第三章 金と銀の少年 Ⅵ
リオンの期待を裏切るだとか、かわいそうだとか以前に、結局マイは自分が火薬実験をしたかっただけなのではないか。
ディーレン支部の庭で少年に火薬のことを説明するマイは、とても楽しそうに見えた。
「リオン、マイが火をつけるときは結界のなかに入って」
あまりにもマイがいきいきとしているので、それに水をさすような無粋なまねはできない。カリンは庭に防音のための結界と、衝撃をなくす結界を張って爆発にそなえる。万が一の場合を考えて、さらにリオンと自分のまわりを結界でかこんでおいた。
「よし、リオン見てろよ。これが最新作『煙多め、威力ふつう』だ」
嬉々としてマイは言う。
「なんで煙が多いの?」
まっすぐに手をあげて、リオンが問う。
「それはだな」
マイが得意げになっているのが、カリンには手に取るようにわかった。
「こういうことさ」
言うと同時に、マイは火薬に火をつけてすこし遠くに投げつける。破裂音とともに灰色の煙がもくもくとたちこめる。結界のまわりに煙が充満し、外のようすがどうなっているのかわからなくなる。
いつもより音はひかえめだったことに、カリンは安堵した。
「すっげー……」
「感心するのはまだはやいぞ」
前方にいたはずのマイの声が、すぐうしろから聞こえた。隣でリオンがおどろくのを、マイが何をしたかわかっているカリンはほほえましく思う。
「こうやって相手の隙をついたり、その間に逃げたりするんだよ」
移動魔法を使ったことや火薬のしくみなどを、マイはリオンに説明した。わけのわからない専門用語を使うのかと思いきや、非常にわかりやすい説明だった。カリンは唖然とする。字も読めない子どもが熱心に話を聞くほどだ。ただの自己中心爆発男ではない――。
「なあなあ兄ちゃん、さっきよりすげーやつもあるんだろ?」
「まあな。見たいか?」
「見たい!」
「よく見ておけよ。これが『威力最大』――」
「マイ! 一回だけって言ったでしょう!」
危ない危ない。約束をやぶって二回目の爆発実験を行おうとしたマイを、すんでのところで止める。リオンが不満の声をあげた。カリンは首を横にふる。
「……いいんじゃねえのか?」
その言葉に男ふたりの顔が輝いた。だが幼い方は、その言葉を発した者の姿を見るなり、おびえた様子でカリンの背後に隠れる。
「シセルさま」カリンは苦い表情をうかべた。
悪いひとではないのだが、前科がひとつふたつありそうな顔をしていることはカリンも否定できない。
「シセルさま、リオンとカリンをいじめているように見えますよー」
マイの余計なひとことに、シセルは片眉をあげた。ローブの裾をぎゅっとつかまれたのをカリンは感じた。
「それはつまり、火薬実験を禁止していい、ってことか」
「いっ、いえー」
ふたりのやりとりを聞いて、カリンはあきれるしかなかった。
「無責任なこと言わないでくださいよ、もう」
*
いやな予感がした。それは勘にすぎなかったが、イーズには誰よりも勘がすぐれているという自負があった。
それを言葉で発しなくとも、相手には伝わった。
「困ったな。ラティカがいないから、今はきみしか頼れないんだ」
「わかってるさ」
意志の疎通に言葉は必要なかったが、あえて声に出す。そうすることで愛する存在に近づけるような気がしたのだ。だが、望まなくとも主の悲痛な思いは手に取るようにわかってしまう。イーズはそっと目を閉じた。
――カリン・アルバート。
主の心のすべてを占めるひと。