第一章 公子からの手紙 Ⅰ
月明かりに照らされた窓辺で、彼は海を見ていた。深い青の水面に黄色の月がとけて幻想的な風景を作り出す。『月の海』という異称がしめすとおり、彼が今までに見てきたどの夜の海よりも美しい。
彼がこの地を訪れてから、もうすぐ一年がたつ。はじめて『月の海』を見たのも、ちょうど同じ、ルフランディルの月だった。そのときは強い北風が吹きはじめる晩秋の故国とはまったく違う、常夏の王国の気候にただただ驚かされていたものだ。
なつかしい過去の記憶をたぐりよせ、彼が感慨にふけっていると、遠くから足音が近づいてくる。
「エレイナ」
姿をみとめるまでもなく、彼は婚約者の名を呼んだ。
「どうしたのです、こんな遅い時間に」
「すこし夢見が悪くて」
彼女は自然と彼に寄り添う。彼は彼女のくせのある黒髪を指先でもてあそぶ。
「羽が生えた小さなひとたちが、わたしのまわりを飛んでいたんだ。約束を果たせって。なんのことだかさっぱりわからない」
「夢とは不可思議なものですからね。しかし、寝る前にやるべきことはすませましたか? 潜在意識がはたらいてそのような夢をあなたに見させたのかもしれませんよ」
「あたりまえだ。日々の仕事を怠っていて、立派な女王になれるか」
彼女は口をとがらせた。彼にしか見せない甘えた表情だ。普段、人々の前では王太子らしくふるまおうと気をつかってばかりの彼女が、自分の前でだけ緊張を解いてくれるのはくすぐったくて、とてもうれしい。
「ティルはどうして、こんなところにいるんだ?」
「弟から手紙が来まして、今夜は月蝕だそうです。弟のいる場所では見られないから、かわりに見ておいてほしいと」
「第五公子か」
彼女は彼の弟の名をつぶやいた。
「リディルで魔法使いをやってるんだよな」
「いえ、今は孤島で暮らしているそうです。あいかわらず、兄上がたは彼を国に連れ戻したがっていますよ」
「アデレードは第四公子も出奔しているからなあ。問題児ばかりだ」
「そうですねえ」
ふたりそろって笑う。一緒に暮らしはじめて、笑うタイミングが似てきた。
「ほら、見てください。月が欠けてきましたよ」
月が赤く染まっていく。