第三章 金と銀の少年 Ⅴ
一瞬で消えたとなると、やはりリーシェンは魔法使いなのだろうか。
「魔物の一種じゃないかと思う」
「まさか」
マイの考えを、すぐにカリンは否定した。
「あんなにきれいな顔した魔物がいるとは思えないわ」
本気で言ってしまい、あわててつけ加える。
「魔物がいたとすれば、の話だけど。ほら、おとぎ話の魔物ってどれも黒くておそろしくて醜いでしょ」
「だから、魔物はいるんだって。おれは見えるものを信じてる」
そのとき、「姉ちゃん」と呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。リオンが走り寄ってくる。まずい状況だ。
「今すっげー音したよな!」
目をかがやかせながら、リオン少年は鼻息を荒くする。
「その音の正体を教えてやろうか?」
マイはリオンに笑いかける。カリンの懸念していた最悪の事態が起こってしまった。
「ほんとうに?」
「ああ。これに火をつけるとなあ」
「マイ!」
新しい火薬に引火しようとしていたマイを制止する。
「なんで止めるんだよー」リオンが口をとがらせた。「けち」
「危ないからに決まってるでしょ! リオン、あんた支部に行ったんじゃなかったの? どうしてこんなところにいるのよ」
「だって誰もいなかったんだぜ。だから帰る途中だったんだ」
「誰もいなかった?」
支部を出る前にイーズに頼んでおいたはずなのだが。
いそがしかったのかしら、とカリンは見当をつける。
「どうせシセルさまは部屋にいるだろうし、イーズじゃ無理だもんなー。ま、そういうわけでカリン、魔物はいるってことだ」
「魔物?」
マイの言葉を聞いて、リオンが笑いだした。
「兄ちゃんたち、大人のくせにまだ魔物なんて信じてるのか? 魔物なんているわけねーじゃん!」
これが正しい反応なのだ。わかりきったことだった。
世界のほとんどのひとがオルフェリア創世女神をはじめとする十三の神々を信仰しているが、それらが本当に存在すると思っているのはそのうちにどれだけいるのだろうか。神の姿を見たものはいないのだ。
見えないものは、存在しない。人々の根底に、その思考は深く根づいている。
だからカリンが魔物や、他のひとには見えないなにかを見たと言えば、彼らはカリンの頭がおかしいと思うのだ。両親や兄たちでさえも、カリンが見るものの存在を否定する。
魔物を信じる、と言ったのはマイがはじめてだった。かれに魔物が見えるなら――だれにも理解されない苦しみから逃れられるだろう。だが、ほんとうにかれの言葉を信用していいのだろうか。言葉の罠にはめられたのは一度や二度ではない。
「あたしは信じてないわよ、リオン」
学園にいたときのように、だまされたくない。異端だとうしろ指をさされるのをおそれて、カリンは本心とは逆のことを言った。
「そうだろ? 兄ちゃんは変だよな!」
リオンの言葉が胸につきささる。
「へえ。おまえ、この島の森に行ったことあるか? あそこにはたくさん魔物がいるんだぞ」
「いるわけないじゃん」
「リオン!」
帰るわよ、とカリンは無理やりこの話を終わらせた。これ以上、魔物のことを考えるのが嫌だった。
「マイとかかわるとろくなことにならないわ。さ、家に帰って本でも読んでなさい」
「オレ、字よめねーもん。それよりさっきのやつ見たい!」
「だめ。危険よ」
「いいじゃないか」
マイが口をはさんだ。
「ようするに迷惑かけなきゃいいんだろ。カリンが結界魔法張ってくれれば問題ないじゃないか。おれにはこいつの期待を裏切ることなんてできない。かわいそうじゃないか」
「頼むよ、姉ちゃん!」
二対の目にじっとみつめられ、カリンは折れざるをえなかった。
「……一回だけよ、一回だけ」