第四章 かたちのない国 Ⅵ
生きている反応がない。それが意味するのは――。
「まだ、そうと決まったわけじゃないわ。さっきまでちゃんと反応があったんだから」
「だから、今、リオンが死んだってことだろう」
マイの直接的すぎる言葉に、リナリアは声を失った。その表情は絶望さえとおりこしていた。平常時であれば、彼の足をふみつけるくらいのことをしていただろうが、今のカリンにそんなことをする気力はなかった。
「まだ確認していないのに、そんなことはやめてよ」
「確認も何も、魔法が――」
「魔法は絶対じゃないわ」
カリンはマイの言葉をさえぎった。
「魔法は万能じゃないのよ。もしかしたら、魔法ではなんとかできないことが起こっているのかもしれない。あたしは、それに賭ける」
魔物への恐怖より、リオンを喪うことへの恐怖が上回った。現実を確かめずに魔法の結果だけで解決してしまうのは、おそろしいことだった。
「リナリアさんを頼んだわ」
余計なことばかり言うマイとリナリアをふたりきりにするのは気がひけたが、しかたがない。
先ほどのリオンの居場所に手をかざす。呪文を唱えたカリンを、杖の光が包み込む。
*
移動魔法は成功したようだった。光が消えると、そこには夜の闇があった。杖の石を光らせて、カリンはあたりを見まわした。どこを見ても木ばかりで、森にいることは間違いない。
夏が終わってもなお日中は残暑が続いていたが、九の月アレイシスの下旬ともなると夜は肌寒い。薄い寝間着にローブをはおっただけの恰好で来てしまったっことを、カリンは少しだけ後悔した。
闇への恐怖は克服したと思っていたが、体は正直だった。震える体が、怖い怖いと悲鳴をあげている。両親や兄たちやシャロン先輩やリリー・エルのいない部屋で眠るのも、真夜中の学園をひとりきりで出歩くのも、夜のディーレン支部の庭に出るのも、どれもが今のカリンにおそれを与えることはなかった。闇におびえるのは何年ぶりかのことである。なぜ、今、これほどまでに闇が怖いのか、カリンはその理由を知っていた。
今の状況は、まさしくあのときと同じなのだ。生まれてはじめて、魔物に出会ったときと。
「リオン」
恐怖をふりはらうために、カリンは声をあげた。
「どこにいるの、リオン」
今すぐ、ここから抜け出したい。泣けば少しは恐怖がやわらぐとわかってはいたが、兄たちとの約束がそれを許さなかった。ぐっと唇をかみしめる。
静かな森では、自分の鼓動の音がやけに大きく聞こえた。
怖くない、怖くない――。
自分に言い聞かせながら、カリンは足を進める。どんどん心臓が胸をうつ音が大きく、はやくなっていく。
「リオン、どこ? リオンってば……」
反対にリオンを呼ぶ声がか細くなる。
突然、うしろから肩をたたかれた。そのときにはもう、カリンの恐怖は限界寸前だった。思わず絶叫して走り出す。
「待って、カリン」
ぐいと腕をつかまれた。
「待って、って言ってるでしょう」
腕がひっぱられ、後ろから抱きしめられるかたちとなる。
「こわがらないで、カリン。ぼくをおぼえている?」
ようやく思考が落ちついてきたカリンは、のろのろと顔をあげて後ろを見る。
「リーシェン……?」
闇の中にあってもなお、その美しい姿は光を放っているかのようにはっきりとしていた。
「安心して。カリンはひとりじゃない。ぼくがここにいるから」