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精霊島の花嫁  作者: 茶野
十二の星が消える夜
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第一章 星の祭り Ⅳ

「あれ、誰もいないぞ」

「たしかに声がしたのに」

 戸を開けた兄たちの戸惑う声が聞こえてくる。

「まだ近くにいるかもしれないわ!」

 離れた場所にいる兄たちに向かって、カリンは叫んだ。今のカリンは悪い男の訪問を恐れるかよわい妹ではなかったが、兄たちの認識は五年前と変わっていない。妹を守るため、彼らは我先にと家を飛び出していった。誰も妹のもとに残って守ってやろうと考える思考を持ち合わせていなかった。そのときに妹の身になにかあったら取り返しがつかないではないか。幼いころには考えが及ばなかったことだった。

 しかし、兄たちの目が外へ向いたのはさいわいだ。手にしていた杖にも気づかれなかった。

 背後で物音がする。

「……あのー、怒ってる? カリン」

「べつに」

 カリンは短く答えた。

 幻惑魔法をとくと、藁の上に転がるマイの姿があらわれる。ローブのあちこちについた藁くずを払い落としながら立ち上がった彼は、部屋を見渡して顔をしかめた。

「予想以上にきみの家って貧しいんだね」

 場をわきまえない発言に、カリンは思わず手元にいた『毛玉族』を一匹投げつける。が、『毛玉族』はマイにぶつかるまえに身をひるがえし、とんでもない速さで逃げていった。リーシェンが声をあげて笑う。

「だめだよ、カリン。彼らはこのマイ・オリオンに触れたくないんだから」

 膝をかかえた格好で宙に浮いていたリーシェンは、マイの頭をはたいた。むっとしたマイがなにかしらの反撃をしようとしたときにはもう、カリンの背後に逃げている。先に手を出した方が悪いとはいうが、今日ばかりはマイの肩を持つことはできない。

「どうして、あたしの休暇をじゃましに来たの」

 意図せずに低い声が出た。さすがのマイも怒りが感じ取れただろう。感情が読み取れるはずのリーシェンひとりが涼しい顔だ。

「えーと、そうだ、さっきの魔法すごかったなー」

「答えになってないわ。それにシセルさまなら一瞬でできるもの」

 一か八かの賭けだったがうまくいった。兄たちが戸を開ける前にポケットから魔法陣を描いた紙を取り出し、その上にマイを転移魔法で呼びよせる。幻惑魔法をかけてマイの姿が見えないよう目くらましをした。正確さより速さを優先したため虚像はやや乱れたものの、結果としては上等だ。幻惑魔法には呪文も魔法陣も省くことができたのは、カリンの中では大きい。数か月前のリオン捜索の際に不安要素となった、姿の見えない人物の転移魔法も今回は難なくこなせた。

「そ、そんなことないと思うなあ」

「話をそらさないで。あのね、あたしは家族水入らずで過ごしたいのよ。この気持ち、わかってくれる? 五年ぶりに帰ってきたんだから」

「あ、うん。その」

 普段は余計なことまでしゃべるマイだが、今の彼の言葉は喉の奥に引きこもって、いくら待っても出てくる気配がない。

「ごめんね、カリン」

 マイに代わって話し始めたのはリーシェンだった。

「マイ・オリオンがここに来たのは、ぼくを追ってきただけなんだ。ぼくがここに来なければよかったんだけど、どうしても気になって。今、このあたりの精霊たちがざわめいている。なにか起こる前触れかもしれないんだ」

 それであたしの身を案じて? カリンはほのかな期待を抱いたが、やはりリーシェンはリーシェンだった。

「カリンを心配したわけじゃなくて、精霊たちを、ね。ここはもともと森が近いから精霊が集まりやすい。それに魔物も。なにか問題が起こったら困るから……あ、カリン、そういえばきみの身も心配かもしれない」

「しれない、ってなんだよ」

 マイが横やりをいれる。

 つい、自己本位の期待をしてしまった自分が恥ずかしかった。

「で、マイはとにかく追ってきた、ってことでいいのね」

 リーシェンの説明のおかげで状況を把握できた。そして、自身の気持ちの整理もついた。本当は怒るべきでなく、直面している問題の解決策を考えるべきだ。

「じゃあ理由がわかったから、マイは帰ってもいいわよね。リーシェンは自分のやるべき仕事をして。リーシェンはみんなに見えないからいいけど、マイ、あなたはだめ。早く帰って」

 文句を言いたそうなマイを無理やり家の外に押し出し、戸を閉めた。少しかわいそうだが、やはり男を兄たちに会わせるわけにはいかない。

 しばらくして、不本意な表情を浮かべて兄たちが帰ってきた。

「いた?」

「いや、見つからなかった。村はずれまで探したんだけどな」

「そこまで探してくれていないのなら、もう大丈夫よ。ありがとう、兄さん」

 マイが素直に支部へ戻ってくれたことに、カリンは安堵した。



 *



 畑仕事を手伝い、夕餉を終えたあと、カリンはリーシェンについて森に行くことにした。力を持たないリーシェンが危なっかしくて心配だったのと、久しぶりに“あの”場所を見ておきたかったからだ。

 森は静かな風の音がするばかりで、精霊たちが騒いでいるようすはない。リーシェンの取りこし苦労だったのか。いや、夜の森ではなにが起こるかわからない。

「昔に、ここで魔物に襲われてたところを助けてもらったの」

 正確な場所までは覚えていないものだと思った。恩人の顔すら思い出せないのだから当然か。

「今思うと夢のようだったわ。もしかしたらほんとに夢だったのかも」

 リーシェンは黙って聞いていてくれた。

 星明かりがまぶしい、静かな夜だ。木々の隙間から光が降りてくる。魔物が現れないでほしい、とカリンは願った。

 睫毛が長く、鼻梁が高いリーシェンの横顔は王にふさわしい美しさだ。黙っていれば、神々しさすら感じてしまう。今夜のリーシェンは言葉少なく、聞き手に徹している。

 ゆっくりと歩を進める。居心地のよさをカリンは感じていた。

「そのときにはもう、あなたはとっくに生まれていたのよね。もしかしたら、あなたの知るひとだったのかもしれないわ。リーシェンはそのとき、なにをしていたか覚えてる?」

 リーシェンはやわらかくほほ笑んだ。

「五百年も生きていると十何年なんてあっという間だから、うまく思い出せないよ」

 そう言う彼の顔はなぜだかさびしそうに見えた。そして、彼にとっては今こうしていることも一瞬のできごとにすぎず、長い時の中で忘れてしまうのだろうと思うと悲しかった。

「おかしいな」

 リーシェンがつぶやく。

「まったく精霊がいないなんて」

 言われてみればコーラル村に来て、『毛玉族』などディーレン支部に棲みつく精霊以外は、その姿を一度も目にしていない。

「別の森も見てきたほうがいいみたいだ。行かなきゃ」

 森の出口までそのことを言い出さなかったのは、彼なりの優しさだったのだろうか。カリンが魔物を恐れていることを知るがゆえに、異変に気がついたときにカリンを森に置いて、自分だけ去ろうとはしなかったのか。もしかしたらまた、かん違いなのかもしれない。ただの気まぐれの可能性はある。

 すでにリーシェンは姿を消した。答えは迷宮入りだろうと思う。それならば用心して悪い方に考えておくのが、あとあとによいだろう。

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