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精霊島の花嫁  作者: 茶野
空に浮かぶ庭園
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第一章 公子からの手紙 Ⅳ

 思い出すのは、首筋にあたった短刀の背の冷たさと、大切なものが急に抜け落ちた喪失感。いい気味、と自分をあざ笑った王女の姿は、まだ三か月前のことだというのにぼんやりとしていてよみがえってこない。足元に落ちた長い金の髪。

 リディルの女にとって、髪は命にも等しい。それを権力という椅子に座った人間は簡単に奪うことができる。

 思い出したくないから忘れようとしているのかもしれない、とカリンは思った。

 もし、自分が卑しい身分の出ではなかったら。もし、自分が金髪ではなかったら。あの事件は起こらなかったはずだ。

 しかし、身分も容姿も生まれつきのもので、「そうでなかったら」と仮定することなどできやしない。

 魔法使いは俗世のしがらみとは無縁でなければならない。だがこの掟は、王族や貴族など高貴な身分出身の魔法使いへの戒めであるようにカリンには思われる。農民出身の魔法使いが王族や貴族に大きな顔をしてもよい、と許可するものではないとつい考えてしまう。

 いちばん嫌なのは、身分を気にしてばかりいる自分自身なのだ。



 *



 キシリヤ支部には寄らず、直接キシリヤ王都へと飛んだ。

 魔法の光が消えて目が慣れるよりも早く、潮のにおいがカリンの鼻孔をくすぐった。目を開けると、異国情緒あふれる風景が広がっていた。

 カリンが今までに見てきたものとはまったく違うつくりの建造物が立ち並ぶ。道ゆく人々の着ている衣服は、その色からして珍しい。カリンの知らない色でキシリヤは満ちあふれていた。名前を知らないので、表現することさえできやしない。

 ディーレン島も海にかこまれているが、キシリヤのそれはまるで別物だった。空の色に近い。砂浜も白く、輝かしい。ただただカリンはみとれていた。

「早く行こう、カリン」

 この風景を見てもマイがそっけないので、カリンはむっとした。

「火薬しか興味ないあなたにはわからないのね」

「そうじゃないけどー」

 両端に露店が立ち並ぶ大通りを、マイはどんどん進んでいく。仕事が終わったら店をのぞいてみよう、とカリンは心に決めた。ちらりと見えた値札から判断すると、キシリヤはリディルよりも物価が安く、カリンの少ない所持金でも楽しい買い物ができそうだった。

 しばらく歩くと、ディーレン島とだいぶ気候が異なることに気がつく。

「マイ、なんだか暑くない?」

 もう十一の月ルフランディルだというのに日ざしは強く、空気はしめっている。中級魔法使いであることを示す黒いローブを着こんでいるため、人一倍蒸し暑さを感じるのだ。マイはいつもどおりに腕まくりをしている。カリンも彼にならった。

「そうかなー」

 マイは平然としている。

「ま、ここは常夏の島だから暑いのも当然だろ」

 周りの人々が真夏のような姿をしている中で、カリンとマイだけが暑苦しいローブ姿なのである。

「黒がいけないのよ、黒が」

「じゃあ、さっさと上級にならないといけない」

「……だれがその邪魔をしたと思ってるの」

 ばつが悪そうにマイは視線をそらした。

「そんなことより、ほら、王宮」

 マイが話題を変えようとしていることは明らかだったが、彼の指さした先を見たカリンはつまらないことを一瞬で忘れた。

「すごい……!」

 リディルの王城ほど高く巨大ではない。同じ白を基調としているが、リディル王城がきらびやかと形容されるなら、キシリヤ王宮は神秘的な美しさをもつといえるだろう。丸みをおびた様式は他に類をみない。

 城門はなく、王宮への入り口は民衆に向かって大きく開かれている。

「正面突破はたぶん簡単にできるけど」

 マイが言う。

「まずは腹ごしらえだ」

「ちょっと待って、依頼はどうするのよ」

「いいんだよ。もうすぐ日が暮れる」

 マイの言葉にカリンは首をかしげた。朝早くに依頼の手紙を受け取り、すぐにディーレン島を出てきたはずだった。

「時間差ってのがあるってこと、きみは知らない? リディルとディーレン島はたいしたずれがないから気がつかないのもしかたないか。とにかく、ずれてるわけ」

「日が暮れるとどうなるのよ」

「おれの勘だと、『月の海』の謎が解ける気がするんだよなー」

 たしかに彼の勘はよく当たる。解決策もなく、他人に軽々しく聞けるものでもないので、カリンはマイに従うことにした。



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