第三章 青いドラゴン Ⅴ
彼らは怒っているとラティカが言ったはずだった。しかし目の前の精霊たちは、カリンに親しみのこもった目線を向けてくる。
「エレイナさまは?」
「全部、彼女のおかげなんだよ」
リーシェンが言う。
「精霊は相手の気持ちがわかる。エレイナは心がきれいなひとだから」
精霊たちがうなずいた。
「会ってみて彼らも、エレイナも気づいたんだよ」
何に、とカリンはたずねない。
「ぼくも、ね。実際に彼らと会うのははじめてだったんだ。会わないとわからないことは、たくさんあるよ」
『翼の眷属』たちはリーシェンを敬っているようだ。しぐさからそれがわかる。彼を王として認めたということなのかもしれない。
「噂でしか知らない王を支持するわけがなかったんだ。ありがとう、カリン」
「あたしは何もしていないわ」
「きみがいなかったら、ぼくはここに来なかった。気がつかないままだった」
二度目の感謝の言葉は、素直にうれしかった。何よりリーシェンがいちばん歓喜している。
精霊たちに導かれ、カリンは庭に足を踏み入れた。空の上だということが信じられないほど遠くまで緑が続いている。生えている草は地上の物と同じ。図鑑に載っているものばかりだった。
神殿から少し歩いたところに石で作った祭壇のようなものがあった。そこにエレイナとラティカがいる。近づいてみると彼女たちが精霊と話をしているのがわかった。声に出す会話ではない。心と心を触れあわせる対話だ。
「カリン」
エレイナがふり向く。
「帰ろう」
「あの、身体のほうは」
「忘れていた」
王女は笑う。
「身体があると、気持ちを伝えるのは大変だな。魂だけなら、こうして相手のことがわかるし、こちらのことも知ってもらえる。通じ合える。人間相手だとそうはいかない」
「エレイナさま」
「でも、私は人間だ。そして多くの人間の気持ちを理解し、こちらの意図を伝えなければいけない立場だ。女王になるまえに、もっと多くの人たちと知り合いたい。相手を知ることができるように、相手に知ってもらえるように」
精霊たちはエレイナに同意するようにうなずいた。ラティカもほほ笑んでいる。
祭壇にはエレイナの身体が横たえられていた。その腕には金の環がある。溶接されたそれははずすことができない。金をさしだすという約束のために、精霊たちはエレイナの腕から外れない金の腕環を身体ごと運んだのだ。
かわりはどうするのだろうかとカリンが思ったとき、王女が言った。
「これを魔法ではずせるだろうか」
「それでは、エレイナさまは王女の証をなくすことに」
「かまわない。どうせ女王になったら外すことになるのだから。大切なのは目に見える証ではない。あってないようなものだ。母上もお気になさらないだろう」
カリンが危惧するのは、エレイナが本物の王女であることの証明ができなくなり、偽物だと疑われることだったが、エレイナは特に気に留めるようすがない。
「大丈夫。私が私であることを証明する方法は他にもたくさんあるし、そもそも疑われないだろう」
「それならいいのですが……」
カリンは杖を召喚する。炎を呼びだす創造魔法はカリンの得意とするところではないが、金属を断ち切る程度の炎を出すくらいならば朝飯前だ。呪文も魔法陣も使わずにやってのけた。
エレイナが感嘆の声をもらす。
「リーネ・エレクトラ……」
ラティカが言う。大魔法使いと一緒にされては申し訳ない。カリンはリーネ・エレクトラと同じ形の杖を使っているものの、リーネが得意とした創造魔法や造形魔法が苦手なのだ。
「前の継承者と似ているような、まったくちがうような」
「ラティカ?」
「いいえ、なんでも」
前の継承者――名前だけはカリンも知っている。“彼”はあまりに有名なので、知らない魔法使いのほうがまれだ。似ていると言われるのは、ある意味では不名誉なことだ。
ラティカはそれ以上、そのことに触れなかった。
「リーネはぼくを見ることができなかった。そして彼も」
リーシェンがつぶやいた。
「四大魔法使いの中でぼくを見たのはバルサだけだ。杖の前の持ち主なんて関係ないよ、カリン」
その言葉にカリンは救われた。