第五章 眠れる王 Ⅳ
「リオン……!」
ここは想像が現実となって現れる世界。カリンが成し得なかったことを、マイは簡単にやってのけたのだ。
マイの腕の中のリオンは気持ちよさそうな寝息をたてて、完全に眠りこけていた。カリンが名を呼んでも反応する気配がない。
「彼は無事だよ。ちゃんと生きている」
リーシェンの言葉にカリンは安堵した。マイはいぶかしむようにリーシェンを見やる。
「精霊の王がこれくらいできなくてどうする? 魂のひとつさえ取り戻すことができないのに、他の精霊たちをまとめるなんて無理じゃないか?」
「悔しいけれど、きみの言うとおりだ。ぼくにはまだ力がないから、この“国”を支配することすらできない、そう」
カリンの背筋に寒気がはしった。
「ぼくひとりでは、魔物にもかなわない」
静かな世界に、獣のような咆哮が響きわたった。
リーシェンの表情が硬くなる。
「獲物のにおいをかぎつけてきたみたいだ」
「魔物か」
マイはリオンをカリンに預ける。そして杖を召喚すると、庇うようにカリンの前に立ちふさがった。
そうこうしているうちに鋭い牙と蝙蝠のような羽を持った巨大な魔物が姿を現す。
「見てはだめだ、カリン!」
リーシェンが忠告するまえに、カリンはその姿を視界に入れてしまった。
リーシェンの言うとおり、精霊の残りの部分が魔物ならばきっと、かれらは人間にならある醜悪な部分だけを集めて誕生したのだろう。この世に完璧なものなど存在しない。美しいものだけの世界を作ることなど、オルフェリア創世神にも不可能だったに違いない。
牙が飛び出した口からは絶え間なく粘液がしたたり落ちている。焦げついたような色の皮膚が腐臭を放つ。嫌悪感しか生み出さない魔物の姿を前に、カリンは吐き気をこらえることが精一杯だった。表の世界で見るよりも、その姿は醜い。
怖いと思うより先に、この場から今すぐ逃げ出したいとカリンは強く願った。その瞬間、世界が反転する。カリンはただリオンを強く抱きしめていた。魔法使いとして依頼を受けた以上、それを遂行しないわけにはいかない。とっさの判断だった。
*
カリンとリオンの姿が消えたのを見て、リーシェンが小さく息をついた。
「……このほうがよかったかもしれない」
「安心しろ、だって? この目で確認するまでそんなこと信じられるか」
「なんだ、きみはカリンとちがって、ぼくたちと同じやりとりができるってことに気づいたみたいだね」
「まあな。お前の考えてることなんて手にとるようにわかる。そしてお前にもおれの考えていることがわかる」
マイは杖を握る手に力をこめた。
「お前なんかにカリンは渡さない、絶対に」
「クラリスの権力を使わないと接点を作れないきみに何ができる? マイス=エラルド・アデレード」
「その名はもう捨てた。おれは魔法使いだ」
眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。それと同時に彼の持つ杖の先から、魔物に向かって閃光が放たれた。
「でも、きみ程度の魔法使いでは、この魔物には太刀打ちできないよ。きみには才能がないから、カリンに並ぶことなんてできない」
「魔法の力が欲しくて魔法使いになったわけじゃない」
お互い相手にはわかっているはずのことを、あえて声に出す。
「ぼくが本当の王になれたら、ここできみの存在を抹消することだってできたのに」
「その前にこいつをさっさと消してもらいたいね」
ぼくたちだけではどうしようもない、とマイに言ってから、リーシェンは祈りをこめるように胸に手を当てる。
魔物の体に怯えが走った。
リーシェンに従うかのごとく、赤い毛並みを持った獣が姿をあらわした。そしてすぐさま、マイやリーシェンの身長の倍もあろうかという大きさの獣は、魔物に喰らいつく。
それからはあっという間だった。
獣の圧倒的な力に抑えこまれ、魔物ははじける泡のように消えた。
「……イーズ」
マイがつぶやく。