第一章 さまよえる魔法使い Ⅵ
「嫌な予感はしてたのよ」カリンは出された皿の上のものを見て、こめかみをおさえた。「あの煙と炎でこうならないほうがおかしいもの」
いやあ、とイーズは顔を赤くした。
「じつは、オレ料理はさっぱりなんだよな。っておい、マイ。お前、自分のほうがうまいとか思っただろ」
「ん? なんでわかったんだ」
「だいたいのことはわかるんだよ。どうせお前、包丁のひとつだってにぎったことないんだよな」
「まあね」
ふたりのやりとりを聞いて、カリンはふとひっかかるものを感じた。まだ名乗っていないはずなのに、どうしてイーズはマイの名前を知っていたのだろうか。しかし少し考えるとその疑問は払拭された。自分たちの経歴はすでに本部から送られているはずだ。雑用係とはいえディーレン支部の人間なのだから、あたらしく来る者の名前を知っていてもおかしくない。イーズを見て、マイを見て、それからもう一度炭化した食材を見つめる。
「……出されたものは、残さず食べる。これがあたりまえよね」
何も食べられないよりずっとましだ。カリンは皿の上のものをスプーンですくって口にはこぶ。苦い味が口いっぱいに広がる。
「おーい。作ったオレが言うのもなんだけど、腹こわすぞ?」
「じゃあ出すなって話じゃないか」
マイがあきれたように言う。
「しかたないからおれも食べるけど、あんたいつもこんなもの作ってるのか? シセルさまとやらもこれを食べてるんだよな」
「もちろん。オレはシセルの父親みたいなもんだ。文句なんか言わせねえよ」
イーズが自信満々に宣言したそのとき。
「だれが父親だって?」
低い声が部屋にひびいた。背筋にすっと寒気がはしったのをカリンは感じた。声のしたほうにゆっくりと顔をむける。部屋の扉をあけたところに、二十なかばとおぼしき若い男が立っていた。男は憮然とした表情でイーズに近づき、一瞬のうちに召喚した杖を彼につきつける。イーズの表情がひきつった。
「はは……元通りに直してくれよ。たのむぜ」
男が舌打ちをしたと同時に、床に散らかっていた調理器具や食材が姿を消す。彼が魔法を使って元あった場所に戻したということを、カリンはすぐに理解した。近くで見るととても背が高い。イーズより頭がひとつ飛び出ている。椅子から立ち上がり、小柄なカリンは男を見上げるかたちで問いかけた。
「……あなたが、シセルさまですか」
「ああ? なんだお前は」
鋭い青の瞳と目があって、カリンはあとずさった。ぜったい怒っている。ごくりと唾をのみこむ。
「怒ってはないぞ、シセルは。そうおびえるなって、カリンちゃん」
「え?」イーズに心のうちを見透かされ、カリンは目をしばたたかせた。
「こいつ目つき悪くてよくかんちがいされるけど、まあ、今は怒ってないぜ。なあ、シセル? うん。今は笑ってるよ」
「ほんとうに?」
半信半疑で男の表情をうかがう。何度見かえしてもカリンには怒っているようにしか見えない。
「さっきだってイーズに思いきり舌打ちしたわよ」
「そりゃ、そのときはたしかに怒っていたな。でも今はそんなことないぞ」
「……イーズ。お前はもう何も言うんじゃねえ」
男はカリンと、イーズの料理を食べていたマイのほうに向きなおった。首もとで一つに束ねられた、くせのある長い黒髪にカリンは目がいく。髪の色や顔立ちから考えると西のほうの人間だろうか。彼の手に握られた杖は、長身にふさわしく長い。カリンの背丈ほどはあるだろう。杖の先に埋めこまれた石は、上級をしめす赤だ。彼がディーレン支部の長シセルファ・カデットそのひとであることはまちがいなかった。
「へー、悪人顔だなあ」
マイが驚いたとばかりに言う。
「いつもそれで損してるんじゃないの」
「マイ!」あわててカリンはマイをいさめた。「すみません! シセルさま」
「まあ、間違ってはいねえな」
シセルが口をひらく。