第二章 死神の世界 Ⅳ
アジェス、とカロンがいさめる。
「これは早く戻した方がいい」
「戻すさ。だが、俺たちは何もしない。彼女にやらせるだけだ」
まかせた、とアジェスはカリンの肩に手を置く。
「気を送るようなイメージで手をかざして。ためしにきみもやってみるか?」
「じゃあ」
マイがカリンの手のひらの上の《魔星石》に手をかざすと、一瞬浮いて、すぐに落ちた。
「こればっかりは、努力でどうにもならないからなあ。でも、きみもなかなか悪くない」
「これは、どういう仕組みなんですか?」
マイが問う。
「要は、相性だ。魔法はもともと、オルフェリアの四つの杖に選ばれた人間にしか使えなかった。その杖を百年前に、四大魔法使いが集めたのは知っているだろう? 今はそのバルサ、アルフェッカ、リーネ、ゼインの杖が俺たちの杖を作っている。それぞれの持ち主に合うように、体の一部を媒介にして、な」
杖を作るとき、髪を一房切られたのをカリンは思い出した。
「《魔星石》がしめすのは、大元の杖の石との相性なんだ。《魔星石》はオルフェリアの四つの杖の石と同じだと言われている。杖の石と違って、この石じたいが魔法を生み出すわけではないんだが、とにかく。《魔星石》を使ってみれば、オルフェリアの四つの杖との相性がわかるんだ。反応がよければよいほど、その人間は魔法に愛されているってことだ」
「魔法に愛される、か。人間が魔法を愛すわけじゃなくて」
「魔法はオルフェリア女神に与えられたものだからな」
無神論者のマイはそれには異論を唱えたいように見えたが、珍しく黙ったままでいた。
「今さらですが、アジェスさま。どうして《星の大祭》でこの《魔星石》を使わなければならないんでしょうか」
「詳しいことは俺も知らないが、カリン、そもそもこの祭りは誰のためにやっているのか知っているか?」
「オルフェリア、でしょうか」
「そう」
アジェスがうなずく。
「経緯はわからないが、四大魔法使いがこの祭りをとこの伝統を作ったんだ。ま、今はただの行事になっているけれど」
ならば、この石は百年も前から毎年空にあげられてきたのだろう。カリンは手の中の《魔星石》に歴史の重みを感じた。
「もしかして、リーザインの入学試験のときに使った杖の石も《魔星石》だったり……」
「正解。ということは、カリン。きみになら、できるはずだな」
「……どういうことだ、アジェス」
カロンがいぶかしむ。
「俺も噂に聞いただけだったから。つい、この目で見たくなったんだよ。もしかしたら、またあの光が見られるんじゃないかって」
ふたりの会話はカリンの耳に入ってこなかった。
これで合否が決まるのだ、と緊張した入学試験の日。あの日の感覚がよみがえってくる。体の奥底で何かがうねりをあげて燃えている。
カリンは《魔星石》に手をかざす。
あの日のように、うまくいけ――。
期待のこもった目でカリンを見ていたアジェスの顔が暗くかげる。
「おかしいな」
《魔星石》は微動だにしない。カリンは焦る。あの日は、こんなふうではなかった。
「なんだ期待させておいて、それか。おれのほうがましじゃないか」
悪びれることなくマイが言う。
「やっぱり、ダグラスさまの言うとおり、十二賢人のふたりにまかせよう」
「うーん。俺たちがやるしかないのか」
悪かったなカリン、というアジェスの言葉が胸につきささる。
どうして、できなかったんだろう。
「……同じ杖の持ち主といっても、“彼”は十二賢人だったんだ。比べるのは酷だ」
「“彼”って誰なんですかー? カロンさま」
「ローエン・グランバルド」
カロンは目を伏せる。
「先代の長老を殺した男だ」
魔法使いは殺生をしてはならない。リーザス・クラストの第一の掟だ。魔法によって人を殺めたとき、その杖の石は黒く染まるという。《リーネの杖》が黒く染まるのを想像して、カリンは身震いした。
まさか、魔法使いが、それもカリンと同じ杖の持ち主が、掟を破るなんて。
「皮肉なことに、《魔星石》にいちばん愛されたのは彼だった。どこで道を踏み外してしまったんだろうな」
アジェスとカロンが《魔星石》をかかげると、それは一瞬にして輝きを得て、空に浮かび上がった。淡い光がリディル王都を照らす。
「さすがにダグラスさまには及ばないか」
前と比べるとたしかに、輝きの点で見劣りする。
「だが、ダグラスさまも彼には及ばない」
残念そうに、アジェスはつぶやいた。
*
「今年は、祭りには行かないの?」
窓の外を眺めていると、彼女が尋ねてきた。
「わたくし、もう待ちくたびれたわ」
「……今行ったら、非常に面倒くさいことになる予感が」
「それくらい、どうってことないわ。一年ぶりよ、一年ぶり。わたくしのわがままくらい聞いてくれてもいいじゃない」
今にも踊りだしそうだと思っていたら、くるくると回りだす。
死神の世界から帰ってきたばかりの彼女はまだ、少し透けて見える。さらに夜が深まれば、ようやく触れることができるようになる。
この一年、とても長かった。
「しかたない。行こう」
シセルは手をさしのべる。彼女の透明な手がすりぬけていく。