第四章 それぞれの想い Ⅲ
伏せろ、と言われたときにはもう手遅れだった。爆音が城内にとどろいた。カリンは結界魔法を張ることで精一杯だった。
賊だ、とマイが叫んだ。王女の護衛が剣を抜く音。煙の中で何者かが動くのが見えた。侵入者は複数名いたように思う。
「王女さま!」
彼女の命令によって髪――リディル王国の女性にとっては命の次に大切だといわれる――を切りとられたばかりにもかかわらず、カリンはまっさきにマリアンナのもとにかけよった。爆発に驚いてしりもちをついた王女は、あっけにとられていたが、カリンが手を差し出すとすぐさま表情を変える。
「近づかないで! 汚らわしい!」
王女の叫び声を聞きつけた護衛の数人が、カリンとマリアンナの間に立ちふさがった。
「下がれ、魔法使い!」
「王女さま、お怪我は」
煙とともに賊の姿は消えていた。
「逃げられたか」
マイが舌打ちをする。
「まあ、だれかがなんとかするだろうから、おれたちは放っておこう。大丈夫か、カリン?」
振り返ったマイはカリンを見て息をのんだ。
「その髪……」
カリンとマイは王女の暇つぶし相手――もとい話し相手としてリディル王城に招かれた。だが王女が男とは話したくないと言い、マイは応接室の外で待機するしかなかった。彼は一部始終を見ていない。
驚いたようすのマイを見て、カリンは真実を話さないことを決めた。
絶対に弱みなんて見せない。彼に「だから止めたのに」と言われたくなかった。それに誰かに話したら泣いてしまいそうだった。カリンは何も言わなかった。
「あの爆発はきさまのせいか?」
王女の護衛がマイに問う。
「あの者たちを罰しなさい! わたくしはあの者たちに傷つけられました!」
爆発や賊の襲撃による怪我はどう見てもなかったが、転んだせいだろう、白いドレスの裾が少し汚れていた。護衛たちがカリンとマイを取り囲む。
「あんたはばかだ」
言葉を慎め、と護衛が言ったがマイは続けた。
「カリンが魔法で守らなかったら、今ごろあんたは死んでた」
「マイ!」
爆発を引き起こした張本人が偉そうに言えたことではない。いくらマイが魔法使いだからといっても、相手はぞんざいな口のきき方をされるのに慣れていない王女である。マリアンナの怒りは限界に達し、不興を買った魔法使い二人は王城から追い出された。
侵入者から王女の命は守った。賊はのちに他の魔法使いによって捕らえられたという。問題はないはずだった。しかし、カリンとマイは三日間の謹慎ののち、リーザス・クラスト本部からディーレン支部への異動の命令をくだされる。
「おれのせいだ、ごめん」
何度もマイは謝ってきた。二か月前はそれでも彼を許せなかった。
だが、今は。
*
「また、何かあったら来てほしい」
夕焼け色の海を眺めながら、エレイナが言った。
「いや、何もなくても、遊びに来てくれるとうれしいな」
エレイナのかたわらにいた小さな『翼の眷属』は目に涙を浮かべている。別れをさみしがるかのように。
「はい、よろこんで! エレイナさま」
カリンがうなずくと、王女はよかった、とほほ笑んだ。
「エレイナ」
「え?」
「魔法使いに身分が関係ないということは、つまり、私がカリンと友達になっても許されるということだろう? だから、ただのエレイナと呼んでほしい」
「でも」
うれしい言葉だった。
「あたしは、農民の出身なんです」
「今は魔法使いじゃないか。何の問題もない。私は、私のことをエレイナと呼んでくれる女の子の友達がほしいんだ」
エレイナはまっすぐにカリンを見つめてくる。
「女だけの秘密の話を一晩中するのが夢だった。こいばな、というものをしてみたくてな。それに、カリンのことをもっと知りたい。私はカリンと友達になりたいんだ」
カリンは赤面する。
このひとが男だったら、惚れていたかもしれない。知り合ってたった数日だというのに、心を奪われてしまった。
「ふふ」
「はは、今さらだが、ちょっと恥ずかしいな」
「ふふふ」
「あはは」
「笑いすぎ」
「お互いさまだな」
エレイナ、とおそるおそる呼びかけると、エレイナはぱっと顔を輝かせた。
「あのね、あたしにも好きなひと……っていうか、あこがれのひとがいるの。すごく昔に会ったきりで、名前も知らないし、顔も覚えていないんだけど、そのひとに会いたくて魔法使いになったの」
「そのひとも魔法使いだった?」
「たぶん。自分ではそう言っていたわ。あたし、まだ恋とかよくわからないけど、そのひとのことはずっと考えているの」
「また会えたら、それは恋になるかもしれないな」
そうかもしれない、とカリンは思う。
こんなことを他人に話したのは、生まれてはじめてだ。話したことでわかった。
早く、あのひとに会いたい――。
上級魔法使いになって、組合秘蔵資料を探す権利を手に入れる。あの日、カリンが五歳のとき、助けてくれたあのひとを見つけ出して会いに行く。
もしそれが現実となったら、まっさきにエレイナのもとを訪れようと思った。
シャーロット・ヴァートンとリリー・エル・アスティはカリンと親しくしてくれる数少ない同世代の魔法使いだが、どうしても「シャロン先輩」と「後輩のリリー・エル」の枠を出ない。
エレイナこそがはじめての女友達なのだ。
おそれ多い気持ちはまだ残っていたが、堂々としていようと決めた。「農民カリン」と「エレイナ王女」ではなく、ただの「カリン」と「エレイナ」なのだから。
それまで重く胸にのしかかっていた事件の記憶は、いつのまにか過去へと流れていって、二度とカリンの心をむしばむことはなかった。