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精霊島の花嫁  作者: 茶野
十二の星が消える夜
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第一章 星の祭り Ⅲ

 《星の大祭》より一週間さかのぼる。

 休暇をとったカリンは、五年ぶりに故郷コーラル村の地を踏みしめた。魔法を使えば一瞬で帰れるというのに、どうして今まで思いつかなかったのだろう。リーザインを卒業して、正式の魔法使いになるまでは家族に会わないとは決めていたが、卒業後はいくらでも時間があった。

 帰りたいときに、帰ればよかったのだが、着任早々起こった一連の騒動のせいですっかり忘れてしまっていた。

 今の自分にうしろめたいところはない。堂々と家の戸を開けられる。

 五年もたつと、村の風景は少し変わっていた。土地が開墾され、建物や畑が増えている。カリンの実家の前にも小径ができていて、すぐ近くに家が数軒建っている。その周りには広い畑があり、それを耕す男たちの姿が見えた。

「兄さん!」

 カリンは彼らに向かって呼びかける。

 男たちはしばらくの間呆然とし、それからカリンに向かって走り寄ってきた。

「カリン!」

 あっという間に屈強な男たちに囲まれる。年齢は少しずつ違うものの、兄たちの顔はよく似ている。だが、誰が誰か、本人に確認する必要はなかった。五年ぶりの再会でも、きちんと覚えているものだ。カリンは兄の名を年長者から順に呼んでいった。

「ジャック兄さんとルーク兄さんは?」

 次男と十一男の姿が見当たらない。

「ジャックは母さんと隣の村に行っとる、じきに戻ってくるさ。ルークはスコットさんちの娘とよろしくやってるぞ。それにしてもカリン、おまえ、えっらい役人みたいなしゃべり方になったなあ」

「そう、かしら」

「ああ」

 長兄の言葉に他の兄たちもうなずいた。

「ジャンもこの前来たときは、白い服なんて着ちまって。なんでも都でガクシャってもんになるんだと。マホウツカイとどう違うんだか」

「それよりカリン、兄ちゃんとふたりで遊びに行こう」

「あっ、ずるいぞ」

「このやろう、おまえたちはすっこんでろ!」

 けんかを始めた兄たちにカリンは苦笑する。たったひとりの妹を取り合う姿はまったく変わっていない。泣きたいくらいいとおしい光景だ。五年間我慢してきた涙がいっきにあふれ出てきそうだった。

「カリン、兄さんのいないとこで泣いてないだろうな」

「……もちろん」

 背筋がすっとのびる思いになる。

 あたしはもう、泣き虫カリンじゃない。


 しばらく兄との感動の再会に浸っていると、牛を牽きながら母と兄がやってきた。カリンを一目見るなり、兄は手綱を放り出して走り寄ってくる。それに母が怒鳴る声。

「カリンは早く中へお入り! あとは畑に戻る!」

「げ、母ちゃん」

 名残惜しそうに兄たちはそれぞれの持ち場に戻っていく。

「カリン、あとでな」

「あっ、ぬけがけはずるいぜ!」

「こら! ぶつくさ言ってないで仕事」

「へい、母さん……」

 男たちを一喝し、母は娘に向き直った。

「父さんは家の中にいるから、早く顔を見せておやり」

「うん。ただいま、母さん」

「おかえり、カリン」

 変わらない笑顔にほっとする。それでも、母の美髪とうたわれた金髪が白く染まっているのを見て、時間の経過を感じざるをえなかった。

 五年。たった十七年しか生きていないカリンにとっては長い時間だった。

 家の戸を開ける。

「父さん」

 体が小さく気が弱い。いつもめんどうを見てくれるのは母や兄たちで、大柄な彼らの陰で縮こまっている父にはなかなか甘えられなかった。なにか決めるときは兄たちが出した意見を母がまとめ、父がすることといえばうなずくことだけだった。

 父は暖炉の前に座って藁を編んでいた。カリンがもう一度声をかけると、ゆっくりと顔をあげる。

「父さん、あたしちゃんと魔法使いになったのよ」

 そうかい。立ち上がった父は弱々しい声で言った。

「それはよかった……」

 ぽんと頭に手を置かれる。

「ほんとうに自慢の娘だ、よかったよかった……」

 魔法使いになりたい、そのために村を離れて魔法使いの学校に行きたい、とカリンが言い出したとき、母も兄たちも猛反対した。ただで入れる学校だと言っても聞き入れてくれなかった。泣いてばかりいる、家族がいないとなにもできない、と言われカリンは泣いた。家族を納得させられる方法が思いつかなかったのだ。

 そのなか、父だけが話をまじめに聞いてくれた。父が母を説得し、条件つきで母から許可がおりた。それが「立派になるまで会わない」こと。長い間家族に会えなくなるのは、十二歳のカリンにとってはつらいことだったが、あの気弱な父が母相手に反論してまでカリンの意志を尊重してくれたのだと考えると、ためらってはいられなかった。

 魔法使いになるきっかけをくれたのがあの憧れのひとならば、背中を押してくれたのは父だった。



 *



「やっ、おはようカリン」

 久しぶりの我が家で質素ながらあたたかい食事をとり、狭い部屋で所帯を持っていない兄たちとともに雑魚寝をし、安らかな朝が訪れた。朝日が昇るとともに目をあけたカリンは、視界に飛び込んできたものを見て、今日が騒がしい一日になることを予感した。

「どうして、そんなに不機嫌になるの」

 それくらい自分の頭で考えてほしい、とカリンは思った。

「わからないから聞いたのに」

 膝をかかえてカリンの顔をのぞきこんでいたリーシェンに悪びれる様子はない。

 カリンが体を起こすと、隣で寝ていた兄が目を覚ました。

「どうした、カリン……」

「もう起きるのか、まだ寝ててもいいんだぞ」

 兄たちは闖入者に気がつかない。やたら目立つ容姿をしたリーシェンが、寝ている彼らの上をふわふわ飛んでいても、だ。

 “見えない”人間相手に彼が何もできないのだけが救いである。もしこれがマイなら、最悪、戦争が勃発する。マイは人間だ。人間の男だ。若い男が妹と話している、それだけでも火種になりかねないのに、マイはそこに自ら油をそそぐ人間だ。

 戸を叩く音。

 こういうときの予感はたいてい的中する。

「おはようございまーす、カリンさんいますかー?」

 それまで豪快に寝息をたてていた兄たちが、一瞬で飛び起きた。

「ぼくは、そう忠告しようと思ってきたんだよ」

 遅い、とカリンは心の中で舌打ちした。それでじゅうぶんリーシェンには伝わる。

「どうするの、カリン」

 争いは避けねばならない。いったい、どうやって?

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