第四章 かたちのない国 Ⅷ
どこを見ても、白。足元はしっかりしているのに、下を見るとそこに地はなかった。どこまでも白い空間が続いている。
不気味なほどの静けさだった。自分の鼓動さえ聞こえてこない。そしてカリンは気づく。
「影は……?」
どんなことがあろうと決して失われるはずがないものが、存在しなかった。慌てるカリンをなだめるように、リーシェンは彼女の肩に手をおく。
「どうしたら影はできる?」
「どうしたらって……」しばらく考えて答えを出す。「光が当たれば……?」
カリンは絶句した。つま先から黒い影が伸びはじめたのだ。
「どうして、こんなことになるの?」
頭上にはいつの間にか、太陽がのぼっている。白い空なんて変だと思った瞬間、水色がカリンの視界に広がった。驚くカリンを見て、リーシェンは楽しそうに笑う。
「ここは想像しだいで姿が変わる。でも、やっぱりきみは表の世界が好きみたいだね」
「表の世界?」
「きみたち人間が存在する世界だよ。オルフェリアによって作られた、きみたちのための世界」
まるで自分が人間でないような言い方だった。
「まだ、ぼくを人間だと思っている?」
無造作にリーシェンが顔にかかる長い銀髪をはらいのけると、三角形の耳が現れる。
「リーシェンは、魔物なの……?」
おそるおそるカリンは尋ねた。
だが内心では、彼は魔物ではないと思った。カリンの知っている魔物は、リーシェンのような美しさを持ち合わせていない。
「魔物は、きみたち人間と表の世界のあらゆる生き物、そしてぼくたちの残りものだ。オルフェリアが美しい人間たちのための世界を作ったときにできた影の部分。だけど、きみのいうとおり、かれらはぼくたちに近い存在だ。ぼくたちが多くの人間に存在を信じてもらえないように、かれらもまた存在を認識されない」
「でも、リーシェン。あなたは今、あたしの目の前にいる」
彼が存在していないとは思えなかった。
そうだね、とリーシェンはうなずく。
「ぼくはたしかに存在している。魔物たちも。だけど、存在を認識できない人間が普通なんだ。ぼくたちは魂だけの存在。存在を認めてもらえた瞬間に、ぼくたちは肉体を手に入れる」
先ほどリーシェンに触れた感覚は、まぼろしではなかった。ちゃんと“存在”していた、とカリンは再確認する。
「あたしが、リーシェンを見ることができるのは、普通じゃないってことよね?」
「そう。きみは他のひととは違うんだ、カリン」
黄金の瞳が熱く燃えている。
「だから、ぼくの妃になってほしい。ぼくはきみを王妃にしたい」
「……え?」
唖然とするカリンを、さらにリーシェンの言葉が驚かせた。
「きみは忘れてしまったみたいだけど、あの醜い争いは終わった。ディーレンスを継いだのはぼくだ。ぼくがこの“国”の王になったんだよ。そして、いずれ神の力を手にする。それにはきみが必要なんだ」