第三章 青いドラゴン Ⅳ
あそこになにかいるような気がするの。
あそこに? お兄ちゃんが見てきてやるかな、泣くんじゃないぞ。ほら、何もいない。
いるよ。見えたもん。こっち見てる。怖いよ。
お兄ちゃんには何も見えないぞ。
いるもん、いるもん。
いないって。ほら泣くな、カリン。泣いたら母ちゃんにしかられるぞ。兄ちゃんたちに怒られるのはぼくなんだからな。泣かないで、カリン。
なんで見えないの。ジャンのばか。怖いよ。
思い返せば精霊が姿を現すのは、たいていカリンが一人きりのときか、二歳上の兄と一緒にいるときだった。
会いたいと思う。家族に会いたい。
泣きそうになるが、なんとか涙をこらえる。泣かないと約束したのだ。泣いたら、夢をすてなければならない。
カリンは目をこすりながら体を起こした。どれくらいの間、気を失っていたのだろうか。固い感触があるということは、ここはもう空の上ではないのだろう。
ふと、左手がだれかに握られていることに気づいた。あたたかい手。
「リーシェン」
よかった、と精霊の王はカリンの顔をのぞきこんでほほ笑む。
「きみの心が落ち着いてきた。さっきまで、ずいぶんおびえていた。だから彼らも姿を隠してしまった」
「……どうして、あなたの手はあたたかいのかしら。精霊なのに」
実体を持たないはずなのに。
リーシェンは首をかしげた。
「きみがそう思うから、じゃないかな。さあ、起きて。彼らも心配している」
リーシェンの手に支えられて、カリンは立ち上がる。
そこは神殿のようなところだった。学園の図書室にあった図鑑を思い出す。そこに描かれていた古いオルフェリア神殿にそっくりだった。いくつもの柱が石の天井を支えている。壁はない。外には緑が広がっている。
「ここはどこ?」
「空の上」
リーシェンは言った。
「あまり遠くに行かないようにね。下に落ちてしまうから」
カリンの表情がこわばったのを見て、リーシェンは笑う。
「……任務の途中だというのに情けないわ」
「誰だって苦手なものはあるよ。人間だって、精霊だって」
「でも」
「きみは弱いのに、それを隠す」
事実だった。だが、誰かに指摘されたくなかった。
「そうよ。だけど、それだっていいじゃない。弱い人間なんてだめなのよ。あたしの気持ちがわかるんでしょう? だったらどうして、そういうことを言うの」
それはきっと、リーシェンが相手のことを考えて発言しないから。理由は明らかだ。彼にとって、相手の気持ちなどどうでもいいものなのだ。
精霊だからではない。リーシェン自身の問題だ。
そうやって誰かを悪にする自分を、カリンは悲しく思う。
あたしは、あたしがいちばん大事なんだ――。
「カリン、来たよ」
リーシェンの指さした先には、柱の陰からこちらをうかがう精霊たちの姿があった。
人間のような姿をしているが、その耳は三角形で背には四枚の羽根がある。何より人間と違うのは、その背丈である。カリンの手のひらほどしかない。
「あなたたちがあたしを助けてくれたのね。ありがとう」
カリンが言うと、精霊たちは恥ずかしそうにうなずいた。