第一章 さまよえる魔法使い Ⅲ
マイが断言したとおり、声は正しかった。言われたとおりにひたすらまっすぐ進むと、人が住んでいそうな家がちらほらと見えてきた。それらの家のどれもが質素な板ぶきの同じつくりであり、ここ数年のうちにできた新しいものであろうと思われる。家と家をつなぐ道はない。草原にぽつり、ぽつりと民家が立っているのだ。
「うわあ、田舎だ」
マイは開口いちばん、そうもらした。
「こんなところ産業もなさそうだし、いったいどうやって生活しているんだろう」
遠慮のない言葉にあきれながら、カリンは民家の先を指さす。
「よく見なさいよ。あっちに畑があるでしょ」
「ああ、たしかに。でも小さすぎやしないか」
「三人くらいなら、あれで十分よ。生きていくには、ね。まあ、食卓には決まったメニューしか出てこないでしょうけど」
「ふうん。やっぱりカリンはそういうことにくわしいな。出身のちがいって、けっこう大きい――」
しまった、とばかりにマイは口をつぐんだ。
「ごめん。また、余計なこと言った」
「だから、それは聞きあきたって。いいのよ、言われ慣れてるし、今のは悪気がなかったって判断したから」
ふう、とカリンは小さく息をついた。育ちのちがい。それはうめることのできない大きな溝なのだ。理解してもらおうとは思わない。それは五年も昔にあきらめたことだ。一週間のつきあいでマイは出身のことを蔑むひとではないとわかったが、ふとした瞬間にえもいわれぬへだたりをカリンは感じてしまう。
これじゃ、なんのために魔法使いになったんだか――。
必要以上に元の身分を気にしている自分を反省する。
「ひとまずだれかに、魔法組合の支部がどこにあるか聞いてみましょう。ここに住むひとたちならだれもが知ってる、って上が言ってたから」
「魔法組合? リーザス・クラスト? なんだい、それは」
住人たちの答えは、カリンの予想に反したものだった。
「世界唯一の魔法使いギルドなんですが……この紋章、見たことありませんか?」
カリンが自分の胸の刺繍を指さすと、畑仕事をしていた中年男性は「いいや」と首を横にふった。「しらないねえ」
「いや、待ちな」
男性の妻らしき女が横から顔を出す。
「こりゃ、シセルさまの家の前にあったよ。この島に来たときに見たじゃないか。ほら、このぐにゃぐにゃしたやつが女神さまで、こっちの棒が杖だって。シセルさまに教えてもらっただろう」
「そうだったか?」
「あの」紋章を見ているとはわかっていても、ふたりが胸のあたりをじろじろと見るので、少しカリンははずかしくなった。「シセルさまって、シセルファ・カデットさまですよね?」
「うん? シセルさまってそんなたいそうな名だったかな」
脱力感がカリンを襲った。
「ええと。あなたたちをこの島に案内してくれたひと、なんですけど」
「ああ。それだそれだ」
「そのシセルさまがいるところを教えてもらえませんか?」
支部への道順を聞いて、カリンとマイは歩きだす。
「いいところだなあ」マイがつぶやいた。
「どうしてそう思えるのよ」
「だって畑とか見てみろよ」
どこが、とカリンは疑いながら点在する畑に視線をうつす。数秒ののち、ようやく納得した。
「そうね」
どの畑でも作物が一種類だけ栽培されている。そして、畑によって育てられている作物は異なる。協力、という言葉が頭に浮かんだ。
「たしかに、この点ではいいところだわ」
実家でも、学園でも、本部でもありえなかった光景だ。左遷された以上、このような『辺境』にいることは恥じなければならないのだが、あたらしい発見は沈んでいたカリンの気持ちを晴れやかなものにしてくれた。