第四章 かたちのない国 Ⅰ
完全にマイと意気投合したリオンがたびたび遊びに来るようになると、ディーレン支部に活気が生まれてきた。
最初はリオンひとりだけだったはずなのに、日に日に子どもの数が増えていく。島に住む子どもたちをリオンが連れてくるのだ。後輩リリー・エル以外の年少者と接することに慣れていないカリンは、毎回のように騒ぎをおこす子どもたちの扱いに悩まされていた。
上は十歳、下は生まれたばかりの赤ん坊。カリンに興味を持って、あれやこれやと質問してくるのはまだいい。リオンに話を聞いたのかマイの危ない火薬実験を見たがる彼らをたしなめ、口論から殴り合いにまで発展してしまったけんかを仲裁し、泣き出した子どもをあやすのがここ最近のカリンの日課になってしまった。ろくに魔法の練習もできやしない。
「どうせ仕事がないんだからいいじゃないか」とマイはあっけらかんとしている。
余計なことばかり言って話し相手を怒らせやすいマイだが、どうしてだか子どもの面倒をみるのには長けていた。
「おれ、たくさんきょうだいいるからさ」
どうして、と問うたカリンにマイはそう答えたが、兄弟が多いのはカリンも同じだ。
「カリンは末っ子なんだろ。おれにはひとりだけど妹がいる、その違いだよ」
あとは弟がほしかったからな、とマイはつけたした。それがいちばんの違いだとカリンは思った。今まで兄たちに守られることがあたりまえだった自分は、だれか年下の者を守りたいと思ったことなどなかったのだ。
子どもたちの「魔法ってどうやって使うの?」という純粋な問いに答えてみるものの、「何言ってるのかわからない」と言われてしまう。さすがにこのままではいけないと、マイや兄たちの真似をしてみるのだがうまくいかない。そうこうしているうちに、遊んでいたおもちゃをとられた子どもが泣き出す。
庭ではしゃぎまわる子どもたちの足元には『毛玉族』がころがっているのだが、誰一人として気づく者はない。自分以外の者と『毛玉族』をはじめとする得体のしれない生き物の接触を見るうちに、カリンはある事実を知った。
子どもの足が『毛玉族』を踏みつける。子どもの体の重みがかけられた『毛玉族』はつぶれてもいいはずだったが、実際は別の結果となった。『毛玉族』は子どもの足をすりぬけたのだ。まるでまぼろしのように。実体を持たない存在になってしまった。その一方でカリンにまとわりつくそれらには、ちゃんと触れることができるし重みもある。
泣き出した子どもを抱き上げるマイを、カリンは横目で見やった。不思議なことに『毛玉族』は彼に近づこうとしない。マイを避けるかのように地面をころがってカリンのもとにやってくる。だから『毛玉族』にマイは触れることができるのか確かめることができなかった。
カリンにとって、マイは言葉を鵜呑みにできるほど信用できる存在でない。出会ってまだひと月もたたないうえに、事件のことがある。学園で過ごした五年の月日が、カリンを用心深くさせていた。
相手の心が読めたらいいのに。そうすれば、マイの言葉の真偽がわかる。それができないから難しいのだ。
ふと、リーシェンのことを思い出す。マイは彼を魔物ではないかと言った。魔物などいない、で一蹴してしまったが、本当はその言葉を否定したかったのだ。リーシェンは魔物ではない、と。魔物を見たことがあるからわかるのだ。リーシェンの持つ空気は、魔物のそれとはあきらかに異なっていた。
美しい姿を持ちながら、言うことはどこかうさんくさい。だが、彼にもう一度会いたいとカリンは切実に願った。彼になら、悩みのすべてを話せるような気がしていた。
島への移民に関することならば、全部シセルがとりしきっている。彼に聞けばリーシェンの所在もわかるだろう。そう思ったとき、ちょうどシセルが建物の中から出てきた。彼の顔を見て、子どもたちの動きが急にこわばる。
「どうしたんですか?」
マイが声をかけた。
「いつも以上に顔が怖いんですけど」
彼にあやされておとなしくなった子どもが再び泣き出した。カリンもマイの言葉に同意せざるをえなかった。かたい表情でシセルは言う。
「留守を頼む。森のほうが騒がしい」
森といえば、カリンがこの島に来てすぐに迷いこみそうになった場所だ。
「魔物ですか」
マイの問いに答えることなく、シセルは門をくぐり抜け出ていった。