第一章 公子からの手紙 Ⅴ
日がかたむきはじめると、家々に灯がともりはじめた。夜になるとにぎわっていた市場も店じまいをして、急に静かになってしまうのがリディル王都だったが、ここではまるで違う。大通り沿いの店はさらに活気づき、客のほうも昼間以上に陽気である。
「太陽の国と呼ばれるだけあるなーやっぱり。祭りでもはじまりそうな勢いだ」
マイが苦笑する。
人々の顔の輝きを、カリンはまぶしく思った。酒に酔った悪がらみや、頭の軽い若者たちの群れのばか騒ぎのようなものではない。それは燃える生命のあらわれなのだ。
「生の神ララーナを深く信仰してる国らしいし」
「マイ。あなた、わかってると思うけど、この国のひとの前で神さまはいないだとか言ったらだめだからね」
「はいはい」
それにしてもマイはキシリヤについて詳しいようだ。リーザイン魔法学園では習わなかったようなことを、マイは当たり前のように知っている。その知識はいったいどこで得たのだろうか。
ふたりは海岸に向かって歩き出した。太陽が沈み、月が水平線のかなたから顔をだす。
「月の、海」
カリンはつぶやく。
人々の喧騒が遠くからかすかに聞こえてくる。波の打ちつける音がそれをかき消す。
海の色と水面にうつった月の色、それから夜の闇が混じりあい、この世界のものとは思えないほど美しい景色を生み出していた。太陽の国が持つ別の顔は、静かで神秘的な夜だった。
砂を踏む足音に、海を見ていたカリンははっと顔を上げた。
「お待ちしておりました」
穏やかな男性の声だった。
「私がティル=エーリクです」
思わずカリンは深く低頭してしまった。そうしなければいけないような気がしてしまったからだ。目の前の公子が放つ雰囲気は、身分の高い者しか持ちえない洗練されたものだった。
リディル王女もリディル王子もこんなのじゃなかった、とカリンは思った。
「顔をあげてください、魔法使いさん。魔法使いに身分は関係ありません。私をただのひとりの人間と見てください。それが魔法使いの掟でしょう」
おそるおそるカリンが顔を上げると、公子はにこりとほほ笑んだ。
「ありがとうございます」
やわらかに言葉をあやつるひとだった。リディル王族のように権力をふりかざすようなことはしないのだろうと思わせる。
年の頃は二十半ばほどだろうか。リディル王子と同年代だが、公子のほうがいくぶん大人に見えた。比べるのも酷な話だが、お世辞にも美しいとは言えないごつい顔つきのリディル王子と、目の前のアデレード第三公子とでは天と地ほどの差がある。月明かりだけではよく見えなかったが、リディル王子よりよほど『王子』然としていることは明らかだった。
「カリン・アルバートです」
「……マイ・オリオンです。第三公子殿下」
彼を見て、相棒はどのように考えたのだろうか。カリンは少し気になった。マイは複雑な表情をしていた。
「よろしくお願いします。カリンさん、マイさん」
名を呼ばれ、マイがほっとしたように見えたのは、カリンの気のせいだったか。