第一章 星の祭り Ⅱ
嫌な予感は見事的中した。今のところ家族がらみの勘は百発百中。我ながらたいしたものだと思う。身に背負ってしまった不幸なのだ、これは。
妹が訪ねてくる。それはいい。むしろうれしい。妹から手紙が届いたときは、飛びあがって踊りだしそうだった。昔、読み書きを習いに町へ通っていたころはへたくそだった字が、いつの間にかそこそこ読めるものになってきているのがいとおしい。時の流れている。妹は成長しているのだ。
記憶の中の妹は十二歳のままで、泣いてばかりいる。今の、十七歳の妹の姿はまるで想像がつかなかった。リディル王都だけあって魔法使いの姿はしょっちゅう見かけるが、あのローブと妹が結びつかない。魔法使いの学校の卒業試験に合格したという知らせが届いたのは半年ほど前のことだが、それがどれくらいすごいことなのか、学友のラティオ・ロギに聞くまで知らなかった。
「リーザインの入学試験の難易度はまあ、うちとたいして変わらないだろうよ。あっちが才能重視ってだけで。だけど、卒業試験はうちと比べものにならない。在学期限も決まってるから、とにかく卒業できずに学校を辞めていくやつが多いって話だ」
魔法使いに弟子入りしていたという経歴を持つだけあって、彼は魔法学園のことにも詳しい。彼が魔法使いを辞めた理由は「数学に愛されてしまったから」だという。暇さえあればぶつぶつ数式を唱えているラティオは、ここリディル王立学園でも一風変わった学徒である。
「しかも主席卒業って、ジャンの妹のくせにたいしたやつだ。もしかしたらお前も天文学なんかより、魔法使いのほうが向いてるんじゃないか」
「カリンはものすごく努力家なんだ。そうだね、僕はおそらくきみよりは魔法の才能があるだろうね。だけど、僕は星が好きだ」
農村からやってきた星好き青年ジャン・アルバートも、じゅうぶん変人として名が通っているので、変わり者同士仲良くやっている。昨年に卒業試験を無事終えたにもかかわらず、研究者としていまだ学院に残っているのはジャンとラティオくらいのものだ。
村に帰らないのか、と卒業報告をしに実家に帰ったときに言われたが、今のところその予定はない。村には望遠鏡がない。買う金もない。このまま学院で、国が出している金で買った望遠鏡を眺めて暮らすほうがいい。研究者として得た金で都に家を買って、かわいい嫁をもらってかわいい子どもに恵まれて、星を見て暮らす人生は最高だ。ただ、残念ながら彼の好みの女性は現れない。なにを隠そう、彼の好みといえば「カリン」――妹のようなひとなのだから。学生時代に何度か恋人というものができたが、妹にかなう女性はおらず、すぐに破局した。
「妹が来たら、会わせてくれよ」
カリンの来訪を知って、ラティオはそう言った。
「やめたほうがいいと思うけど」
ジャンは心の底から忠告する。
「カリンだけじゃなく、兄さんたちも来るから。全員」
それはラティオより、自身への戒めの言葉だった。カリンと楽しく過ごそうなど考えてはいけない――。
そして予想は的中する。
なぜ。なぜこの自分が。
「百歩譲って、カリンが兄さんたちに囲まれているのはしかたないと思う。だけど」
ジャンは人でにぎわう夜の王都で激高した。
「どうして、きみの相手をしなければならないんだ!」
五年ぶりに再会したかわいい妹。その顔をよく見ないうちに、妹は兄たちの巨体に隠れて見えなくなってしまった。背が伸びて、髪が短くなって、顔つきもだいぶ変わっていた――と思う。久々に会うのだから、ゆっくりさせてくれればいいのに。ジャンは兄たちを恨まずにはいられない。
だが、それより許せないのは、カリンにくっついてきたこの男だ。
「だってカリンはああだし。どうせ暇なんだからカリンのこと、いろいろ教えてくださいよー、ジャンお兄さん」
カリンと一緒に働いているという彼は、いやになれなれしい。
「きみに兄と呼ばれる筋合いはない」
「いえいえ。それにしても、カリンにそっくりで笑っちゃうなあ。身長もたいして変わらないし。カリンは女の子だからいいけど、お兄さんは大変ですねー」
しかも余計なことばかり言う。
「……きみ、さ。カリンとうまくやれているのか」
「どう思いますかー」
カリンの身を案じずにはいられない。この男と一緒に働くとなると身も心も疲れそうだ。
カリンを残してみんなさっさと帰ってくれないだろうか。初めて来た《星の大祭》だというのに、ジャンの心はまったく楽しくならなかった。
魔法によって輝いているつくりものの星なんて壊れてしまえばいいのに。にせものの明るさにさえぎられて、本物の星の光が届かないではないか。
そう、ジャンが思った瞬間だった。
つくりものの星たちがまたたいた。ふっと明かりが消える。ろうそくの炎を吹き消したように。