第五章 眠れる王 Ⅱ
神や精霊のことは忘れてしまおう。そうカリンは思った。都合の悪いことは頭のなかから消してしまうのが、学園生活で身についた生き方である。いちいちかまっていたら体がもたない。それに多くの人間は神の正体どころか、精霊の存在すら知らないのだから。
それにしても、この限りがない空間のどこにリオンはいるのだろうか。一から探すとなると骨が折れそうだ。
「ここは魂だけでできた世界。自分を守るすべをもたない者がこんなところにいたら危険なんだ」
「どうして」
「はじめ、ここは精霊のためにつくられた“国”だった。だけど精霊というのはきれいな魂だけを選んで生み出されたもの。ぼくたち精霊から切り落とされたものは消えずに残って、やがて魔物になる。ここにはたくさんの魔物がいるんだ。魔物は人間の魂や、精霊を食べようと狙っている――怖がらないで、カリン。大丈夫、ぼくがそばにいるから。きみを襲わせたりなんてさせない」
それでも遠い昔の記憶は、カリンを恐怖におとしいれる。
「それにきみは、もう魔法使いでしょう? きみには魔物に対抗できる力がある。魔物におびえるだけのきみじゃなくなったよね?」
――怖いものが見えるの。それなのに、そんなものいないって、父さんも母さんも兄さんたちも言うの。ただの夢だって。
――それが夢だと思う?
――夢じゃないよ。だって、見えるんだもの。腕をつねったりしても見えるのよ。夢ならさめるはずなのに。
――そうだね。きみが見ているものは真実だよ。
怖いものと戦う力がほしいか、とそのひとは聞いた。ほしい、とカリンは答えた。必死だった。
――それなら、きみは魔法使いになるんだ。
「ひとつ、聞いてもいい?」
カリンは体の震えを感じた。まさか、と思う。
「精霊っていうのは、人間よりも長生きなの?」
「そうだね。ぼくは生まれたばかりだけど、中には何千年も生きている精霊はいるよ」
「そう。ありがとう――それで、リーシェン。リオンの居場所がわかる?」
リーシェンは首を横にふった。
「ここは思ったことがかたちになる場所だ。でも、ぼくはその子のことをよく知らない。知らないものは、今のぼくにはどうすることもできない。だけど、カリンは彼のことをよく知っているんだよね。その子のことを強く思い浮かべてみて」
カリンはリーシェンに言われたとおり、リオンの姿を想起する。しかし、世界にはなにも変わらない。
「おかしい」
リーシェンが首をかしげた。
「シセルのときはうまくいったんだ。人間だからできないってことじゃなさそうだけど」
「それは、あたしに問題があるっていうこと?」
「きっとなにかが、きみの思考を邪魔しているんだ。それがなんだかわからないけれど、そうだね、きみは“リーネの杖”の継承者なのに創造魔法がうまく使えない。杖に選ばれたんだから、素質はあるってことなのに。おかしいとは思っていたんだ」
「でも、このままではいられない」
やるしかないのだ。
「認めないわ。これくらいの困難に負けるわけにはいかないもの……!」
「……でも、それじゃ」
リーシェンが言葉を飲み込んだ。彼の発する気が、穏やかなものから一変する。並々ならぬ殺気に、カリンは目を見開く。
邪魔なひとがきた、とリーシェンがつぶやいた。
「どうしてきみがここに来る?」
カリンは唖然として、突如現れた茶髪の青年を見る。
「決まってるだろう。危険な魔物から、カリンを保護するためだ」
そう言って、マイは杖をかまえた。