第五章 眠れる王 Ⅷ
朝の光が部屋のなかに注がれる。眠い目をこすりながら、カリンは寝台から身を起こした。
マイの火薬の爆発音で起こされない朝は平和である。材料がなくなった、と昨晩彼は言っていた。いい日だわ、と寝台の上で伸びをする。『毛玉族』の何匹かが床に転がり落ちた。
「よく眠れたみたいだね、カリン」
「ええ、おかげさまで……ってなんで、あなたがここにいるのよ!」
カリンが投げつけた『毛玉族』を、寝台のそばに立っていたリーシェンは余裕の表情でよけてみせた。
「きみの顔を見たくなったから」
「あたしはこんなところでこんな時間にあなたと会いたくなんかなかったわよ」
「どうして? かれらには添い寝を許しているのに?」
リーシェンは『毛玉族』や『猫族』たちを指さす。
「王のぼくをさしおいて、それは許されると思っているのかな?」
リーシェンを見つめていたかれらは、一斉にカリンの背に隠れた。
「あなたとこの子たちじゃ、話が別よ。着替えるからさっさとこの部屋から出ていって」
「どうして」
「どうして、あたしが無神経なあなたの頼みなんて聞かなきゃいけないの?」
「……わかったよ、しかたないなあ」
リーシェンがさみしそうな顔をして姿を消す。隠れていた、といっても数が多すぎて小柄なカリンからははみだしていた精霊たちが緊張を解いて部屋中になだれこむ。
どうやら低級の精霊であるかれらすらも、リーシェンは支配することができないらしい。彼の先行きが不安ではあるが、カリンの知ったことではない。
*
「うーん、もっと塩を入れたほうがいいな」
階段を下りると、厨房からマイの声が聞こえてきた。
「何をしてるの?」
カリンが部屋をのぞくと、マイとイーズが朝食を作っていた。
「おはよう、カリン」
「おはよう、カリンちゃん」
「おはよう……めずらしいこともあるものね」
へへ、とイーズが照れくさそうに笑う。
「オレは精霊だから食事をとったりなんてしないからさ、味とかもわからないだろ? だからマイに教えてもらってるんだぜ」
「そういうこと。カリンはセンスないし。おれがやるしかないよなー」
むっとしたが、その考えはすてきなことだとカリンは思った。
イーズは家事をやりたがっている。彼からその仕事をとりあげるのは心苦しい。しかし、マイの助けがあれば。
庭からは子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
リオンを母親のもとに送り届けたのを機に、シセルは彼とうちとけたらしい。リオンのつれてきた仲間たちの面倒を見るのが、シセルの日課になっている。最初はシセルの顔を恐れていた子どもたちだったが、今ではなんの気にもしていない様子だ。
朝早くから夜まで拘束されているのにもかかわらず、シセルは愚痴ひとつもらさない。それどころか、子どもたちと接するのが楽しくてしかたがないらしい。
「ああ見えて恥ずかしがりやだから」と言ったのはイーズだったか。
なにはともあれ、九の月アレイシスは終わりを迎えようとしている。
*
食堂の灯がついているのに気がつき、シセルは声をかけた。
「マイ。もう夜遅い。さっさと灯を消せ」
「わかってます。そう、シセルさまとふたりきりで話がしたくて」
マイはそれまで読んでいた手紙を、シセルに見えるように広げた。
「兄から手紙が来たんです」
「……それは何番目の兄だ」
やっぱり知っているんですね、とマイは息をつく。「三番目です」
「そうか」
「彼とは面識がないみたいですね」
「当たり前だ、マイス=エラルド。アデレード大公家の人間にそうそう会えるものか」
「……その名前で呼ばないでください。今のおれは魔法使いです。元の身分は関係ない」
シセルはうなずいた。マイが続ける。
「兄が婚約したそうです。来年にも結婚すると」
「第三公子とキシリヤ王女との婚約の話なら前々から出ていただろう? 王女が二十歳になるのを待って式を挙げると、俺も聞いていた」
「その兄ではなく、一番上の兄です」
シセルの表情が一瞬にして変わった。
「フィオナさまとなにかあったんですね? あなたが以前リディル支部にいたことは知っています。フィオナ王女はもともとおれの兄の婚約者だった。結婚を前に不幸にも亡くなった王女が、なぜ、ここにいるのですか?」
これは取引です、とマイは言う。その青の瞳は真剣だった。
「カリンにはおれのことを秘密にしてください。カリンの前では、マイ・オリオンでいたいんです。お願いします」
マイは深く低頭する。シセルは驚きを隠せない。
「どうして、そこまでして……元のお前の立場なら望めば簡単に」
「それじゃだめなんです。それでは対等になれないから――また、カリンに泣くのを我慢させてしまうから」
お願いします、とマイはくりかえす。シセルは静かにうなずいた。