第四章 かたちのない国 Ⅴ
「ほんとだ」
あっけにとられるマイの腕に、人形がしがみつく。そうしてマイの体をつたって、床に降り立った。机の下にもぐりこみ、なにやら紙切れをひっぱりだしてくる。
「おい、待てよ」
人形はマイを避けて、戸の前に立ちつくしたままのカリンに走り寄ってきた。持っていた紙切れをカリンの足に押しつける。カリンは体をかがめて、それを受け取った。
「これは島の地図?」
上司にもらったものとはずいぶん形が違っていたが、しるされた地名はたしかにディーレン島のものである。
「シセルさまのものでしょう? 勝手に貸してしまって大丈夫なの?」
人形は縦に大きく首をふった――おじぎをしているようにしか見えなかったが、肯定しているらしい。
――シセルは怒らないわ。
どこからか女性の声が聞こえた。マイのものではないとわかったので、カリンは動揺を隠した。いつものように、他の人間には聞こえないものが聞こえてしまったのだ。人形を見ると、自分の声だと言わんばかりに胸をたたいている。
――わたくし、あの者とは話したくないの。しゃべらなくていいわ。あなたの思っていることは、わたくしにはよーくわかるのよ。
「おい、カリン。なにぼーっとしてるんだ? よくわからないけど地図が手に入ったんだから、早くリオンを探さないと」
「え、ええ。そうね」
いったい何者なのか。どうして人形が動いたりしゃべったりするのか。なぜシセルとはどういう関係なのか。疑問はたくさんあったが、カリンは問いかけることができなかった。
――わたくしはフィオナ。それだけ覚えていてくれれば、とてもうれしいわ。
フィオナと名乗った人形は満足したように、元あった場所へと歩いていき、そのまま倒れて動かなくなった。
「フィオナ……?」
どこかで聞いたことのあるような気がした。カリンのつぶやきに、マイがはっと息をのむ。
「どうしたの」
「いや、なんでもない。早くやろう」
リナリアのいる応接間に戻り、机の上に地図を広げる。
「カリン、報酬のこととかどうするんだ?」
「それはシセルさまが帰ってきてから決めればいいわ」
「だけど、中級魔法使いに依頼となるとけっこうな額になるぞ」
カリンは困ったようにリナリアを見る。
「いいのよ、カリン。それを知っていて、お願いしたの。そんなことにかまわず、早くリオンを探してくれると助かるわ」
「……わかりました」
一息で杖を召喚する。マイがリオンの服を地図の上まで持ってくる。カリンが呪文を唱えると、杖に埋めこまれた緑の石が光り、上着の袖がゆらめきはじめた。しばらく宙をさまよったあと、袖の先が地図のある一点に吸いつけられた。
「やっぱり」
マイの声に苦いものがまじる。
魔法が示したリオンの居場所は、マイの勘どおり森だった。
「帰りを待っているわけにはいかないな」
「……ええ」
カリンはうなずく。しかし、同時に森への恐怖が心に広がりはじめた。
森には、魔物がいる。
「ん。カリン、もう魔法終わったのか?」
「まだだけど――これは、いったい」
カリンの杖は光ったままだった。だが、先ほどまではぴんと地図の一点を指し示していたリオンの上着が力を失い、地図の上に落ちていた。
カリンはもう一度同じ呪文を唱える。しかし結果は同じだった。リオンの服はまったく動かない。マイがやっても、ディーレン島以外にいる可能性を考えて世界地図で試してみても、やはり反応が得られない。
「おかしい」
カリンがリナリアを心配させたくなくて我慢していた思いを、マイがぶちまけた。
「こんなこと、あるはずがない。居場所を特定できなくても、ものが動くくらいの反応は絶対あるんだ。こんなことがあってたまるか……」
「……それは、どういうこと?」
リナリアの顔は完全に青ざめていた。カリンも自分の体が震えているのを感じた。震えのせいで、足元がぐらつく。
「生きているリオンが、この世界にいない」
そう言ったマイの顔に、いつもの余裕はなかった。