちいち言わないでくれる?」
「じゃあなんだよ、カリンにはおれの気持ちがわかるのか? わかるんだったら、そんなふうには言わないよな」
これ以上マイの言葉を聞きたくなくて、言葉をぶつけたくなくて、カリンは彼に背を向けた。
どうして、うまくいかないんだろう。
「いじめられたりするのって、身分のせいだけじゃなくて、きみの性格にも問題があるからじゃない?」
ああ、もう、どうして。
マイが黙ってくれていたら、すぐに謝れたかもしれないのに。
「もう、いいよ」
カリンとマイはお互い別々の方向へ歩き出していく。
約束など忘れて泣ければよかった。けれど、涙は奥にひっこんだまま、悲しみと怒りと戸惑いが混ざった感情が心の中で渦巻いている。涙をこらえているうちに、いつしか、泣き方を忘れてしまった。
「カリン」
名前を呼ばれる。今度はマイではない。
ふりかえると、リーシェンはカリンに向かって腕を広げた。
「ごめんね、カリン。さっきはきみの気持ちを考えていなかった。もう少し、言い方を考えればよかった」
カリンが動けずにいると、リーシェンのほうから近づいてくる。そうして、リーシェンに抱きしめられる。
「カリン」
その腕が、言葉がどんなにあたたかいことか。このあたたかさを欲していたのだ――カリンは悟った。自分から求めることができず、与えられるのを待っていた。
ありがとう、リーシェン。
リーシェンの服をぎゅっとつかむ。リーシェンは何も言わず、カリンの気持ちが静まるのを待ってくれていた。精霊である彼に甘えてしまう自分にずるさを感じながらも、カリンは彼の腕を拒むことができない。
あたたかい感情が、胸に落ちて広がる。
「大丈夫、ぼくはきみを見ているから。きみがどうしたいか、それに従えばいい。ねえ、カリン。きみは今、どうしたい?」
――泣かないで。あたしが、ここにいてあげるから。
――あなたはどうしたいの? したいようにすればいいんだよ?
「ぼくは、ずっときみのことを見ていた」
リーシェンは言う。
「ずっと前、きみはぼくに言ってくれたよね。一緒に行ってくれるって」
どうして、忘れていたんだろう。
「……あなたが、あたしに全部教えてくれたのね」
そう言った瞬間、背筋に嫌な感覚が走った。リーシェンの表情がこわばる。人々はまったく気づいていないようだが、それはまさに迫っていた。
「ま、魔物……」
言葉に出しただけで、心が恐怖で占められていく。
今のカリンには戦うすべが、力が、理由がある。それなのに、身体が硬直してしまって動かない。
――お前は結局、ひとりではなにもできないじゃないか。こうやって誰かの力を借りないと生きていけないくせに、自分ひとりでなんでもできると思いあがってさ。だから、お前は心から腐った卑しい人間なんだって言ってるんだよ。
違う、あたしはそんなんじゃない。そんなことを言うのは許さない。あたしにはできる。
そう思っていた。今の今まで。
「リーシェン」
本当は今すぐ目を伏せて、この場から逃げ出したい。けれど、逃げてしまったら弱い自分を認めることになる。
「あたし、今、どうしたらいいのかわからない」
今までの自分はいったい、なんだったのだろう。
「……戦って」
リーシェンに手を握られた。
「ぼくのために戦って、カリン。きみには力があるんだ。きみは魔法使いなんだから、魔物と戦えるんだから、昔とは違うのだから」
金の双眸がカリンを射抜く。
「無力なぼくが守ってあげてもいいけれど、でも、そうしたら命の保証はないかもしれない。きみには生きていてもらわないと困るよ。カリンはぼくの妃になるんだから」
「……自分のために、ってこと?」
「そうだよ」
リーシェンはカリンのためを思って言っているのだ、と浅はかにも思い込んでいた。勘違いにもほどがある。リーシェンにも自分自身にもカリンは落胆した。
「ぼくはぼく、きみはきみのために、最善の道を歩むほかないよ。自分のことをないがしろにして、誰かのために生きるなんて精霊にはありえない。誰かのため、と言いながらもそれは最終的に自分のため、ということに行きつく。人間はよく、そういう自分の傲慢さから目を背けるけれど」
それで、とリーシェンは続ける。
「ぼくはきみに戦ってもらいたい。それで、きみはどうしたいの? カリン」
カリン――。
その声が、名前を呼ぶ声たちがいつもカリンを歩かせる。家族、仲間、それから大切な、あのひと。
自分がどうあるべきか。それはまだわからない。
魔法の杖を握りしめる。
「リーシェン、魔法組合の掟は知っているわよね」
「もちろん」
「なら、取引をしない? あたしはあなたの望みどおり生きのびる。だから――」