第二章 死神の世界 Ⅲ
「いやよ。あなた、リーシェンの味方じゃない」
ルルディは即答した。
「しかたないわ。だって、あたしはあなたが好きなラーシェイさまのことを知らないもの」
カリンがラーシェイの名を出したときの反応は三者三様だった。マイは聞き覚えのない名前にけげんな表情を見せ、リーシェンははっと息を飲み、ルルディはふんと鼻を鳴らした。
「いいわ。特別にルゥが教えて――」
「ルゥ」
リーシェンがルルディの言葉をさえぎる。
「ラーシェイはもういないんだ。ぼくだって、ぼくが王に、神に、ふさわしくないなんてこと、わかっているよ。でも、もう、ラーシェイもラーフェンもいない。もういない彼らに、きみは何を望もうというの?」
「そ、それは……」
狼狽するルルディを見て、カリンはふと気がついた。彼女に悪気はないのだ。大好きなラーシェイの喪失を認められないだけ。容姿があらわすように、ルルディはそれを乗り越えられるだけの大人ではない。そして、困惑した表情のリーシェンもまた、ルルディを完全に理解できるほど成熟していないのかもしれない。
だから、分かり合えない。
精霊なのに、言葉がなくとも気持ちは通じるはずなのに、ふたりはお互いを攻撃し合っている。
そのとき、魔法の気配がして、光が生まれた。魔法陣から現れたのは、白く長いひげをたくわえた老人である。その身を包む白のローブに気づき、カリンはあわてて姿勢を正した。男はまず、カリンに向きなおる。
「あなたの魔法のおかげで、すぐに見つけることができた。感謝しよう、カリン・アルバート」
「こ、光栄です!」
白いローブ――十二賢人の男に名前を呼ばれ、カリンの心臓ははねあがった。まったく面識がないのに、どうして名前を知っているのだろう。どうして、マイでなくカリンの魔法だとわかったのだろう。
「ダグ。よかった、きみが来てくれて」
リーシェンが言う。
ダグ――ダグラス・フレドール。その名は、リーシェンの口から何度か聞いたことがある。シドー・グレイのほかに、リーシェンを見ることができる十二賢人。イスタニア支部の長。カリンにはそれくらいしか、ダグラス・フレドールについての知識はない。
「ず、ずるいわ! どうしてあなたが来るの!」
ダグラスの登場に、もっとも驚いていたのはルルディだった。
「返してもらいたい。それは貴重なものだ」
ダグラスは手短に言った。
「拒否するなら、私が取るべき方法は一つ」
有無を言わせぬ圧力だった。ルルディは悪態をついたあと、抱えていた星のかけらをダグラスにではなく、カリンに投げてよこした。ちらばったそれを急いで拾いあげる。ダイヤモンドのように透明な石は、予想していた以上に軽かった。
「ちゃんと十二個あるか?」
マイが問う。
「ええ」
何度も数え直したのだから、間違いはない。
「ダグラスさま、おれたちはこれを元の場所に戻せばいいんですかね」
「いや」十二賢人は首を横に振った。
「それは《魔星石》だ。それを浮かばせるだけでも至難の業。しかも輝かせるとなると、一介の中級魔法使いにはとうてい不可能だろう。《魔星石》は人が内に秘める力の大きさによって反応が変わる。力があれば光輝かせることができるが……あなたたちは、これを十二賢人の誰かに渡してくれればいい」
「わかりました」
カリンとマイはダグラスに頭を下げる。
あなたたちには無理だと言われたのも同然だったが、落ち込むより先にやるべきは任務だ。カリンは魔法陣を描く。
*
リディル王都に戻ると、舞台には灯が戻っていた。魔法によるものだろう。美しい音楽に耳を傾ける人々のなかをかいくぐり、さらに近づいてみると白ローブの魔法使い二人が杖をかかげている。杖の先端の石は光り続ける。舞台を照らす魔法は二人によるものだろう。
十二賢人にしては、二人とも三十代半ばほどと若かった。長い金髪の男には見覚えがある。
「カロンさま」
リーザイン魔法学園を卒業した後、少しの間だけだが、カリンたちの上司だった。カロン・クレヴァスはカリンとマイの姿をみとめると、「ああ」と声をもらした。
「久しぶりだな」
「どーも」
マイが軽く頭を下げる。
「たった一週間だったのに、まだ覚えられていたとは驚きました」
「マイ!」カリンは彼をこづく。
「あのときは大変なご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「今はそれどころじゃないだろ」
深々と低頭したカリンにマイが言う。そのとき、もう一人の十二賢人がカリンとマイに気づいた。短い茶髪に青い目――カリンの記憶にはない。初めて会う男である。
彼はカリンをじっと見つめ、首をかしげた。
「ちょっと待て。今思い出すから」
「……気にするな。それで、何か」
カリンはポケットから《魔星石》を取り出し、カロンに見せる。あ、と茶髪の十二賢人が声を上げる。
「あのときの! そうか、もう卒業して中級魔法使いになったのか!」
彼は杖を放り出し、カリンの手をとる。灯が揺らめいたが、カロンがアジェスのぶんを支えたのだろう。消えはしなかった。
「入学試験に合格したとは聞いていたが、こんなに早く卒業したとは知らなかった」
「え、えっと。あの」
どういう関係? とマイが声をひそめる。カリン自身が聞きたいくらいだ。
「新手の詐欺?」
ぼそっとマイがつぶやいた。男はにやりと笑う。
「冗談だよ。全部知っていた。残念ながら、俺のことは忘れられていたみたいだけど。な、迷子のカリンちゃん? お兄さんは嘘をつかなかっただろう? ちゃんと受験会場に行けたから、魔法使いになれたんだよな」
迷子。嘘。受験会場。
――あれ、きみ、どうしてこんなところにいるの?
今度はカリンが声を上げる番だった。
「も、もしかして、あのときのお兄さん?」
――俺は嘘つきじゃないよ。ちゃんときみを受験会場まで連れていってあげよう。
コーラル村からリーザス・クラストにやってきてすぐ、道に迷ってしまったカリンに道案内をしてくれた男がこの十二賢人だというのか。
「ですが、ローブの色が」
「ああ」
男は言う。
「あのときは上級魔法使いだったから。きみに会ったあと、十二賢人になったんだ」
ローブの色で階級の見分けがつくと知ったばかりだったせいで、灰色のローブしか覚えていなかった。
「アジェス・リドルの名前はそこそこ有名だと思うんだがなあ」
「……不遇の天才魔法使い、ってやつですか?」
マイがつぶやく。
「いざこざに巻き込まれ、才能はあるのになかなか上級魔法使いになれず、なったと思えば真の天才が現れ、微妙な立ち位置でここまでやってきた――」
「ま、間違ってはいない。だが、ちょっとくらい気をつかってくれてもいいんじゃないか?」
「あいにく、上司に似たので」
十二賢人相手に平然と言い放つマイに、カリンはひやひやする。喧嘩を売ったり、勝手にシセルへ責任転嫁したりやりたい放題ではないか。
「それは置いといて。その《魔星石》だが」
十二賢人アジェス・リドルは不敵にほほ笑んだ。
「それはカリン、きみにまかせよう。ひとつおもしろいことを思いついたんだ」