第二章 死神の世界 Ⅱ
家族たちにその場へとどまるように告げ、カリンとマイは流れていく星を追いかける。見物客でごったがえす通りでは思うように前へ進めない。
「カリン、このままじゃだめだ!」
遠くなっていく星を見て業を煮やしたのか、マイが隠し持っていた火薬を取り出した。
「これ以上騒ぎを起こすようなことはやめて!」
そうはいっても、このままでは取り逃がしてしまう。
カリンも覚悟を決め、杖を召喚した。豆粒ほどに小さく見える星に狙いをさだめ、目印となるように魔法を打ち込む。結界魔法を応用――術者にだけわかるように張った魔法の網だ。視界から見失っても追いかけることができる。ディーレン島で子どもたちや『毛玉族』などの精霊を追いかけているときに思いついた魔法だった。まだ改良段階なので持続時間は短い。もって一日だ。
「そういや、あの星じたいにそこまでの価値はないよな。ほっといたら誰かがなんとかしてくれるんじゃないかなー」
冷静になったマイが言う。
「今夜はたくさん魔法使いがいるだろうし。もう正式な命令で動いてるんじゃないか」
「……ここで手柄を立てたら、十二賢人の誰かの目に止まるかもしれないわ」
「それ本心?」
マイは顔をしかめる。
「カリンらしくない」
「そう?」
答えて、カリンは自身の本意を悟る。
「それもあるけど。あれはきっと精霊だと思うわ。嫌なかんじがしなかったもの」
十二賢人に認められたい。上級魔法使いになりたい。その思いは今も変わらないけれど。
「ねえ、精霊を見ることができる魔法使いっていったい何人いるの? 少なくともあたしたちには見えるわ。だったらあたしたちが動けばいい結果を生む可能性が高いでしょ。それに」
心に浮かぶのは、力を持たない精霊王。それはマイも同じだったようだ。
――精霊たちがざわめいている。何かが起こる前触れかもしれない。
リーシェンはそう言っていた。エレイナの身体ごと黄金を運ぼうとした《翼の眷属》のような事情がある可能性も捨てきれないが、魔法の星を奪ったのはリーシェンにしたがわない種族の精霊だろう、とカリンは考えをめぐらせた。
「なんだか放っておけないのよ。リーシェンに余裕はあまりなかった」
「……取り返しがつかなくなるんだってさ」
マイがわざとらしくため息をつく。
「それがどういう意味だかわからないけど、精霊王さんは苦労してるようだ。おれには、関係ない話だけど」
顔を合わせれば口論になるマイとリーシェンだが、しばしばマイがいないとき、リーシェンは彼に対して敵意や悪意どころか好感をいだいている旨の発言をする。一方マイはリーシェンがいてもいなくても、彼に反感を持っていることは変わらない。
「マイ、嫌ならついてこなくてもいいのよ」
「中級魔法使いは二人一組が原則、だろ? それにカリンはおれがついていないと、いろいろ面倒ごとを起こすから」
どの口がそれを言うか。内心むっとしたカリンだが、ついてきてくれるにこしたことはない。黙って次の魔法に取りかかる。
「で、おれは何をすればいい」
「特になし」
「……了解」
マイと二人で地に描いた魔法陣の上に立ち、カリンは呪文を唱える。先ほど精霊にかけた魔法と同じ紋様を持つ魔法陣が、きっと精霊のもとへ導いてくれることだろう。
魔法陣が光り、次の瞬間には空中へ放り出されていた。
地面にたたきつけられる前に、カリンは風を集めて体を浮かせる。そのままゆっくりと地に降りたつ。
「カリン、いつの間にこんな変化魔法を……」
うまくバランスが取れずにしりもちをついたマイは、呆然としている。その彼の下からうめき声が聞こえた。
「ど、どいてよお……」
「え?」
マイが立ち上がると、そこには人型の精霊が倒れていた。マイに踏みつぶされてしまったのだろう。淡い水色の髪。幼女の姿。
「ルゥ?」
カリンが呼びかけると、精霊はふるふると顔をあげた。大きな青い目には涙がたまっている。
「ひ、ひどいよ……ルゥにこんなことするなんて、ただじゃおかないんだから。ひ、ひどい目にあわせてやるんだから!」
「ひどい目って?」
おもしろそうにマイが問う。
「え、えーと……。そ、そうよ! シーちゃんに言いつけてやるもん!」
「……誰だよ、シーちゃんって」
「魔法使いのくせして、シーちゃんを知らないの? シーちゃんはすごい魔法使いなのよ?」
「すごい魔法使いでシーちゃん? シーなんとかってことだよな……まさか、シセルさまのことじゃないだろうな?」
「違うよー!」
からかい半分のマイに食ってかかる姿は、まさに子どもである。精霊の姿は精神年齢をそのままあらわすというのがよくわかる。
その精霊が体の下になにか光るものを抱えている。
「ねえ、ルゥ――」
「あなたたち、シドー・グレイを知らないの?」
カリンははっと息をのんだ。
この間出会ったときにも、彼女の言葉はシドー・グレイを連想させた。
「まさか、こんなところでその名前を聞くなんてな」
彼に門前払いされた記憶がまだ新しいマイは、苦々しい表情を浮かべる。
「ようするに、お前は精霊王に反発する連中の一味か。≪星の大祭≫をじゃましたのは、リーシェンを困らせたかったから? それはシドー・グレイの指示で?」
「待って。マイ・オリオン」
詰問しようとしたマイを止めたのは、リーシェンだった。精霊との間に割って入る。
「ルルディを責めないで。それにシドーのことも。すべてはぼくの力不足のせいだから」
「突然あらわれて何を言うの?」
カリンはリーシェンに向かって言った。
カリンたちは星が盗まれるところを目撃したのだ。それは目の前の精霊のしわざだった。カリンのつけた目印がそれを物語っている。
それだというのに、リーシェンは一歩も譲らない。
「ごめんね、カリン。だけど、これはぼくの問題だ。それとも、なに? ようやくぼくの妃になる決心がついたとでも?」
カリンは言葉を失った。
リーシェンは、カリンにまったく手出しさせないつもりだ。すべてを自分“たち”の力で片づけようとしている。その中にカリンは含まれない。
「ルゥ、わかっているんでしょう。お願いだから、それを返して」
「いやよ。だれがリーシェンなんかの言うことを聞くもんですか」
ルゥ――ルルディは断固として首を縦に振らない。
「力ずくで解決したくないんだ。ぼくは非力だけど、イーズやラティカは違う。それに、今、キィはどこにいるの? キィの力なしでルゥ、きみは彼らにかなうの?」
「う、うるさい! でも、ぜったいにいやなの!」
このままリーシェンにすべてを任せていいのか――そのはずがない。カリンはリーシェンを押しのけ、ルルディの前に進み出る。しゃがみこんで、彼女と同じ視線で語りかける。
「あたしが、あなたの子分になるって言ったら返してくれるの?」