第二章 消えた王女 Ⅳ
マイは嫌がったが、リーシェンの申し出をカリンはありがたく受けることにした。
精霊のことについては、精霊王である彼がいちばん詳しいはずだ。貸しを作ろうと考えているのかもしれないが、手段を選んではいられない。
「言ったでしょう、カリン。ぼくにも責任があるって」
リーシェンはすねたように肩をすくめた。精霊である彼には、カリンの考えていることなどお見通しなのだ。マイにけげんな視線を向けたところを見ると、どうやらふたりともお互いをこころよく思っていないらしい。
「とりあえず」とカリンは火花を散らすマイとリーシェンの間に割って入った。「リーシェンは何を知っているの?」
「だれがエレイナ・マリオンの身体を持ち去ったかということ」とリーシェンは答える。「それにはだいたい見当がついているよ。ただ、残念ながらそれが彼女を取り戻すことにはつながらない。まずはエレイナ・マリオンの魂を見つけ出す必要がある」
「……たいして役に立たないじゃないか」
ぼそりとマイがつぶやいた。
「身近なところでさまよっているかもしれない。かたっぱしから探そう。意外と名前を呼んだら返事をしてくれたりして……エレイナさまー」
まさか、とマイの冗談を笑い飛ばそうとしたカリンだが、すぐに真顔に戻った。マイと顔を見合わせる。
「見える?」
「見えた?」
「私が見える?」
“彼女”は自分の顔を指さした。
「ほんとうに?」
カリンとマイがうなずくと、不安げな表情がぱっと明るくなる。
よかった、と彼女はつぶやいた。実際に見るとこんなにも美しいのか、とカリンは思った。顔立ちだけではない。内側からあふれでるような力を感じさせるひとだった。
エレイナ。キシリヤ王国の第一王女。ティル=エーリクの婚約者。
豊かな黒髪に海の色の瞳。日に焼けた健康的な肌は、同年代のカリンから見てもみずみずしく、まぶしく見えた。王女というからには部屋にこもりきりで、外に出たがらないのだろうという考えは見事に打ち砕かれた。
思わずじっと見つめてしまい、カリンは不敬に気づいて慌てて目をそらす。そんなカリンにエレイナは笑いかけた。
「あなたは魔法使いなんだから、私をそんなふうに思わないでほしい」
感情を読まれたことにすこし驚いたが、すぐ我にかえる。今のエレイナは魂だけの存在だ。精霊と同じなのだ。そうだね、と隣のリーシェンが言う。
「あとはエレイナさまの身体を取り返せば万事解決ってところか。おい、リーシェン、だいたい見当はついてるんだろ?」
マイの問いにリーシェンは答えなかった。
「お願い、教えて」
「うん。いいよ」
カリンには笑顔で応対する。マイが舌打ちをした。カリンは苦笑いを浮かべるしかない。
エレイナが目をしばたたかせた。
「そこにだれかいるのか」
カリンは隣を見る。リーシェンがエレイナに向かって手をふる。だが、王女の反応はない。
「ぼくのことはいいよ」とリーシェンは言った。「精霊を知っているか、と聞いてほしい」
「エレイナさま」
知らなければ、見ることができない。たとえ彼女が肉体の壁を抜け出た存在であっても。じゃあ、あたしはなぜリーシェンを見ることができる?
隣でリーシェンがさみしげな表情を浮かべたことに、カリンは気がつかなかった。
「エレイナさま、精霊というものをご存じですか」
「セイレイ」
ああ、とエレイナは何かに思い当たったらしい。
「神の使いのことか」
「いえ、それは“聖隷”」
マイが訂正する。カリンの知らない言葉だ。
「十二神がそれぞれに作ったしもべのことを、昔はそう呼んだ。それもごく限られた地域でのみ使われた」
エレイナのようすから察すると、彼女は精霊を知らない。
「そうか」リーシェンは苦い顔をした。
「するとなると、やっかいなことになる」
「どうして」
カリンは問う。
「契約が忘れられてしまっているみたいだ。“彼ら”が怒りだしたら、ぼくじゃ対処できない。どうしよう」
「どうしよう、じゃないぞ。この役立たず」
何とかするしかないだろ、とマイが言った。