第一章 公子からの手紙 Ⅵ
カリンとマイはティル=エーリクの部屋に通された。
堂々と正面から入るわけにはいかないだろうとカリンが思っていると、第三公子は一枚の紙を取り出して言ったのだ。
「ここに私の部屋へと通じる魔法陣があります」
複雑な文様が描かれた紙を渡される。
「裏道はいくつかあるのですが、万が一のことを考えるとお教えすることはできません。お気を悪くさせてしまったなら申し訳ございません」
「い、いえ、そんなことは……」
腰のひくい公子に戸惑いながらもカリンは杖を召喚し、移動魔法の呪文を唱えた。ひと手間かけて、魔法が成功すると魔法陣の描かれた紙が燃えつきるようにしておく。
そうして訪れたティル=エーリクの部屋は、カリンが予想していたよりはるかに質素なものだった。
寝室とふたつ続きになってはいるらしいが、執務用の部屋はディーレン支部のカリンの部屋とたいして変わらない広さである。調度品は高価なものにちがいないが、物の数は少なく、公子それもキシリヤ王女の婚約者という身分に不釣り合いな部屋だ。リディル王女の部屋とつい比べてしまうからだろうか。
部屋の中でもっとも存在感を放っていたのが、壁に飾られた弓である。公子がそれらを大切にしていることをカリンは感じ取る。最初の印象からは想像できなかったが、どうやらティル=エーリクは弓をたしなむらしい。
そして、棚にはカリンの見慣れた本が並んでいる。魔法組合出版部が発行している一般人向けの魔法書だけではなく、十二賢人リオーネ・セラフィードの魔法史著作や、ハーウェイ・ファーマシーの魔法植物に関する書物などまでそろえてあることにカリンは驚く。
「最近、魔法というものに興味をおぼえまして」
ティル=エーリクに気がつかれ、カリンは少し恥ずかしくなった。人の部屋をもの珍しそうにじろじろ見てしまったことを反省する。
「公子さまは、魔法組合のことをよくご存じですね」
「どうぞティル、とお呼びください。私のほかにアデレード公子は四人もおりますので」
「はい、ティルさま」
ティル=エーリクはにこりとほほ笑んだ。
明るいところで見ても、やはり穏やかな雰囲気をかもしだすひとである。
肩ほどまでの長さの茶髪はどこかで見たことのある色だと思ったら、マイのそれとよく似ていた。よくよく見れば青い目もマイと同じだ。マイはいつも分厚い眼鏡をかけているせいで素顔がわかりにくいが。だからといって、マイと公子の顔が似ているというわけではない。公子としがない魔法使いを同じにするのは畏れ多い話である。
「私の国には魔法組合の支部がありません。私にとって、魔法はそれほど身近なものではなく、どこか遠い存在だったのです。魔法使いを頼るなど、考えもしませんでした」
ティル=エーリクが苦笑する。
「いろいろなできごとが重なり、私も考えを改めました。そうして、あなたがたをお呼びしたのです」
「じゃあ、なんでキシリヤ支部ではなくて、わざわざディーレン支部に依頼したんですか?」
それまで黙りこんでいたマイが口を開いた。
「本部だってよかった。どうして魔法使いがたった三人しかいないディーレン支部だったんです? 第三公子殿下」
棘のある言い方だ。
「すみません! ……ちょっと、マイ」
「カリンは黙っててくれ」
普段のんきなマイにしては異様なほど焦っている。
「なぜ、ですか?」
カリンはマイの態度が公子の気分を悪くさせたらどうしようかと慌てたが、ティル=エーリクはたいして気にもとめていないようだった。
「依頼が依頼だけに、身近なキシリヤ支部の魔法使いには頼めませんでした。どこから漏れて、人々に伝わるかわかりません。混乱をまねくようなことは避けたかったのです。そのときちょうど懇意にしている魔法使いの方がいらっしゃって、あなたがたを推薦してくださいました」
「……その魔法使いに頼めばよかったんじゃないですか?」
「マイ!」
自分たちを推薦するような魔法使いがいるとは信じがたかったが、それをさしひいても今日のマイはおかしい。
「頼めなかったのですよ、マイさん。魔法使いにも得手不得手があるでしょう」
「じゃあ、その肝心の依頼ってなんなんですか?」
マイの問いに、ティル=エーリクは顔をくもらせた。
「……王女の捜索です」
カリンは耳を疑う。
「二日前の夜からエレイナの姿が見えません。“ある”のに“ない”と魔法使いの方はおっしゃいました。これ以上は探せない、と。あなたたちだけが頼りなのです」
お願いします、とティル=エーリクは深く頭をさげた。