第五章 眠れる王 Ⅴ
目を開けると、あたり一面に漆黒の世界が広がっていた。しばらくすると闇に目が慣れてきて、元の――ディーレン島の森に戻ってきたことがわかった。
精霊の国。あの不思議な場所では、願いがかたちとなってあらわれる。魔物の前から逃げ出したいと望んだことによって、カリンの魂は“国”の外へとはじき飛ばされてしまったのだ。
かたわらのリオンを見ると、彼はなにごともなかったのかのように眠っていた。ちゃんと息をしている。生きている。胸をなでおろしたカリンだったが、すぐに敵前逃亡の罪悪感におそわれた。
魔物相手に、カリンはなにもできなかった。まったく、なにも。
「……なんのために魔法使いになったのよ、カリン・アルバート」
誰に言うでもなくつぶやいて、カリンは唇をかみしめた。弱いままではだめなのだ、強くならなければ。
リオンを無事に母親の元へ帰すことが先決だ。眠っている少年の腕を自分の肩にまわして立ち上がる。“国”にまだいるはずのうマイのことが気にかかったが、優先すべきは任務の遂行だ。
杖を召喚し、魔法陣を描く。移動魔法を発動させようとしたカリンは、自分の起っているところからわずかに離れた場所に倒れているマイの体を見つけた。先ほどのリオンと同じように魂が抜けている状態なのだろう、揺さぶってみても反応はない。
この場所に放置しておいてもいいものか。
「動かしてはだめだよ、カリン」
「……リーシェン」
いつの間にか精霊の王が目の前に立っていた。
「この世界では、人間の魂と体はつねに一緒でなくてはならない。魂を失った体はモノでしかなくなる。魂の入っていない体は、魔物たちの恰好のえさだ。彼らはぼくたちと同じように、自分たちのことを認識できない人間には触れることができないから」
「それって」
先ほどまでカリンの体も無防備だった。
「大丈夫、きみのことは心配しなくてもいい。ちゃんとイーズに頼んでおいたから」
思いがけない名前が発せられたので、カリンは耳を疑った。
「イーズ? イーズにもあなたの姿が見えるってこと」
「見える、というより――」
リーシェンは言いかけてやめた。
「マイ・オリオンが気づいたみたいだ」
しばらく虚空を見つめて呆然としていたマイだったが、カリンと目が合うと、急に不機嫌になった。
「カリン。きみは無茶だ。こんな危ないやつについて危ないところにほいほいついていくなんて、どうかしている」
そうしてゆっくりと立ち上がる。
「もっと自分の心配しろよ。きみがいたところで、なんの力にもならなかったじゃないか。きみはただ、自分を危険のなかにさらしに行っただけだ」
リオンの魂を取り戻したのはマイだ。カリンは魔物を前に逃げることしかできなかった。それは事実だ。
「そうだけど、でも、あたしが動かなかったら、マイはなにかした? しなかったでしょう?」
「そんな仮定は無意味じゃないか。だったら、カリンがいなかったら、“あの”事件は起きなかっただろ? カリンがいたから起こったんだ。きみはおればかり責めるけど、きみにだって責任の一端はある」
「今、それとこれとは関係ないわ!」
「関係あるさ」
売り言葉に買い言葉。カリンにはもう、まわりなど見えていなかった。
「……ごめんな、オレやリーシェンじゃお前には触れられないから、どうしようもできねえな」
眠るリオンを見下ろしているリーシェンの隣に、イーズが降り立った。
「人間がぼくたちみたいな考え方をできたらよかったのに」
リーシェンの言葉は、言い争いをしているカリンとマイには聞こえない。ふっ、とリーシェンはほほ笑んだ。
「……ぼくは知らないよ」