第一章 さまよえる魔法使い Ⅰ
【第一章 さまよえる魔法使い】
視界がひらける。まぶしい光に思わず目をつむった瞬間、体が急降下した。すぐににぶい痛みが体じゅうを襲う。
「……星座占いなんて、もう二度と信じないわ」
そうつぶやくかつぶやかないうちに、体を起こそうとしたカリンの後頭部に何かが直撃した。ふわふわした毛のようなものが耳にふれる。ここ数年の経験から、すぐにさわって確かめるようなことはしない。カリンは息をととのえて、三つ数えた。いち、に、さん……。頭にのっているものに変化がないとわかると、急いでそれを手でふりはらう。地面にころがったそれは、人間の頭ほどの大きさの白い毛玉だった。正確に言えば、カリンが『毛玉族』と名づけている謎の生き物である。いまだ地面に倒れたままのカリンの目の前を毛玉はころがっていき、やがて見えなくなった。
またなのね。カリンはのろのろと立ち上がり、空を見上げた。細くたなびいている雲をさえぎるように、色とりどりの鳥の群れが飛んでいる。それらが『鳥族』であることは、もう間違いようがない。誰かに「きれいな鳥ね」などと言ってしまえば人生の終わりだ。頭がおかしいと言われるのをおそれ、まわりのひとたちに気をつかう生活に終止符をうてるかと期待していたが、やはりそうもいかないらしい。
荷物の中から地図をひっぱりだして、つい先ほど上司がしるした丸を目で追う。これによれば丸の付近には民家が集中しているそうだが、あたりを見まわしたところ、家らしきものはひとつとして存在しない。海。草原。森。この三つですべて景色の説明はかたづく。
嫌な予感はしていたのだ。ろくに交通網の敷かれていないところに飛んだらどうなるか。案の定、目的地ではない場所に飛ばされてしまった。
予想はしていたが、飛ぶ以外に選択肢はなかったのだ。それが唯一カリンにのこされた、組合で生き残るための方法だったのだから。
どこからか吹いてきた風が、短くなったカリンの金髪をさらっていく。
すすむしかないと教えてくれるかのように。
直感で森へと足をすすめる。まだ若い木々の葉が日光を反射して、きらめきをはなっているのに心がひかれた。
この先には、きっとなにかがある。
しかしながら、カリンが森に一歩足を踏みいれたところで、背後から彼女を呼びとめる声がした。
「カリン。組合はそっちじゃないと思うけど」
ふりかえってみて、カリンはわずかに顔をしかめる。
「……マイ」
すべての元凶はカリンと目が合うと、「やあ」と片手をあげた。
「もしかして、まだ怒ってる?」
「当たり前でしょ」
「ごめん」
「怒ってるけど、でも、もう謝罪はいいわ。聞きあきた」
たしかに「ごめん」に反省の色はうかがえるのだが、どうしてもマイを許す気にはなれなかった。少なくとも、あの事件からたった三日しかたっていない今は。
マイは困ったように、寝ぐせだらけの茶髪をかきあげた。
肩にかかるまで放置された髪といい、ぶ厚い眼鏡といい、しわのついた指定ローブといい、マイの姿はとかくだらしない。背は十七歳の男にしては高めであり、顔じたいはおそらく人並みよりやや上なのだろうが、全身からはなたれるもっさりとした雰囲気がそれらを台無しにしている。服装をなんとかしたらどうか、とはじめて彼と出会った一週間前にカリンは言ったのだが、マイはローブの袖をまくっただけだった。本人いわく、「すっきりした」あんまりな相棒だとカリンは思う。
「それで、マイ。あなたは先に出発したのに、どうしてまだここにいるの」
「ああ、そのことなんだけど。どうやら、この島」
出る、らしいんだ。
そう言うとマイは、何もない空間から杖を召喚した。
「ま、おれたち魔法使いだから。退治することだってできるらしいけど」
「待って。出る、ってなにが出るのよ」
「そりゃ出ると言えば、たいていは幽霊とかだけど。今、おれが言いたいのはあれだよ、あれ――魔物のこと」