第一章 公子からの手紙 Ⅲ
中級魔法使いに依頼だ、とシセルは言った。椅子に腰かけ、懐から封筒を取り出す。それをおそるおそるカリンは受け取った。
ディーレン支部に来て、はじめての依頼だ。うれしさに体の震えがとまらなくなる。
「めんどくさいなあ」
マイがぼそりとつぶやいた。中級魔法使いは必ず、二人一組で任務にあたる。ディーレン支部に中級魔法使いはふたりだけ、必然的にカリンとマイがこなさなければならない。
だが、カリンの手元をのぞきこみ、差出人名を確認してすぐに彼の態度は変わった。
「シセルさま、これ、ちゃんと正規の手続きを経ていますか?」
「いや、さきほどばーさんが来て置いていった」
魔法組合リーザス・クラストの魔法使いに依頼をするときは、直接近くの支部を訪れるか、組合本部を通して支部へ伝えるかの二通りがある。カリンの手にした封筒には、本部を経由するときに捺印されるしるしがなかった。
「冗談……のはずがないか」
「マイ? このひとと知り合いなの?」
ぶつぶつつぶやくマイをカリンはいぶかしんだ。正規の手続きを踏んでいない時点で、この依頼状からはあやしげな香りがする。
「知り合いとか以前に、依頼主の名前見たら驚くだろ。アデレード公国の第三公子さまだ」
「え?」
予想のはるかななめ上をいく答えに、カリンは目を瞬かせた。
「ティル=エーリク・アデレード殿下。アデレードの公子だけど、キシリヤ王国の王女と婚約中。でもって今はキシリヤにいるはず」
マイはアデレード公国出身であるだけに、故郷の情報には敏感らしい。
「でも、それならキリシヤにならキシリヤ支部があるじゃない。どうしてわざわざ、ディーレン支部に……」
「さあ。だから、さらに驚いたよ」
「この印、ちゃんと本物なのかしら」
「本物だよ」言いきってから、マイは「たぶん」と慌てた様子でつけ加える。
カリンは封を開けた。端正な文字で要件のみが書かれている。報酬とその受け取り方法、日時、場所はきちんと書かれているのに、肝心の依頼内容は、ただ『月の海で待つ』のみ。二か月前のリディル王国王宮での任務――カリンたちがディーレン支部に左遷された原因となった事件も、リディル第二王女という高貴な身分の人間からの依頼だっただけに、カリンは嫌な考えしか浮かばなかった。上級魔法使いになるためには、任務のえり好みなどしていられないとはわかってはいるけれど。
「さすがに同じ過ちをおかすことはないと思っているが、マイ。火薬には気をつけること」
カリンの思っていたことを、シセルが代弁してくれた。
「まあ、リディル第二王女よりはまともな人間だろうから大丈夫だろう。アデレード公国は公子公女そろって優秀だと聞いている。中には国を出て行方のしれない公子もいるらしいが、第三公子に関しては心配する必要はない」
「そうそう。第四公子さまなんか、女嫌いをこじらせたあげくに出家して、女人禁制の修道院に入っちゃったらしいし。お国事情ってのがいろいろあるんだろうな」
「ほんと、よく知っているわね」
「……まあ、こんなことくらいアデレードの人間ならみんな知ってるだろうけど」
カリンには第三公子と第四公子の区別もあまりつかないが、すこし安堵した。
「まずはその場所に行って、話を聞いてみないといけないわね」
それにしても『月の海』とはいったい何をさすのだろうか。
「キシリヤは島国だし……海なんていわれても」
「そうだよなあ」
カリンは公子からの依頼状を見るのに気をとられていたので、マイが無理に知らないふりをしたことに気がつかなかった。シセルが横から助け舟を出す。
「一度キシリヤに行ったほうが早いだろう」
棚から魔法地図を取り出し、机の上に広げる。