第一章 公子からの手紙 Ⅱ
部屋の窓を開けると冷たい風が吹き込んできたので、すぐに閉めた。十一の月ルフランディルももう半ば、冬の到来が近づいている。
昨日よりも一枚余分に上着を着て、カリンはローブをはおった。と、同時に爆発音がとどろく。足元にいた『毛玉族』たちが驚いてとびはねた。
「マイ!」
今日の爆発はひどい。部屋を出てみると、廊下の床が抜け落ち、煙がたちこめてきているのが見えた。真下は厨房である。
「いったいなにやってるの!」
返事はない。穴から下をのぞきこむと、煙の中にいくつかの人影が確認できた。怒り心頭のまま、カリンは階下に向かう。
「建物の中で火薬は禁止――」
カリンは言葉を失った。
厨房の空気は異常なほどにはりつめていた。
火薬を手にしたマイとその隣のイーズに対するのは、長槍をかまえた背の高い女性。
精霊だ、とカリンはすぐに察した。高いところで二つに結った青く長い髪から、三角形の耳がのぞいている。二十代前半に見えるが、実年齢は見た目の年齢と一致しないだろう。
彼らが臨戦態勢にあることはすぐにわかった。原因こそわからないものの、それを止めるべきだということも。
どう行動すべきか悩むカリンの背後で気配がした。
「修業の成果とやらを見せに来たのかい、ラティカ」
女の精霊は声の主をぎろりとにらみつける。
「黙れリーシェン。きさまに用はない。私が戦いたいのはイーズ、きさまだけだ!」
槍の先が鋭く光る。
「……あんた、またこいつの餌食になりたいわけ?」
マイが視線で、手にした火薬をしめす。
「お姉さん、決闘は自由だけどさ、おれたちの朝食をだいなしにしてくれた責任はとってくれるのかな?」
テーブルの上の皿には炭化したなにかが乗っている。
「それはマイが自分でやったことだろうが」
イーズが苦笑した。
「でも、まあラティカ。今はオレも忙しいし、あとにしてくれないか」
「そうだよラティカ。ほら、カリンが怯えている」
きさまは黙っていろ、と眼光を強めた精霊ラティカだったが、カリンに気づくととたんに態度を変えた。
「あなたがカリン・アルバートさまですね?」
槍を背におさめ、カリンの前に歩み寄ってくる。そしてうやうやしくひざまずいた。
「私はラティカと申します。魂が消滅するまであなたをお守りする所存。以後お見知りおきを」
「え?」
「私たちの一族は代々精霊王の妃に仕えてまいりました。ですから私もその伝統にのっとり――」
「ちょっと待って」
カリンは慌てた。
「顔をあげてください、ラティカさん。あたし、リーシェンの奥さんになるつもりなんてないんです。あなたはかん違いしています。それにあたしは敬称をつけて呼ばれるほどの人間じゃない――カリン、とだけ呼んでもらえればいいんです」
「わかりました。あなたの命令とあらば」
すっとラティカは立ち上がる。凛とした美しい顔立ちに、カリンしばし見とれた。
「だから、あたしはあなたに命令する立場の人間じゃなくて――」
「カリン、それは困ります。あなたに否定されては、私の存在意義がなくなります。できそこないの王に代わって、私がお願い申し上げます。どうか」
困ったな、とカリンは助けを求めてあたりを見まわした。
「そう、きみがこの島に来ることを伝えたら、ラティカはもっと強くならないといけないと言ってね。ここ二か月ほど故郷に帰っていたんだ」
リーシェンが言うと、ラティカは不機嫌な顔つきになる。
「オレもカリンちゃんがリーシェンの妃になってくれれば助かるんだよなあ」
「イーズまで何を言うの? だから、あたしは断るって言ってるでしょ――」
「それは困ります、カリン!」
ラティカ、リーシェン、イーズに囲まれるとえもいわれぬ威圧感がある。やはりこの島に来たのが間違いだったのだ。こんな人の少ない島では、だれも助けてなどくれない。
「いいかげんにしろよ」
それまでむっと黙り込んでいたマイが口をひらいた。
「三対一は卑怯だと思うんだよね」
「……そういう問題じゃないでしょう、マイ」
相棒は今日も頼りにならない。
「ラティカは精霊なんだろ? だったらイーズみたいに、そこの自称・精霊王さんに仕えればいいじゃないか。存在意義がほしいなら」
「うるさい。私はこいつを王と認めたつもりはない」
「へえ。それなのに、カリンには妃になれと。そんなのおかしいじゃないか」
マイとラティカの間に火花が散る。
「なんなら、おれと勝負する?」
「いいだろう、それならば外に出ろ!」
「――そこまでだ」
低い声が割って入った。
「シセルファ、何をする!」
「なんでぼくまで」
シセルは黙ってラティカとリーシェンを部屋の外に追いやると、杖を召喚し結界を張った。そしてなにごともなかったかのように言う。
「おはよう。カリンに朗報があるぞ」