第四章 それぞれの想い Ⅰ
どうやって空から帰ってきたのか覚えていない。ラティカに「すみません」と言われたことだけは覚えている。気絶させられたのだろう。
エレイナと精霊たちの間でどういうことがあったのかわからないカリンは、マイにたずねられても答えることができない。
「つまらなそうだな、カリン」
そういうマイも置いていかれたことがよほど悔しかったのか、不満そうな顔である。
「おれがラティカより強いとしたらどう思う」
「どうって、それはありえないでしょう?」
聞いてきたのはマイのほうなのに、彼はカリンの答えに何の反応も示さなかった。
「早くエレイナさまをキシリヤに送っていきましょう」
「うん、まあ、そうだよな」
マイはどこか上の空で、カリンは少し不安になる。彼はいったい何を考えているのだろう?
「どうかしたの」
「別になんでもないさ。早く行こう」
分かり合うことの難しさを、カリンは改めて実感した。
元の身体に戻ったエレイナはしばらく昏睡状態にあったようだが、カリンが目覚めてから少しして意識をとりもどした。
名残惜しそうにディーレン支部に別れを告げるエレイナに、シセルが言う。
「島は逃げない。誰も拒まない」
「ありがとう!」
エレイナは歯を見せて笑った。
「また」
キシリヤに着き、再会し抱き合う恋人たちを見て、ようやくカリンは依頼が初めて成功に終わったことを実感した。ティル=エーリクやエレイナの感謝の言葉より、ふたりの笑顔がうれしかった。
「よかった」
マイはだまったままでいた。
*
「カリンちゃんは?」
「王女と一緒だよ。そのうち帰ってくるだろ」
「なんかあったのか」
「……わかってるくせに聞くんだ? イーズ」
ちょっと意地が悪かったか、とイーズが苦笑する。
「久しぶりに兄ちゃんと会ったんだろ。ゆっくりしてくればよかったのに」
「おれは『マイ・オリオン』だから」
支部の建物を出て、海の方へと向かうマイのあとをイーズは追いかける。
「精霊には理解できないだろうけどさ」
「精霊は恋愛感情がないだって? そんなわけないだろ、そうだったら新しい精霊は生まれない」
マイは浜辺に腰を下ろす。
「じゃあ、あんたは?」
「オレはわかるような、わからないようなってところか。なんとなく、だけどな。ちなみにラティカもそんなもんだ。あいつはオレの倍以上も年食ってるわりにああだから」
「精霊の見た目ってさ、精神年齢と関係あるよな?」
イーズがうなずく。
「イーズとあいつはどっちが先に生まれた?」
「少しだけリーシェンのほうが早い。あれでも、前よりは成長したんだぜ。十年くらい前は子どもみたいなもんだった。今は見てのとおり。けど、まだまだ恋愛なんてまったくわからないお子さまなんだよな。お前とのちがいはそこ。ぶっちゃけカリンちゃんにとっちゃ、どっちも一緒だ。必ずしも必要でない存在ってところか。お、へこんでる」
「うるさい」
「カリンちゃんは上級魔法使いになりたいんだよ。知ってるだろうけど。でもどうして、上級になりたいかは知らないだろ」
「……上を目指したいからだろ。普通はみんなそうだよ。使える魔法も増えるし、名誉なことだし」
「はたしてそうかな」
イーズはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「本人に聞いてみたらどうだ」
マイは深く息をつく。
「……ぜんぜん、カリンの力になれなかった。今のままじゃ、だめだってことはわかってる。もっと強くならないと」
少しの間、イーズは考え込んだ。
「シドー・グレイに会うといい。十二賢人の中でリーシェンを見ることができるのはダグラスとシドーだけだ。精霊のことに関しては誰よりも詳しい」
マイはその言葉に驚く。
「クラリスには見えてないぜ。それでもあの子は“見える”ほうだけどな」
魔法組合最高齢のクラリスを“あの子”呼ばわりである。イーズは彼女以上に年を食っているようだ。
「かるく五百年くらいな。ちなみにラティカはその倍以上」
それと、とイーズは付け加える。
「明日から毎朝今より三時間早く起きてここに来い。オレが相手をしてやる」
「イーズが?」
「当たり前だろ。オレに勝てれば、だいたいのやつには負けないぜ」
「ラティカにも」
「お前の兄ちゃんにも、な」
勝てればの話だけど、とイーズは笑った。