第二章 消えた王女 Ⅴ
まずはエレイナの身体を取り戻すことが先決だということで、全員の意見は一致した。
「彼らのすみかは」リーシェンは人さし指を立てた。「空だ」
「どうやって行くの」
「あてはないわけじゃないけれど」
彼女がぼくの言うことを聞いてくれるかどうかわからない、とリーシェンは不安げに言う。
「あのおっそろしいねーさんね」おもしろくなってきたと言わんばかりに、マイがにやりと笑った。
ラティカ、とカリンはつぶやいた。あの、青い髪の精霊。
「エレイナさま、心配しないでください」
今まで彼女を不安がらせるようなことをしゃべっておいて何を言うのかと思いながらもカリンが声をかけると、エレイナは口元に微笑を浮かべて、首を横にふった。
「大丈夫だ」
青の目がまっすぐカリンを見つめる。
「わかっている。それにティルもあなたたちを信用している。だから大丈夫」
ただ、と王女は続けた。
「ティルが私の不在を心配している。私がいくら声をかけても気づいてくれない。できれば早くティルを安心させてやりたい。……すまない、これはわがままだったな」
「いえ」
真っ先に反応したのはマイだった。
「おれに任せてください」
ティル=エーリクは婚約者の姿をみとめると、すぐさま彼女のもとに駆け寄った。
「エレイナ!」
抱きしめられたエレイナは、愛おしそうに婚約者の名を呼ぶ。その声はカリンが聞いた中で、もっともあたたかかった。ふたりは間違いなくお互いを愛し合っている。たとえ政略による婚約だったとしても、ふたりにはもうそんなつまらないことは関係ない。
いいなあ、とカリンは自然に思った。羨望からではなく、憧れから来る感情だった。
すべてはマイの眼鏡による効果である。組み合わされた結界を通し見ることによって、“見る”力を持たない者も可視できる。
「見たくないものが見えなくなってせいせいする」
眼鏡をはずしたマイが大きくのびをした。見えなくとも、マイの声は相手に聞こえる。
「ふうん」
だが精霊であるリーシェンの声はマイに届かない。
「おもしろいよね、マイは」
リーシェンが名前だけでマイを呼ぶのを、カリンは初めて聞いた。やれやれ、といった顔もちでリーシェンはマイを眺めている。
「あの眼鏡はよほど苦労しないと作れない。彼はぼくが知るなかでいちばんの努力家だと思うよ。人間のことはあまりよく知らないけれど」
もし今の言葉をマイが聞いたらどう思うだろうか。
思いがけないリーシェンの気持ちに、カリンは面食らった。
「もちろん、本人には絶対に言わないよ」
リーシェンはいたずらっぽく笑う。
「それではぼくが負けたみたいだから」
結局彼は負けず嫌いなのだ。マイも、そしてリーシェンに称賛されたマイを嫉妬する自分もまた。マイのほうが努力家だと言われたことに、カリンは少なからず闘争心をおぼえた。朝晩の魔術の修業をもっと強化しようと心に決める。
「意外だ」リーシェンが言う。「きみがそんな反応をするなんて思いもしなかった」
聞こえないからっておれの悪口を言っているんだろ、わかってるぞ、とマイが虚空をにらみつける。彼の見つめている先にリーシェンはいない。
「全然ちがうわよ」
そんなマイがおかしくてカリンは笑った。リーシェンもかろやかに声をあげて笑う。マイはむっとしたように顔をしかめた。いつもは分厚い眼鏡に隠されがちだった表情が、今ははっきりとわかる。
「できることならこのままこうしていたいのですが」
少し離れたところにいたティル=エーリクが口をひらいた。眼鏡をはずして、マイに渡す。
「ありがとうございました」
「どうも」
眼鏡をかけたマイは、ここぞとばかりにリーシェンをにらんだ。
「見えなくなってしまいました。残念ですが、それでもここにエレイナはいるのでしょう。ここに」
ティル=エーリクの視線の先には彼を見つめるエレイナの姿があった。
信じることが見えることにつながる。信じなければ、存在は認められない。ないものは見えない。見えないものは、存在できない。
魂はなんと不安定で不確かなものなのだろうか。“見えない”ことを恐れる日が来ると、カリンは今のいままで考えもしなかった。